第二十一話 火を残す場所
翌朝。
ローデン村では、いつもより早く木を割る音が響いていた。
炉を作る。
その話が出てから、村の空気は少し変わっている。
急いでいるわけではない。
だが、“次に必要なもの”が見えたことで、人の動きに迷いが減っていた。
「炭用はこっちに分けろ!」
ドグが丸太を蹴りながら言う。
「湿った木混ぜるな! 煙ばっか増える!」
「分かってるって!」
村人が慌てて木を抱える。
少し前までなら、辺境の村人がドワーフに怒鳴られれば空気が悪くなっていたかもしれない。
だが今は違った。
「じゃあこれは?」
「細すぎる!」
「うるせえな!」
「火が死ぬ方がうるせぇ!」
言い返しながらも、ちゃんと手は動いている。
クロノは、その様子を少し離れた場所から見ていた。
ドグは口が悪い。
だが、ちゃんと理由を説明する。
だから村人達も完全には反発しない。
「馴染むの早いね」
隣に来たミリアが言う。
「技術ある人は、現場に入ると強いからね」
クロノは答えた。
「言葉より先に、仕事で見せられる」
その時だった。
「おい、クロノ!」
カインが手を振る。
「ガルムが変な顔してる」
「それは元からじゃない?」
「違ぇよ!」
加工小屋へ向かう。
そこでは、ガルムが壁を見上げていた。
「どうした?」
クロノが聞く。
ガルムは少しだけ黙ってから言った。
「……狭ぇ」
「加工小屋?」
「火を入れるにはな」
周囲を見る。
「煙が逃げねぇ。熱も籠もる。炉を置くなら別だ」
「当たり前だ」と鼻を鳴らす。
「鍛冶場は火を扱う場所だ。寝床の隣に作るもんじゃねぇ」
クロノは少し考える。
今のローデン村は、“足りない場所”が増え始めていた。
加工小屋。
干し場。
武器置き場。
そして、これからは炉。
人が増えれば、住む場所も必要になる。
「……家も必要だね」
クロノが呟く。
ガルムが眉を動かした。
「家?」
「君達の」
少し、空気が止まった。
ドワーフ達は今、空いていた倉庫の一角を借りている。
寝るだけなら問題ない。
だが、“住む”場所ではない。
ドグが薪を抱えたまま近づいてくる。
「別にそこまで世話される義理はねぇぞ」
「そうかもね」
クロノは頷く。
「でも、落ち着ける場所は必要だ」
リッカが少しだけ目を細める。
「……追い出す前提じゃないのか」
「追い出したいなら、最初から入れてないよ」
クロノは穏やかに答えた。
リッカは何も言わなかった。
ただ、少しだけ視線を逸らす。
ガルムが低く言う。
「簡単に信用するな」
「してないよ」
クロノは即答した。
「だから、様子を見てる」
ガルムは少し黙る。
その返答は、妙に納得できた。
綺麗事ではない。
だが、切り捨てもしていない。
「住むなら、どこに建てる?」
ミリアが板を持ちながら聞く。
クロノは少し周囲を見る。
水路。
加工小屋。
干し場。
そして、これから作る炉。
「炉から少し離す」
ガルムが先に言った。
「火の粉飛ぶ」
「でも遠すぎると不便だね」
クロノが返す。
「道具運ぶ距離が増える」
「だったら風下避けろ」
リッカが口を挟む。
「煙流れる」
ドグも頷く。
「地面も固ぇ方がいいな。沈むと面倒だ」
クロノは少し笑った。
「もう住む前提で話してるね」
三人が止まる。
ドグが頭を掻いた。
「……まあ、今さら追い出されても困るしな」
「車輪直るまではいる」
リッカがぶっきらぼうに言う。
ガルムは何も言わない。
だが、否定もしなかった。
その時、ルナが大きな木材を抱えて戻ってきた。
「これで足りるか」
ドグが振り返る。
「……お前、本当に龍人なんだな」
「そうだが」
「いや、分かってる」
ドグは木材を見る。
太い。
普通なら三人がかりだ。
「助かる」
短く言った。
ルナは少しだけ目を瞬かせた。
「……そうか」
クロノは、そのやり取りを見ていた。
ルナはまだ慣れていない。
力を怖がられず、頼られることに。
昼頃になると、建設予定地に人が集まり始めていた。
大きな建物ではない。
まずは簡易小屋。
雨風を防ぎ、火の近くで休める場所だ。
「柱ここ!」
「縄もっと引け!」
「そこ斜めだ!」
声が飛ぶ。
ルナが柱を持ち上げ、カイン達が位置を合わせる。
ドグが地面を見て、ガルムが組み方を直し、リッカが縄の固定を調整する。ミリアは板に必要数を書き込み、足りない材料を整理していた。
クロノは、その光景を静かに見ていた。
人が増える。
役割が増える。
場所が増える。
それは同時に、守るものが増えるということだった。
夕方。
柱だけ立った簡易小屋を見ながら、カインが息を吐く。
「……なんか、村っぽくなってきたな」
「前から村だよ」
クロノが笑う。
「いや、そうじゃなくてよ」
カインは頭を掻いた。
「人が増える場所、って感じだ」
その言葉に、ガルムが少しだけ視線を動かした。
崩れた街。
焼けた炉。
失った場所。
そこから逃げてきた。
なのに今、自分達は――新しい炉の場所を考えている。
ガルムは小さく息を吐いた。
「……火を残せる場所か」
クロノは、その呟きを聞いていた。
そして、静かに頷いた。
「そうなるといいね」




