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第四話 流れを守る者たち

朝の空気はまだ冷えていた。


 管理館の裏手では、マルタが桶に水を汲みながら小さく肩を回している。昨日までなら、この時間には何往復もしていた仕事だ。だが今日は、桶の水面がまだ大きく揺れていなかった。


「……ほんとに楽になってるねぇ」

 吐く息は白い。それでも声には少し余裕がある。

 仮設水路が動き始めて二日。

 たったそれだけのことなのに、村の朝は確かに変わり始めていた。

 井戸へ向かう人の列が短い。

 水桶を抱えて息を切らす者が減っている。

 誰もが忙しいことには変わりない。だが、以前のような“水を運ぶだけで朝が終わる”空気は薄れていた。


 その時、表の扉が控えめに叩かれる。

 コン、コン、と乾いた音だった。


「……はいはい、今開けるよ」

 マルタが前掛けで手を拭きながら扉を開けると、外にはミリアが立っていた。

 朝靄の湿気を含んだ髪。脇にはいつもの記録板を抱えている。どうやら先に井戸の様子を見て回っていたらしい。靴の先に湿った土が付いていた。


「あら、また朝早いねぇ」

「確認してた」

「見れば分かるよ」

 マルタは苦笑する。


「まだ坊っちゃんも起きてないだろうに」

「起きる前に昨日との差を見たかった」

 そう言って、ミリアは板に視線を戻す。

 井戸の使用回数。桶の数。水路側へ向かった人数。

 昨日から簡単に付け始めた記録だ。

 綺麗な数字ではない。抜けも多い。だが、それでも“何となく”で動くよりはずっと良かった。


 管理館の奥から足音が聞こえる。

 クロノだった。

 寝起きらしく髪が少し乱れている。だが、ミリアの姿を見ると軽く目を瞬かせた。


「……早いね」

「クロノ様が遅い」

「まだ早朝だよ?」

「もう村は動いてる」

 淡々と返され、クロノは苦笑した。

「確かに」


 マルタが呆れ半分に口を挟む。

「二人とも、せめて温かいもの飲んでからにしなよ。倒れたら意味ないんだから」

「倒れない」

「ミリアちゃんはそういうこと言う」


 クロノは椅子を引きながら板を覗き込んだ。

「……昨日より井戸側が減ってるね」

「十二人。代わりに水路側が増えた」

「予想より早いな」


 人は便利な方へ流れる。

 それ自体は自然だ。ただ、それが続けば別の問題も出る。

 クロノは板を眺めながら小さく息を吐いた。


「そろそろ整理しないと駄目か」

「役割?」

「うん。誰がどこを見るか決め始めないと、たぶん回らなくなる」

 ミリアは短く頷いた。

「今ならまだ修正できる」

 その言葉に、クロノは少しだけ笑う。

 “壊れる前に直す”。

 昨日話した考え方を、もうミリアは理解していた。


 外からは、木桶のぶつかる音が聞こえてくる。

 村人たちはもう動き始めている。水が少し楽になっただけで、人は朝から別のことを考えられるようになる。

 その変化を、クロノは静かに見ていた。


 管理館の机の上には、昨日より物が増えていた。

 木板に描かれた簡単な地図。水路の流れを書き込んだ線。拾ってきた石の大きさを分けた印。桶の使用回数を並べた記録。綺麗な資料ではない。

 だが、“昨日どうだったか”が残るだけで、考えられることは一気に増える。

 

 クロノは椅子に座ると、板の端を指で軽く叩いた。

「昨日の夕方、水路の端が少し削れてた」

 ミリアがすぐに反応する。

「川側?」

「いや、中間地点。流れが曲がるところ」

 クロノは地図の一部を指差した。

 緩く曲げた場所だ。流れを無理に変えた分、水が一点に当たり続けていた。


「完全に崩れたわけじゃない。ただ、放置すると広がる」

「石を入れる?」

「入れる。でも積みすぎない」

 クロノは少し考えながら続けた。


「固めすぎると、今度は別の場所に負荷がかかるんだよね」

 ミリアは黙って聞いている。

 理解できないわけではない。ただ、自分の中で整理している顔だった。


「……じゃあ、少しずつ確認する?」

「そうね。壊れた場所を見ながら直す」

 

 クロノは笑った。

「最初から完璧に作れるなら苦労しないよ」

 管理館の窓から、外を歩く村人たちが見える。

 桶を抱えている者もいるが、昨日までより明らかに数が少ない。空いた時間で薪を運ぶ者。畑を見に行く者。まだ小さな変化だ。

 それでも、“水だけで朝が終わる”状態からは離れ始めている。


 クロノは視線を戻した。

「それと、見張りも変えたい」

「昨日の配置、悪かった?」

「悪くはないね。でも、ちょっと遠いかな」


 板の上に丸を描く。

「川側に二人。中間に一人。村側に一人。何かあったらすぐ伝える」

「走って伝えに行くの?」

「それでもいいけど、音が欲しいね」


 ミリアは少し考える。

「鐘はない」

「金属板でもいいよ。叩けば響く」

「ああ……鍋」

「壊れてないやつならね」


 ミリアが小さく頷き、板に書き込む。

 その様子を見ながら、クロノは内心で少し驚いていた。

 

 話が早い。感覚ではなく、“運用”で考えてくれる。

 今のローデン村ではかなり貴重な存在だった。


「あと、水路側に人が集まり始めてる」

 クロノが言うと、ミリアが顔を上げた。

「楽だから?」

「それもあるね」


 水を運ぶ距離が減る。並ぶ時間が減る。

 それだけで、人はそちらへ流れる。


「でも、集まりすぎると逆に邪魔になる。土も踏み荒れるし、補修もしにくい」

「制限する?」

「そこまではまだしない」


 クロノは椅子にもたれた。

「まずは結果を見る。急に縛ると反発が出るから」

 ミリアは少しだけ目を細めた。

「……人の管理、面倒」

「面倒だね」

 クロノは苦笑する。

「水だけなら楽なんだけどね」



 太陽が村の真上まで上がりかけた時


 突然、乾いた金属音が村側から響く。


 カン、カン、と短く鋭い音。

 空気が変わる。

 村人たちの顔から、さっきまでの作業の色が消えた。


 水路を確認していたクロノはすぐに顔を上げる。

「見張りだね」

 次の瞬間、土を蹴る音が近付いてきた。

 ルナだった。


 銀灰色の髪が朝風に揺れる。頭から伸びた二本の角。首筋から肩へ続く龍燐。その姿に、村人たちが無意識に息を呑んだ。

 昨日より距離は近い。

 それでも、恐れが消えたわけではない。人ではないものを見る視線は、まだ残っている。


 だがクロノだけは違った。

 朝日を受ける銀灰色の髪も、金色の瞳も、不思議とよく目を引いた。


 ルナ自身は周囲の視線など気にした様子もなく、真っ直ぐクロノの前で止まる。

「来る」

「数は?」

「三。昨日より小さい」

 短いやり取り。


 それだけで十分だった。

 クロノは頷く。

「予定通りだね」


 カインが目を丸くする。

「予定通りって……魔物だぞ?」

「昨日の血の匂いが残ってる。寄ってきても不思議じゃないよ」

 クロノは周囲を見回した。

「村側へ下がって。見張りは維持。補修組は石をそのまま置いていい」


 指示が飛ぶ。昨日より、人が動いた。

 怒鳴らなくてもいい。

 何をするべきか、少しずつ共有され始めている。

 村人たちが後ろへ下がっていく。水桶を放り出しそうになる者。慌てて子どもの手を引く者。石を運びかけていた男たちも、呼吸を荒くしながら距離を取った。


 その間を、ルナだけが前へ出る。

 土を踏む音は静かだった。

 だが、その背中を見ているだけで、村人たちは妙に落ち着かなくなる。

 強い。

 それは昨日でもう分かっている。

 分かっているからこそ、“人間ではない”という事実を余計に意識してしまう。


 水路の向こう、森へ続く斜面側で枝が揺れた。


 低い唸り声。


 次の瞬間、小型の魔物が飛び出してくる。


 灰色の毛並み。痩せた身体。犬に近いが、口元だけが異様に裂けていた。


 一体。


 続けて二体。


 昨日の群れの個体より小さい。だが、村人だけで対処できる相手ではない。


「来たぞ……!」

 誰かが声を上げる。


 ルナは動かなかった。

 わずかに腰を落とし、魔物を見る。


 飛びかかってきた一体目が、大きく口を開いた。

 次の瞬間、ルナの身体が沈む。

 横へ半歩。


 噛み付きが空を切る。

 そのまま首筋へ手刀を叩き込んだ。


 鈍い音。

 魔物の身体が地面へ転がる。

 完全に勢いを殺されていた。

 間髪入れず、二体目が横から飛び込む。


 ルナは腕を掴み、そのまま地面へ叩き落とした。土が跳ねる。短く悲鳴のような声が漏れた瞬間、踵が首を踏み抜く。


 クロノは小さく息を吐いた。

(相変わらず容赦ないね……)


 三体目は止まった。

 本能的に危険を感じたのだろう。低く唸りながら後退る。


 だが、ルナは逃がさない。


 一歩踏み込む。


 瞬きほどの間に距離が消える。

 振り抜かれた蹴りが魔物の胴を弾き飛ばした。


 地面を転がった魔物は、そのまま動かなくなる。


 静かだった。

 ほんの数十秒。それだけで終わっていた。

 村人たちが息を呑んだまま動けずにいる。

 恐怖と安心が混ざった空気だった。


 ルナは振り返る。

「終わった」

「助かったよ」

 クロノがそう返すと、ルナは小さく頷いた。

 その横顔を見ながら、クロノは少しだけ考える。


 強い。単純な腕力だけじゃない。迷いなく殺せる。

 辺境では、それが生死を分ける。

 だからこそ、村人たちはまだ距離を測りかねているのだろう。


 カインが乾いた声を漏らした。

「……あいつ、いなかったら普通に死人出てたな」

 誰も否定しなかった。


 ただ、ルナ本人だけは興味がなさそうに魔物を見下ろしている。

 自分がやったことを誇る様子もない。必要だからやった。

 それだけだった。


 魔物が動かなくなったのを確認してから、ようやく村人たちが息を吐き始めた。

 張っていた空気が少しだけ緩む。だが、完全に安心したわけではない。地面には血が広がっている。生臭い匂いも強い。

 このまま放置すれば、また別の魔物を呼ぶことになる。


 クロノは倒れた魔物へ近付いた。

「素材は回収しよう」

 昨日ほど大きな反発は出なかった。

 嫌そうな顔をする者はいる。だが、“捨てるのはもったいない”という空気も少しずつ混ざり始めている。

 ミリアがすぐに動いた。

「血抜きする。桶と縄持ってきて」

「あ、ああ……」

 返事をした男たちが慌てて走る。昨日ならもっと渋っていたはずだ。

 クロノはその変化を見逃さなかった。


 解体場所は、水路から少し離れた土の固い場所に移された。流石に水の近くで血を流すわけにはいかない。

 ミリアが板を脇に置き、短刀を確認する。

「昨日より脂肪少ない」

「痩せてるね」

「冬前だから?」

「それもあると思う」

 会話をしながらも手は止まらない。


 村人たちはまだ慣れていないのか、血の匂いに顔をしかめている。

 その中でルナだけが少し離れて立っていた。

 

 銀灰色の髪が風に揺れる。

 視線は、自分が倒した魔物へ向いていた。

 クロノは隣へ歩いていく。

「疲れた?」

「平気」

 短い返事。だが、いつもより少しだけ声が低かった。

 

 クロノは魔物の方を見る。

 皮を剥ぎ、肉を分け、使える部分を探していく。昨日より手際は良くなっているが、それでも綺麗な作業ではない。


 血で汚れた手。泥の付いた縄。肉を運ぶための木板。辺境の現実だった。


「……これでいいのか」

 ルナがぽつりと呟く。

 クロノは少しだけ考えた。

「いいと思う」

「食うために殺してる」

「うん」

「……怖がられてる」

 クロノは否定しなかった。


 実際、村人たちはまだルナを恐れている。

 強すぎる。人間離れしている。


 昨日より距離は縮まった。だが、それでも完全には埋まらない。

 クロノは静かに言う。

「でも、助かってるのも本当だよ」

 ルナは黙ったまま聞いている。

 クロノは続けた。

「水路もそうだけど、全部いきなり変わったりしない」


 遠くでは、村人たちが解体した肉を運び始めていた。昨日までは捨てていたものだ。それが今は、食料になる。


「少しずつ慣れるしかないんだと思う」

 ルナはしばらく何も言わなかった。

 やがて、小さく息を吐く。

「……そうか」

 その横顔を見ながら、クロノは思う。

 ルナは強い。

 けれど、人との距離にはまだ慣れていない。

 だからこそ、ここに居場所を作れたらいいと、自然にそう考えていた。


 

 陽が傾き始めた頃には、水路の補強は一通り終わっていた。

 削れていた場所には石が並べられ、その隙間へ土を押し込んで固めてある。見栄えのいい作りではない。だが、水は止まらず流れていた。


 川から引かれた細い流れが、夕陽を反射して揺れている。

 その水を、村人たちが使っていた。

 桶を満たす者。汚れた布を洗う者。明日の作業用に水を溜める者。

 ほんの少し前まで、井戸の前で順番を待つだけだった時間だ。

 クロノは少し離れた場所から、その様子を眺めていた。

 

 後ろでは、石を運び終えた男たちが疲れた顔で座り込んでいる。

「腰いてぇ……」

「でも前よりマシだろ」

「まあ、水汲み減った分はな……」

 愚痴を言いながらも、声色は以前より軽い。それだけで十分だった。


 クロノは小さく息を吐く。

 成功したわけじゃない。

 問題はいくらでもある。

 土はまだ脆い。見張りも不完全。魔物も来る。

 村人全員が協力的なわけでもない。

 それでも、“昨日より少し楽になった”のは確かだった。


 ミリアが横へ来る。

 相変わらず記録板を抱えたままだ。

「反対してた人、少し減った」

「完全には減ってないけどね」

「ゲルドはまだ不満そう」

「だろうね」


 クロノは苦笑する。

 だが、それでいいとも思っていた。全員が同じ方向を向く方が不自然だ。楽になる者がいれば、変化を嫌う者もいる。 作業量が変わる。立場も変わる。今まで曖昧だった役割も、少しずつ見え始めていた。

 水路へ積極的に来る者。言われるまで動かない者。変わろうとする者。変わりたくない者。村の中に、少しずつ線が引かれ始めている。


(避けられないか)

 クロノは水路を見る。

 流れは、放っておけば崩れる。だから見て、直して、また流す。人もたぶん同じだ。


「次は人の流れを整えないとね」

 ミリアが顔を上げた。

「役割?」

「うん。誰が何をするか、そろそろ曖昧だと回らなくなる」

「反発が出ると思う」

「出るだろうね」

 クロノは笑った。

 疲れてはいるが不思議と昨日より頭は動いていた。


「でも、結果が出れば人は少しずつ変わるよ」

 視線の先では、子どもが水桶を抱えたまま転びそうになっていた。

 それを近くの男が支える。

 水はこぼれなかった。怒鳴り声もない。

 そんな小さな変化が、村のあちこちで増え始めていた。

 

 クロノは静かに目を細める。ローデン村は、まだ貧しい。

 壊れかけているものも多い。

 

 それでも今、この村には昨日までなかったものがある。

 

 少し先を考える余裕だ。


 

 日が沈む頃には、管理館の中に薄く湯気の匂いが広がっていた。

 大鍋の中で煮られているのは、今日解体した魔物の肉と少しばかりの根菜、それに乾きかけた香草が浮いている程度だ。

 それでも、温かい匂いがあるだけで空気は少し変わる。

 

 鍋をかき混ぜながら、グランが難しい顔をしていた。

「……やっぱ臭み残るな」

 木匙で掬って味を見る。すぐに眉間へ皺が寄った。

「昨日よりはマシなんだが」

「香草?」

 クロノが聞くと、グランは頷く。

「あと脂ですね。肉が痩せすぎてる」

「贅沢言えないけどね」

「料理人はそこ気になるんですよ」


 真剣だった。

 腹を満たせるだけでも十分な状況だ。だが、“少しでもマシにしたい”という気持ちは本物らしい。

 マルタが黒パンの籠を机へ置く。

「はいはい、難しい顔してないで運ぶよ」

「分かってるって」


 木皿が並べられていく。管理館の食卓は広くない。元々は辺境伯家の管理施設だ。豪華さより実用性が優先されている。

 ミリアは自分の分を受け取ると、板を抱えたまま立ち上がった。

「帰る」

「ちゃんと食べなよ?」

「家で食べる」

 そう言いながらも、視線はまだ鍋へ向いている。

 グランが呆れた顔をした。

「明日感想言えよ。改善するから」

「分かった」

 ミリアは短く頷き、そのまま管理館を出ていった。


 外はもう薄暗い。村人たちもそれぞれの家へ戻り始めている時間だった。

 クロノが椅子へ腰を下ろしかけた時、扉の方から物音がした。

 気になって扉を開けると、外にルナが立っている。


 銀灰色の髪が夕闇に溶け込んでいた。肩には布で包んだ肉を担いでいる。今日解体した魔物肉だ。まだ血の匂いが少し残っていた。


「これ」

 短く言って差し出す。

 グランの目がすぐに変わった。

「……追加あるなら早く言え」

「駄目だったか」

「駄目じゃねぇ。試せる」


 そう言って肉を受け取り、すぐ鍋の方へ向かう。完全に料理人の顔だった。

 ルナはそれを見届けると、そのまま外へ戻ろうとする。

 クロノが声をかけた。

「食べていかないの?」


 ルナは少し止まった。


「外で食べるつもりだった」

 野宿用の荷物は、管理館裏の軒下近くに置いてある。

 村の中に空き家は少ない。あっても人が住める状態ではない。今のルナは、半分旅人みたいな立場だった。


 すると、マルタが当然みたいに椀を一つ机へ置く。

「どうせ鍋増やすんだ。食べてきな」

 ルナが少し黙る。

「……いいのか」

「一人増えたくらいなら、どうにかなるよ」

 マルタは気負った様子もなく言った。


 特別扱いするでもない。同情でもない。ただ、“いるなら食べるだろう”くらいの自然さだった。

 ルナはしばらく机を見ていたが、やがて静かに席へ座る。

 

 グランが追加した肉を鍋へ放り込んだ。

「今日のは昨日よりマシだな。血抜き効いてる」

「ミリアが頑張ってたね」

「真顔で解体してたな……」

 グランが苦笑する。


 木皿が並ぶ。

 湯気の立つスープ。固い黒パン。少し増えた肉。豪華とは程遠い。それでも、昨日までより確実に温かい食事だった。


 クロノはスープを一口飲む。

 臭みはまだある。味も薄い。だが、不思議と悪くなかった。

「……前よりかなりいい」

 グランがすぐ反応する。

「かなりってことは改善点あるな?」

「あるね」

「やっぱ香草か……」

 真剣に悩み始める。

 その横で、ルナは静かにスープを飲んでいた。

 クロノは何となく聞く。

「口に合う?」

 ルナは少し考えた後、小さく答えた。

「温かい」

 クロノは少し笑った。

「そっか」


 外ではまだ、水桶を片付ける音が聞こえている。


 ローデン村は、まだ貧しい。屋根も足りない。食事も質素だ。


 それでも管理館の中には、昨日までより少しだけ穏やかな空気が流れていた。

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