表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/28

第二十七話 苦い酒


 炉予定地の整備が始まってから、村の動きはさらに忙しくなっていた。


 建築班は木材を運び、鍛冶班は石組みを確認する。見張り班は巡回範囲を広げ、水路班は新しく増えた使用量を調整していた。


 人が増え、役割が増え、やることも増えている。


 だが以前と違うのは、“全部を一人で抱えていない”ことだった。



 夕方。


 クロノは加工小屋の外で板を確認していた。


「炭焼き、次は明日か……」


 数字を書き直し、小さく息を吐く。


 そこへ、ルナが近づいてきた。


 両腕には木材。


 普通の人間なら二人がかりの量だった。


「また一人で運んでるの?」


「効率がいい」


 真顔で返される。


 クロノは少しだけ呆れた。


「ブラックかよ……」


「ぶらっく?」


「気にしなくていい言葉だね」


 ルナは少し首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。


 木材を下ろす。


 地面が少し沈む。


 クロノはその様子を見ながら苦笑した。


(もう誰も驚かなくなってるな)



 少し前まで、ルナは村の中で浮いていた。


 強すぎる力。


 龍人という種族。


 近寄りがたい空気。


 だが今は違う。


「ルナー! その後こっち頼めるか!」


 遠くから建築班の男が叫ぶ。


「分かった」


 ルナは普通に返事をした。


 クロノは、そのやり取りを少し不思議な気持ちで見ていた。


(……村に馴染んだね)


 本人は多分、自覚していない。


 だが、村人達の方はもう自然にルナを頼っている。



 その日の作業終わり。


 建築班の男達が、また例の酒を持ち出していた。


「今日こそ少しはマシになってるぞ!」


「毎回言ってるだろそれ」


 カインが笑う。


 ドグが木杯を受け取り、一口飲んだ。


 数秒止まる。


「……不味ぇ」


「なんでだよ!?」


 村人達が悲鳴を上げる。


 ガルムも飲む。


「前より苦味増えてねぇか?」


「改善失敗してるじゃねえか!」


 笑いが起きる。


 以前のローデン村には、こんな空気は無かった。


 疲れて、黙って寝るだけだった。


 今は違う。


 少しだけ、余裕がある。



 ルナにも木杯が渡される。


 クロノは何となく気になって見ていた。


 ルナは匂いを嗅ぐ。


 少し考える。


 そして飲んだ。



「…………」



 止まった。



「ルナ?」


 クロノが声をかける。


 ルナはゆっくり顔を上げた。


「熱い」


「熱い?」


「顔が」


 数秒沈黙。


 カインが目を丸くする。


「……お前、まさか酔ってる?」


「酔う?」


 ルナは真顔だった。


 だが、耳が少し赤い。


 クロノは思わず吹き出しかける。


(嘘だろ。あの酒で?)


 度数なんてほとんど無い。前よりほんの少しあるくらい。


 ただ苦いだけの水みたいな酒だ。


 なのにルナは、じっと木杯を見ている。


「……変な感じがする」


 少しだけ声が遅い。


 カインが腹を抱えた。


「弱っ! お前めちゃくちゃ弱いのかよ!」


「弱くない」


「いや弱ぇだろ!」


 ルナは少し不満そうにクロノを見る。


「笑うな」


「ごめん、無理」


 クロノは肩を震わせた。


 ルナが酔う。


 しかも、こんな酒で。


 完全に予想外だった。



 少しして、ルナは静かになった。


 怒っているわけではない。


 ただ、ぼんやり火を見ている。


 クロノは隣へ座った。


「大丈夫?」


「分からない」


 珍しい返事だった。


「ふわふわする」


「飲まなきゃよかったね」


「うん」


 素直だった。


 クロノは少し笑う。


 火が揺れる。


 夜の空気は冷たかった。



「……クロノ」


「なに?」


「村、変わったな」


 ルナは火を見たまま言った。


 クロノも周囲を見る。


 笑い声。


 木材を運ぶ音。


 炭の匂い。


 見張り交代の声。


 前とは、確かに違う。


「そうだね」


 クロノは頷いた。


「前より、ちゃんと回ってる」


「嫌じゃ、ない」


 ルナが小さく言う。


 クロノは少しだけ目を瞬かせた。


 ルナはそのまま続ける。


「……前は、どこへ行っても、壊れるだけだった」


 火を見る目が、少しとろんとしている。


「……でも、ここ、は、増え、てる」


 クロノはすぐには返事をしなかった。


 ルナが自分から、こういう話をするのは珍しい。



「……壊したくない?」


 クロノが聞く。


 ルナは少し黙った。


 それから、小さく頷く。


「……ん」



 短い返事だった。


 でも、それだけで十分だった。



 クロノは少しだけ空を見上げる。


(守る理由、増えてるな)


 そう思った。


 少し前の自分なら、“効率がいいから”で済ませていたかもしれない。


 だが今は違う。


 この村が壊れるのは、嫌だった。



 その時。


 ふらついたルナの頭が、クロノの肩へ寄りかかった。



 クロノが固まる。



「……ルナ?」


 返事が無い。


 寝ていた。



 カインが遠くで吹き出す。


「酔い潰れてんじゃねぇか!」


「声大きいって!」


 クロノは慌てて言う。


 だが、ルナは起きない。


 少しだけ体温が高い。


 クロノは困ったように息を吐いた。


(……本当に酒弱いんだね)


 火の向こうでは、村人達が笑っていた。


 ローデン村の夜は、少しずつ賑やかになり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ