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第二十四話 雪の森の下

 ズズン……


 腹の底を殴られたような振動が突き抜けた。


 反射的に西の大森林へ目を向ける。


 夜の闇に沈んだ森は何も変わらない。見慣れた木々の影が黒く並んでいるだけだ。それなのに胸の奥が妙にざわついた。


 嫌な予感。


 理由は分からない。


 ただ、この手の予感は無視しない方がいい気がした。


 しばらくすると、村のあちこちで扉の開く音が聞こえ始めた。


 灯りを持った村人達が外へ出てくる。管理館に身を寄せている流民達も落ち着かない様子で周囲を見回していた。


 見張り台から降りてきたカインが人混みをかき分けながら近付いてくる。


「クロノ様よー、俺も長く見張りやってるが、あんなの初めてだぞ」

「鐘は鳴らさなかったんだね」

「魔物が見えた訳じゃねぇからな。でも正直、嫌な感じはする」

 同じだった。

 自分だけが気にしている訳ではないらしい。

 少し安心したのに、その安心が逆に不気味だった。


 周囲を見渡すと、思った以上に人が集まっていた。

 まあ当然か。あんな音を聞いて何事もなかったように寝られるほど、この村の連中は図太くない。

「何か分かったんですか?」

 流民の一人が恐る恐る尋ねた。

 その瞬間、視線がこちらへ集まる。

 安心させる言葉なら言える。大丈夫だ。問題ない。そう言えば少しは落ち着くだろう。けれど、それで何かが解決する訳じゃない。


「まだ分からない」

 小さなどよめきが広がる。

「だから朝になったら見に行くよ」

 不安そうな顔は消えない。

 それでも誰も騒がなかった。

「夜の森は危ない。急いでも良いことはないからね」

 ゲルドが鼻を鳴らす。

「そりゃそうだ。暗闇で足でも折ったら笑えねぇ」

「村の方は頼めるかな」

「言われなくても見る」

 それだけで十分だった。

 こういう時、ゲルドは本当に頼りになる。

 エドワンも一歩前へ出た。

「こちらも起きている者を残しておきます」

「助かるよ」


 見回りも警戒も全部村人だけで回していたはずだ。人が増えれば食料も減るし仕事も増える。面倒事だって増える。それでも今は、人がいる事のありがたさの方がずっと大きかった。

 そんな事を考えていると、人混みの隙間から小さな影が飛び出した。

「ルナ姉!」

 ユノだった。

 真っ直ぐルナへ駆け寄り、そのまま服の裾を掴む。

「森に行くの?」

「行く」

「怖くない?」

 少しの沈黙。

「……分からない」

 一瞬だけ違和感を覚えた。

 上手く言葉には出来ないが、ルナ自身も何を感じているのか測りかねているように聞こえて、それが妙に引っ掛かった。

 ユノも何か感じたのか、それ以上は聞かなかった。

「今日は私の家で寝ろ」

「いいの?」

「構わない」

 ユノの顔がぱっと明るくなる。

 張り詰めていた空気も少しだけ緩んだ。ルナは相変わらず無愛想なのに子供には妙に甘い。本人は否定するだろうけど、ああして家へ連れて帰る時点でもう手遅れだと思うし、たぶん村人の半分くらいは同じ事を考えている気がした。

 少しだけ気持ちが軽くなる。

 だが、その安堵は長く続かなかった。

 森へ視線を戻す。暗くて目を凝らしても何も見えない。

 耳を澄ませても何も聞こえない。静かすぎる。

 まるで何かが息を潜めているみたいだった。


「ルナ」

「なんだ」

「何か感じる?」

 しばらく返事はなかった。

 風だけが森を撫でていく。

 やがて、

「……まだ何かいる」

 その一言で背筋が冷えた。


 何がいるのかは分からない。魔物かもしれないし、別の何かかもしれない。そもそも本当に何かいるのかすら分からないのに、あの振動を思い出すだけで妙に落ち着かなかった。

 大丈夫だろうと思った時ほど問題は起きるし、嫌な予感がする時ほど何かが起きる。

 だからこそ夜のうちに森へ入る気にはなれなかった。


 焦って動けば見張り班を危険に晒す。暗闇の森はルナですら慎重になる場所だ。確認するなら朝になってから。その判断は間違っていないはずなのに、胸騒ぎだけは消えない。


 森の奥から何かがこちらを見ている。

 そんな馬鹿げた感覚が、いつまでも頭から離れなかった。



 翌朝。


 管理館を出ると、冷えた空気が頬を刺した。

 昨夜の地響きは夢ではない。

 村の様子を見れば分かる。長屋予定地では朝から作業が始まっているが、木材を運ぶ者も、水を汲む者も、時折西の大森林へ視線を向けていた。


 ドグは積み上げた木材を前に何やら考え込み、ガルムは鍛冶場の戸を開けながら炉を確かめている。リッカは布の束を抱えて忙しそうに歩き回り、サラは管理館の前で子供達の様子を見ていた。


 皆動いているが、昨夜の出来事が気になっているみたいだ。


 管理館前へ向かうと、カイン達は既に集まっていた。

 肩に担いだ槍は見慣れたものだが、柄の長さや重心はそれぞれ違う。足元の靴も冬用に作り直されたものだった。

 冬が来るまでの間に積み上げたものは確かに残っている。


「準備いい?」

「いつでもいけるぜ」

 カインが笑う。

 その返事を聞いた時、ルナの家の戸が開いた。

 先に飛び出してきたのはユノだった。

「クロノ様!」

「おはよう」

「おはよー!」

 元気な挨拶のあと、ルナが外へ出てくる。

 首元には灰色のマフラーが巻かれていた。端が揺れ、小さな兎の刺繍がちらりと見える。手には毛皮の手袋。足元にはガルムが仕上げた冬靴。

 雪の上を歩く姿もすっかり様になっていた。


「ルナ姉」

 ユノが服の裾を掴む。

「絶対帰ってきてね」

「帰る」

 迷いのない返事だった。

 それで安心したのか、ユノは素直に手を離す。


 クロノは村を見回した。

 ゲルドは既に水路の方へ向かっている。

 エドワンも流民達へ声を掛けていた。

 こちらがいなくても仕事は止まらない。それを確認してから、クロノは森へ向き直る。


「行こうか」

 雪を踏みながら西へ進む。

 見張り台を越え、いつもの巡回路を辿り、さらに奥へ。


 やがて村の気配が完全に消えた。

 聞こえるのは雪を踏む音だけだ。

 冬だから静かなのは当然だろう。だが、それだけでは説明できない何かがあった。獣の気配が薄い。鳥の鳴き声も聞こえない。まるで森全体が息を潜めているようだった。


 先頭を歩いていた見張り班の一人が足を止めたのは、その少し後だった。

「クロノ様」

 呼ばれて前へ出る。

 そこで思わず眉をひそめた。

 地面が大きく抉れている。

 雪の下から剥き出しになった木の根。掘り返された土。倒れた若木。

 どれも新しい。

 少なくとも昨日までの森ではなかったはずだ。


「こんなの見た事ねぇぞ……」

 カインの呟きに誰も答えなかった。

 クロノも同じだった。

 牙猪でもない。瘴牙熊でもない。

 知っている魔物の痕跡とはまるで違う。

 隣ではルナがしゃがみ込み、静かに地面へ触れていた。


 ルナが地面へ触れたまま動かない。

 クロノ達も自然と足を止めた。

 冬の森は静かだった。

 雪を踏む音だけが妙に耳につく。

「何か分かる?」

 尋ねても、ルナはすぐには答えない。

 やがて立ち上がると、そのまま抉れた地面の先へ歩き始めた。

 痕跡を追っているらしい。

 クロノ達も後に続く。

 荒れた地面は思った以上に長く続いていた。

 若木は倒れ、岩は砕けている。土ごと持ち上げられた木の根を見るたびに、改めて異常さを感じた。

 こんな跡を残せる魔物をクロノは知らない。


 しばらく進んだところで、鼻を刺すような臭いが漂ってきた。

 思わず顔をしかめる。

 獣の死骸だ。

 嫌な予感を覚えながら周囲を探すと、雪の下から灰色の毛が覗いていた。

 近付いて確認した瞬間、思わず息を呑む。

 魔狼だった。

 腹は裂け、片脚は不自然な方向へ折れ曲がっている。

 それでも食われた様子はなかった。

 牙も毛皮も残っている。まるで通り道にいたから潰された――そんな死に方に見えた。


 周囲へ目を向ける。

 すると少し離れた場所にも同じような毛皮が見えた。

 さらにその先にも。

 胸の奥が重くなる。

 森が静かだった理由。

 最近になって獲物が減った理由。

 昨夜の地響き。

 頭の中で繋がり始めたものを、クロノはまだ言葉に出来なかった。


 その時だった。

 ルナがぴたりと足を止める。

 金色の瞳は足元へ向いていた。

 何かを聞いているようだった。

「ルナ?」

 返事は無い。

 代わりに片手が上がる。

 下がれ。

 そう伝えていた。


 直後――

 ズズ……

 足元が揺れた。

 昨夜と同じ感覚。

 小さい。だが近い。


 クロノは反射的に槍を握るカインを見る。

 カインも気付いていた。

 見張り班の空気が変わる。

 ズズズ……

 今度ははっきり分かった。

 何かが動いている。

 地面の下だ。

 雪が揺れる。

 盛り上がる。

 一直線にこちらへ向かってくる。


「構えろ!」

 カインの声が響く。

 次の瞬間。


 ドゴッ!!

 雪と土を撒き散らしながら、何かが地面を突き破った。

 雪と土が舞い上がる。

 クロノは反射的に腕で顔を庇った。

 直後、地面から飛び出したものを見て息を呑む。


 蛇だった。いや、蛇に似ている。


 灰黒色の身体は丸太のように太く、表面は岩のような硬い鱗で覆われていた。

 頭部は異様に大きい。

 裂けた口の奥には鋸のような歯が並び、その隙間には砕けた石が挟まっていた。


「なんだこいつ……!」

 カインが槍を構える。

 魔物は身体を捻るように向きを変えると、そのまま一直線に突っ込んできた。


「右!」

 叫びながらクロノも飛び退く。

 直後、さっきまで立っていた場所が抉れた。

 雪と土が吹き飛ぶ。

 まともに食らえばただでは済まない。

 だが見張り班も止まらなかった。

 左右へ散り、挟み込むように位置を取る。

 訓練通りだった。


「足止めろ!」

 一人が正面から槍を突き出す。

 魔物は口を開き、そのまま槍へ噛み付いた。

 ガギンッ!!

 金属を叩くような音が響く。


「なっ!?」

 槍が弾かれる。

 歯が硬過ぎる。

 その隙だった。

 横へ回ったカインが踏み込む。

「そこだ!」

 槍が首の付け根へ突き刺さる。

 浅い。

 だが動きは止まった。


 さらにもう一人。

 反対側から突き込まれた槍が脇腹を抉る。

 黒い血が雪の上へ飛び散った。

 魔物が暴れる。

 身体を捻るたびに木々が揺れた。

 それでも見張り班は距離を保つ。

 焦らない。囲む。崩れない。何度も訓練した動きだった。


 クロノは思わず息を吐く。

 強くなった。

 本当に。

 その時、魔物が大きく身体を反らした。

 嫌な予感が走る。

「カイン!」

 叫ぶ。

 だが一瞬遅かった。

 魔物が地面へ潜る。

 雪の下が盛り上がった。

 一直線。

 向かう先はカインだ。


「ちっ!」

 飛び退こうとした瞬間。

 銀色の影が横を抜けた。

 飛び出した魔物の頭が不自然な方向へ跳ねる。

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 遅れて巨体が宙を舞う。

 そこでようやくルナが蹴ったのだと気付いた。

 

 巨体が吹き飛び、近くの木へ激突した。

 雪が落ちる。

 森が揺れる。

 魔物は二度ほど身体を痙攣させ、そのまま動かなくなった。


 静寂が戻る。


「……助かった」

 カインが肩で息をしながら呟く。

 ルナは答えない。

 死体を見下ろしたまま動かなかった。

 クロノも近付く。

 改めて見ると異様だった。

 歯の隙間には石が詰まっている。

 口元には鉄錆のような赤茶色の汚れも見えた。

 魔物の腹の辺りには傷があり、そこから砕けた鉱石の欠片が零れている。


「鉱石……?」

 思わず呟いた、その時だった。

 ルナが森の奥ではなく――足元を見た。

「下がれ」

 低い声だった。

 全員の背筋が凍る。


 ズズ……

 地面が揺れた。

 今度は一つじゃない。

 雪の下で、何かが動いている。



 地面の揺れはしばらく続いたが、結局何も飛び出してこなかった。見張り班は槍を構えたまま周囲を警戒していたものの、振動は少しずつ遠ざかり、やがて森には不気味な静けさだけが残る。


 緊張が抜け切らない中、最初に動いたのはルナだった。


 倒れた魔物の脇を通り、そのまま飛び出してきた場所へ向かう。クロノも後を追い、抉れた地面を覗き込んだところで思わず足を止めた。


 ただ地面が崩れただけではない。


 雪の下から現れた空洞は人が数人並んで歩けそうなほど広く、そのまま地中へ続いていた。


 カインも隣へ来たが、珍しく何も言わない。

 軽口を叩く余裕が無いのはクロノも同じだった。


 穴の周囲には砕けた石が散らばり、その中には見覚えのある赤茶色の塊も混じっている。何気なく拾い上げた瞬間、それが村でも使っている鉄鉱石だと気付いた。


 ただ形がおかしい。

 岩が割れたというより、無理やり噛み砕かれたような断面だった。


 嫌な予感がして死体へ目を向ける。

 裂けた口。鋸のような歯。その隙間にも同じような欠片が挟まっていた。

 偶然とは思えない。

 だが考えがまとまり切る前に、穴の縁へ近付いた見張り班の一人が足元の雪を払った。


 崩れた雪が斜面を滑り落ちていく。


 しばらくしてから聞こえた小さな音に、クロノは無意識に穴の奥を見た。


 思ったより深い。


 暗闇は途中で途切れる事なく続いていて、どこまで繋がっているのか見当もつかなかった。


 その様子を見ていたカインが小さく舌打ちする。

「気味悪ぃな……」

 それ以上の言葉は続かなかった。

 いつもなら何かしら言う男が黙っている。


 見張り班の連中も同じだった。

 誰も穴へ近付こうとしないし、視線だけが奥の闇を追っている。

 その空気を破ったのは、再び足元から伝わった振動だった。

 さっきより小さい。

 だが全員が気付く程度にははっきりしている。

 しかも今度はかなり遠い。

 地面の下を何かが移動している。

 そんな想像が頭を過った瞬間、クロノは思わず地面へ視線を落としていた。

 もちろん何も見えない。

 見えるのは雪だけだ。

 それでも、今立っている場所のずっと下に何かがいる気がしてならなかった。


 ルナは相変わらず地面を見ていた。

 穴でも森でもない。

 足元だ。

 しばらくそのまま耳を澄ませていたが、やがて小さく息を吐く。

「……まだいる」

 その声は決して大きくなかった。

 それなのに誰も聞き返さない。

 全員が同じものを感じていたからだ。


 ルナの「……まだいる」という言葉のあとも、誰もすぐには動かなかった。


 穴の奥から流れてくる冷たい空気を感じながら闇を見つめていたが、やがてルナが踵を返す。森の奥へ向かうのかと思ったものの違った。何かを探すように周囲へ視線を向けながら雪の上を歩き始め、その後をクロノ達も追う。

 しばらく進んだところでルナが倒木の前で足を止めた。

 雪に埋もれた根元は大きく崩れていて、近付いたカインが顔をしかめる。

「おい……」

 覗き込んだ先には、先程見たものとよく似た穴が口を開けていた。

 さらに少し歩けば岩場の陰にも同じような跡があり、別の見張り班が確認に向かった先でもまた穴が見つかる。

 その度に誰かが騒ぐ訳ではない。

 ただ空気が重くなっていく。

 森を歩けば歩くほど同じものが見つかるからだ。

 倒木の下。岩陰。斜面の途中。


 気付けばクロノは何度も足元へ視線を落としていた。

 見慣れた森のはずなのに、今まで歩いていた地面の下へ別の世界が広がっているような気がして落ち着かない。


 やがて見張り班の一人に呼ばれ、少し高くなった崖の縁まで登る。

 そこから見えるのは雪に覆われた冬の森だった。

 本来なら静かで美しい景色のはずだ。

 視線を巡らせるうちに、不自然に崩れた雪や抉れた地面が嫌でも目に入る。遠くの斜面でも雪がわずかに崩れ、そのさらに奥にも似たような跡が見えた。

 見間違いかもしれない。

 そう思いたかったが、隣に立つルナは森を見つめたまま小さく首を横へ振る。

「どう思う?」

 クロノが尋ねると、ルナはしばらく森を眺めていた。

 やがて静かに口を開く。

「穴が繋がってる」

 短い言葉だった。


 倒木の下にあった穴。岩陰にあった穴。さっき見つけたばかりの穴。

 全部が頭の中で一本の線になった。

 

 ルナの「まだ下にいる」という言葉を聞いたあとも、そのまま引き返す気にはなれなかった。

 ここまで来た以上、少しでも情報を持ち帰りたい。

 痕跡を追って森の奥へ進んでいたクロノ達は、やがて不自然に開けた場所へ出る。


 そこで思わず足が止まった。

 森の景色が途切れていたからだ。


 太い木々は途中からへし折られ、崖の岩肌には爪で抉ったような傷が走っている。その中心には大きく崩れた地面があり、口を開けた穴は今まで見てきたものより明らかに大きかった。

 思わず近付く。

 穴というより通路だった。

 人どころか荷車でも通れそうな広さがあり、そのまま地中の闇へ続いている。


 嫌な予感がした。

 今まで見つけた穴と何かが違う。

 そう感じた直後、足元から重い振動が伝わってくる。

 地面が唸るような感覚だった。


 クロノが反射的に身構える横で、カイン達も穴から距離を取る。

 振動はどんどん近付いていた。

 穴の奥で土砂が崩れ、暗闇の中で何かが動く。

 最初は岩だと思った。だが、その岩が持ち上がる。

 そこでようやく気付いた。

 頭だ。

 さっき倒した魔物とは比較にならないほど大きな頭部が、ゆっくりと闇の中から姿を現そうとしていた。


 次の瞬間にはルナが動いていた。

 雪を蹴り、一気に距離を詰める。

 灰銀色の髪が揺れたのが見えたと思った時には、蹴りは既に振り抜かれていた。

 だが当たらない。

 巨大な魔物は姿を見せ切る前に身を翻し、そのまま地中へ潜り込む。


 轟音と共に土砂が崩れ落ち、森全体が揺れた。

 クロノは思わず腕で顔を庇う。

 やがて土煙が晴れた頃には、そこにあった気配も振動も綺麗に消えていた。


 残された崩落跡を見つめるルナはしばらく何も言わなかったが、やがて視線を落としたまま小さく呟く。

「逃げた」

 その一言で十分だった。

 あれだけの巨体がいて、しかもルナが動いた瞬間に姿を消した。

 クロノは崩れた穴を見下ろしながら息を吐く。

 思っていたより状況は深刻かもしれない。

 少なくとも、この場だけで結論を出せる話ではなかった。

「戻ろう」

 誰も反対しなかった。


 帰り道を歩きながら、クロノの頭に浮かんでいたのはさっき見た巨大な影と、村へ戻ったら何を話すべきかという事だけだった。




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