第二十八話 火を絶やさないために
翌朝。
ルナは、少しだけ機嫌が悪かった。
「……頭が重い」
加工小屋の前で、真顔のままそう言う。
カインが吹き出した。
「二杯で潰れたやつの台詞じゃねぇな」
「潰れていない」
「寝てたろ」
「覚えていない」
「それ潰れてんだよ!」
朝から笑いが起きる。
ルナは少し眉を寄せたが、反論はしなかった。
クロノはその様子を見ながら、小さく苦笑する。
(完全に酔ってたんだよね……)
しかも、あの不味い酒で。
思い出すと少し面白い。
だが、ルナは本気で納得していない顔をしていた。
⸻
朝の見張り交代が終わる頃には、村も動き始めていた。
建築班は炉予定地へ石を運び、加工班は干し肉の確認をしている。
見張り班は槍の点検。
役割が固定され始めたことで、朝の動きがかなり早くなっていた。
クロノは広場を見回し、小さく息を吐く。
(ちゃんと回ってる)
以前なら、朝だけで混乱していた。
誰が何をやるか分からず、同じ場所へ人が集まり、逆に足りない場所が出る。
今は違う。
完璧ではない。
だが、“崩れにくく”なっていた。
⸻
炉予定地では、ガルムが石組みを確認していた。
「そこ、隙間空けるな」
建築班の若者が慌てて石を動かす。
「熱逃げる」
「これくらいじゃ駄目なのか?」
「駄目だ」
即答だった。
クロノは近くへ歩いていく。
「順調?」
「まだ土台だ」
ガルムは腕を組む。
「炉は火入れてからが本番だからな」
ドグも近くで頷く。
「木も足りねぇ。炭もまだ安定してねぇし」
「問題多いね」
「当たり前だ」
ガルムが鼻を鳴らした。
「炉なんざ、そんな簡単に回るか」
クロノは少し笑う。
(でも、前なら“無理だ”で終わってたんだよね)
今は違う。
足りないなら、揃える。失敗するなら、直す。
そういう流れができ始めていた。
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少し離れた場所では、ルナがまた大量の石を運んでいた。
建築班の男が困った顔をしている。
「いや、助かるんだけどよ……」
「なんだ」
「置く時だけ優しく頼む」
ルナが石を下ろす。
今回は地面が沈まなかった。
男が驚く。
「お、おお……上手くなってる」
「練習した」
真顔だった。
クロノは思わず吹き出しそうになる。
(そこ努力するんだ……)
⸻
昼頃になると、炭焼き班の方から煙が上がり始めた。
ドグが煙を見上げる。
「昨日よりマシだな」
「分かるの?」
クロノが聞く。
「色でな」
ドグは腕を組む。
「白すぎると駄目だ。火が暴れてる」
クロノも煙を見る。
まだ違いは分からないが、ドグ達には見えている。
(専門って、こういうことか)
全部を自分で理解する必要はない。
任せられる人間がいる。
それが、今の村の強さだった。
⸻
その時だった。
見張り台から声が飛ぶ。
「北側、三人!」
空気が変わる。
カインが即座に振り返る。
「武器は!?」
「見えねぇ! 歩きだ!」
クロノは少し目を細めた。
盗賊。
その可能性が頭を過る。
だが、前回と違うのは――村が慌てていないことだった。
「見張り班、入口」
カインが声を飛ばす。
「建築班は工具下げろ! 加工班は中へ!」
村人達が動き始める。以前より、ずっと早い。
クロノはその様子を見ながら、小さく頷いた。
(ちゃんと機能してる)
ルナが、いつの間にかクロノの隣へ立っていた。
「行くか?」
「まず確認だね」
クロノは前を見る。
村の入口。
そこへ現れたのは――疲れ切った三人の男達だった。
服は汚れ、足取りも重い。武器らしい武器も持っていない。
中央の男が、掠れた声を出す。
「……水を、くれ」
村の空気が、少しだけ変わった。




