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第二十三話 黒い煙


 北の森の向こうに見えた煙は、日が落ちても消えなかった。


 細い。だが、黒い。


 炭焼きの煙とは違う。


 見張り台の上で、カインが腕を組む。


「……嫌な煙だな」


 クロノも隣に立っていた。


「そうだね」


 短く返す。


 村の空気は、静かに張っていた。


 以前のような混乱ではない。だが、全員が“何か起きている”ことは理解している。


 加工小屋では、ミリアが板を書き換えていた。


「夜の見張り、一人追加」


「武器確認は?」


「優先。槍全部、入口側へ」


 声に迷いはない。


 だが、筆は少し早かった。


 緊張している。


 クロノはそれを見ていた。


「ミリア」


「なに」


「増やしすぎないで」


 ミリアの手が止まる。


「……でも」


「全部やろうとすると崩れる」


 静かな声だった。


 ミリアは少しだけ黙る。


 それから、小さく息を吐いた。


「分かってる」


 板の一部を消す。


 見張り交代を減らし、休憩時間を書き戻した。


 外では、ドワーフ達も煙を見ていた。


 ドグが低く言う。


「距離が近ぇ」


「どれくらいだ」


 カインが聞く。


「歩いて半日もねぇな」


 空気が重くなる。


 ガルムは黙ったまま北を見ていた。その横顔は、いつもより硬い。


「……帝国か?」


 カインが小さく言う。


 ガルムはすぐには答えなかった。


「分からん」


 低い声。


「だが、まともな煙じゃねぇ」


 ルナが森を見る。


「燃えているのか」


「多分な」


 ドグが答える。


「木だけじゃねぇ。油か、荷か……何か混ざってる」


 クロノは少し考える。


 今のローデン村は、まだ小さい。


 防壁も無い。


 戦える人間も少ない。


 ルナがいるとはいえ、正面から何でも止められるわけではなかった。


「確認したいね」


 クロノが言う。


 カインが振り向く。


「見に行くのか?」


「少人数でね」


「危ねぇだろ」


「だから少人数」


 その横で、ルナは無言で槍を取っていた。


 カインが頭を抱える。


「……お前は行く気満々かよ」


「確認だろ」


 ルナは当然のように言う。


「なら、強い方がいい」


 クロノが少し笑う。


「その通りだね」


 カインはまだ不満そうだった。


 だが、完全には否定しない。


「じゃあ俺も行く」


「お前は半分勢いだろ」


「うるせぇ」


 その時だった。


「俺も出る」


 ガルムが低く言った。


 全員がそちらを見る。


「煙の種類くらいは見分けられる」


 短い声。


「それに、北側の地形も多少知ってる」


 ドグが顔をしかめる。


「ガルム」


「放っとけねぇ」


 それだけだった。


 だが、その言葉には妙な重さがあった。


 リッカは少し黙っていたが、やがて小さく舌打ちする。


「じゃあ私は残る」


 ガルムが視線を向ける。


「珍しいな」


「細工できる奴が必要なんだろ」


 リッカはぶっきらぼうに返す。


「だったら残る」


 ドグが吹き出した。


「素直じゃねぇなぁ」


「うるさい」


 少しだけ、空気が緩む。


 クロノは、そのやり取りを見ていた。


 昨日まで流れてきた者達だった。


 なのに今は、“残る側”として話している。


「……ありがとう」


 クロノが言う。


 ガルムは顔をしかめた。


「礼を言われる筋合いじゃねぇ」


「そう?」


「煙を見るのは、俺のためでもある」


 クロノはそれ以上言わなかった。


 その言葉の重さが、少し分かったからだ。


 夜。


 村の火は少し落とされた。


 見張りは二重。槍は入口近くへ集められている。


 だが、全員を起こしたままにはしなかった。


 休める者は休ませる。


 それがクロノの判断だった。


「寝れるのか?」


 見張り台でカインが聞く。


「少しはね」


 クロノは答える。


「眠れなくても、横になるだけで違うよ」


「……またその理屈か」


 カインが苦笑する。


 少し前までなら、そんな余裕は無かった。


 だが今は違う。


 ローデン村には、“止める”という選択がある。


 ルナは見張り台の横で、北を見ていた。


 森の向こう。遠くの黒。


「……嫌な匂いだ」


 小さく呟く。


 ガルムが、その言葉に目を細めた。


「分かるのか」


「燃えた匂いは嫌いだ」


 短い言葉だった。


 だが、その声は少し低かった。


 ガルムは何も言わない。ただ、同じ方向を見ていた。


 ローデン村の夜は静かだった。


 だが、その静けさの向こうで、何かが確実に近づいていた。

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