第二十四話 焼けた荷車
翌朝。
まだ日が昇り切る前に、クロノ達は村を出た。
人数は少ない。
クロノ、ルナ、カイン、ガルム。
それだけだった。
「本当にこれだけで行くのか?」
カインが小声で言う。
「増やしても動きにくいからね」
クロノは森の奥を見ながら答えた。
「確認が目的だよ」
ガルムが前方を見る。
「煙は消えてるな」
「余計に嫌だ」
カインが槍を握り直した。
森の中は静かだった。
鳥の声が少ない。風も弱い。
踏み締める土だけが、小さく音を立てている。
ルナが足を止めた。
「……血の匂い」
全員の空気が変わる。
カインが周囲を見る。
「近いのか?」
「近い」
ルナは短く答えた。
ガルムの顔が少し硬くなる。
「進むぞ」
⸻
煙の正体は、森を抜けた先にあった。
焼けた荷車。
崩れた箱。
散乱した布。
地面には黒い跡が広がっている。
そして――血。
クロノは荷車を見た瞬間、小さく息を吐いた。
「……トマスさんじゃない」
積み荷の形も、荷車の作りも違う。
だが、安心できる光景ではなかった。
荷車の横に、一人倒れている。
護衛だったのだろう。
剣を握ったまま、動いていない。
少し離れた場所には、もう一人。
商人らしい男だった。
カインが顔をしかめる。
「……やりやがったな」
ガルムが低く言う。
「商隊だな」
クロノは周囲を見る。
焼け方が雑だった。
全部を燃やしたわけではない。
急いで荒らした跡。
「盗賊だね」
静かな声だった。
荷箱を確認する。
割られている。
中身は空。
「まだ近くにいるか?」
カインが槍を握る。
「分からない」
クロノはしゃがみ込んだまま答える。
「でも、長居はしたくないね」
その時だった。
ルナが振り返る。
「来る」
次の瞬間、森の奥から人影が飛び出した。
「いたぞ!」
粗末な剣。
汚れた革鎧。
三人。
盗賊だった。
カインが前へ出る。
だが、その前にルナが動いていた。
地面を踏み込み、一気に距離を詰める。
盗賊の男が慌てて剣を振る。
ルナは避けない。
腕で弾いた。
「は――」
驚く間も無い。
槍の柄が男の腹へ叩き込まれる。
男が吹き飛び、地面を転がった。
残り二人が止まる。
目が揺れる。
ルナを見る。
理解した。
勝てない。
「龍人だ!」
一人が叫ぶ。
その瞬間、逃げようとする。
だが、カインが前へ出た。
「逃がすかよ!」
槍を突き出す。
盗賊が慌てて避ける。
以前より動きが良かった。
足が止まっていない。
クロノは、その動きを見ていた。
(ちゃんと周りを見れてるね)
もう一人が横からカインへ斬りかかる。
「カイン!」
クロノが叫ぶ。
カインが反応するより早く、ガルムが踏み込んだ。
斧を振り抜く。
鈍い音。
盗賊が地面へ倒れた。
「油断すんな!」
ガルムが怒鳴る。
「一対一だけ見てんじゃねぇ!」
カインが息を呑む。
だが、視線は切れていない。
残った盗賊を見る。
逃げる。
そう判断した瞬間には、もう遅かった。
気づけば、ルナがその前に立っていた。
音も無い移動に、盗賊の顔が青ざめる。
「ひっ――」
「終わりだ」
低い声。
盗賊は剣を落とした。
⸻
静かになる。
風だけが森を抜けた。
カインが息を吐く。
「……マジか」
額に汗が浮いていた。
だが、立っている。
震えてはいない。
ガルムは倒れた盗賊を見下ろした。
「本隊じゃねぇな」
「本隊?」
カインが顔を上げる。
「漁ってた連中だ」
ガルムは周囲を見る。
「数人で商隊襲うには雑すぎる。もっといる」
クロノは小さく頷いた。
それから、倒れていた商人へ視線を向ける。
「……このままにはできないね」
カインの表情が少し動く。
「埋めるのか?」
「放置は駄目だ」
クロノは静かに言った。
「獣も来る。魔物も寄る」
ガルムが低く頷く。
「腐れば病気も出る」
ルナは何も言わなかった。
ただ、近くの地面へ歩いていく。
そして、そのまま槍を突き立てた。
土が砕け、弾け飛ぶ。
深く。
迷いなく。
カインが少しだけ目を逸らした。
「……慣れてんのか」
ルナは少しだけ止まる。
「死は多かった」
短い言葉だった。
それ以上は言わない。
クロノは、その背中を見ていた。
慣れている。
だが、慣れていていいものではない。
⸻
埋葬を終えた頃には、日が少し傾き始めていた。
ガルムが土を軽く踏み固める。
「ちゃんと埋める村か」
ぽつりと言う。
クロノは視線を向けた。
「変かな」
「辺境じゃ珍しい」
ガルムは短く返した。
「死人より、生きてる方が先だからな」
クロノは少しだけ黙る。
「それでも、放っておくと生きてる方も崩れる」
ガルムは何も言わなかった。
だが、否定もしなかった。
⸻
クロノは焼けた荷車を見る。
道ができれば、人が通る。
だが、それは同時に――狙う者も増えるということだった。
「戻ろう」
クロノが立ち上がる。
「村に知らせる」
カインが頷く。
「見張り増やすか?」
「増やす。でも無理はさせない」
クロノは少し考える。
「役割を分けよう」
「役割?」
クロノは焼けた荷車を見ながら言った。
「見張り、加工、建築、戦闘。全部を同じ人間がやるのは限界がある」
ガルムが目を細める。
「班分けか」
「そんな感じだね」
クロノは頷いた。
「専門を作る」
カインが少し考える。
「……じゃあ俺は?」
「見張りと戦闘だね」
「おう」
返事は早かった。
ルナは、焼けた荷車を見ていた。
焦げた木。黒い跡。残った匂い。
「……道は、人を呼ぶな」
ぽつりと言う。
クロノは隣に立った。
「そうだね」
「良いものだけじゃない」
「うん」
クロノは頷く。
「でも、閉じたままだと止まる」
ルナは少しだけ黙る。
それから、小さく息を吐いた。
「面倒だ」
「そうだね」
クロノは少し笑った。
「だから、回すんだよ」
焼けた荷車の黒煙は、もう消えていた。
だが、辺境の現実は、確かにそこに残っていた。




