第二十二話 炭焼きの煙
炉を作る準備は、ゆっくり進んでいた。
急がない。
だが、止めない。
ローデン村らしい進み方だった。
建設予定地では、柱組みが終わり始めている。簡易小屋の骨組みが見えるようになり、ドワーフ達も倉庫の隅ではなく、そちらで休む時間が増えていた。
まだ“家”ではない。
だが、寝るだけの場所でもなくなっている。
「縄そっち引け!」
「引いてる!」
「曲がってるぞ!」
「お前が押しすぎなんだよ!」
柱の横で、カインとドグが怒鳴り合っていた。
だが、どちらも少し笑っている。
クロノはその様子を見ながら、小さく息を吐いた。
「馴染むの早いね」
隣で板を確認していたミリアが言う。
「似てるんだよ」
クロノは答える。
「頑固だけど、ちゃんと働く人は、現場だと話が早い」
その時だった。
少し離れた場所から、乾いた音が響く。
ルナが丸太を切っていた。
いや、正確には――斧を振った結果、木が半分吹き飛んでいた。
村人達が静かに距離を取る。
「……ルナ」
クロノが声をかける。
「なんだ」
「力、少し抑えようか」
ルナが切り株を見る。
残っているというより、抉れていた。
「難しい」
「だろうね」
クロノは苦笑した。
その横で、ドグが腹を抱えて笑う。
「ははっ! 豪快すぎんだろ!」
「笑うな」
ルナが少し不満そうに言う。
「木が弱い」
「お前が強すぎんだよ!」
カインまで笑い始める。
少し前まで、ルナは“畏れられる側”だった。
今は違う。
村人達は、ルナに驚きはしても、逃げなくなっていた。
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昼頃になると、炭焼きの準備が始まった。
ドグが地面に円を描きながら説明する。
「空気入れすぎるな。火が強すぎると灰になる」
「弱すぎると?」
村人が聞く。
「煙だけ出て終わる」
ドグは枝を拾い、土へ突き刺した。
「火は燃やしゃいいってもんじゃねぇ。閉じ込めるんだ」
クロノは、その説明を聞きながら炭焼き窯を見る。
単純な構造だった。
だが、単純だからこそ難しい。
「……管理だね」
「なんだそりゃ」
ドグが顔をしかめる。
クロノは少し笑った。
「火も、水も、結局は流れだから」
「分からん」
「だろうね」
クロノはあっさり頷いた。
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少し離れた場所では、ガルムが地面を掘っていた。
炉予定地。
石を並べ、地面の固さを確かめている。
ルナが近づく。
「何を見ている」
「沈み方だ」
ガルムは短く答えた。
「火は重い。炉も重い。地面が死んでりゃ崩れる」
ルナは少し考える。
「地面も壊れるのか」
「当たり前だ」
ガルムは石を置き直した。
「壊れねぇ物なんざ無ぇ」
その言葉に、ルナは少し黙る。
ガルムは続きを言わない。
だが、どこか重い響きがあった。
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その頃、リッカは水路の脇で何かを組んでいた。
木片と縄。
簡単な固定具だった。
「何作ってるの」
ミリアが近づく。
「干し台の留め具」
リッカは手を動かしたまま答える。
「縄だけだと緩むからな」
ミリアは少し目を細める。
「……前から気になってた?」
「気にならない方がおかしい」
リッカは即答した。
「雨の後、歪んでたろ」
ミリアは少しだけ黙る。
確かに、その通りだった。
確認と修正で回していたが、“崩れにくくする”ところまでは届いていない。
「改善できる?」
「するために見てる」
リッカはそこで初めて顔を上げた。
「お前もだろ」
ミリアは少しだけ笑った。
「まあね」
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夕方。
炭焼き窯から、ゆっくり煙が上がり始めていた。
真っ白ではない。
少し青みがかった煙。
ドグが腕を組む。
「悪くねぇ」
「成功?」
カインが聞く。
「まだ分からん」
ドグは即答した。
「炭は最後まで見ねぇと意味がねぇ」
クロノはその言葉に頷いた。
途中だけ良くても、最後に崩れれば意味がない。
それは、この村も同じだった。
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空が赤く染まり始める。
簡易小屋の柱。
炭焼きの煙。
積まれていく木材。
炉予定地の石。
ローデン村は、少しずつ形を変えていた。
ただ生き残るだけの場所ではない。
人が残り、火を残し、次を作る場所へ。
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その時だった。
見張り台の上から、声が飛ぶ。
「……煙?」
カインが顔を上げる。
「こっちじゃねぇぞ」
北側。
森の向こう。
細く、黒い煙が上がっていた。
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ドグの表情が変わる。
ガルムも、ゆっくり立ち上がった。
リッカの手が止まる。
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「……近いな」
ガルムが低く言った。
村の空気が、静かに張り詰めていく。




