第十七話 回り続ける村
トマスが帰ってから三日。
ローデン村は、以前よりも明らかに忙しくなっていた。
加工小屋では火が落ちない。干し台は埋まり、武器の試作も続いている。道の作業も止まっていなかった。
村は動いている。
少し前まで、何か一つを始めれば別の何かが止まっていた村だ。だが今は違う。水が流れ、加工が進み、見張りが立ち、道も伸びている。
その代わり、疲れも確実に溜まり始めていた。
「……っつ」
カインが肩を押さえ、小さく顔をしかめる。
牙槍を持ち上げた瞬間だった。
「どうした」
近くの男が声をかける。
「いや、なんでもねえ」
笑って誤魔化したが、腕は少し震えていた。
午前は見張り。昼は道作業。戻れば武器の確認。休めていない。
それはカインだけではなかった。
加工小屋では、ミリアが板を見ながら指示を飛ばしている。
「干し台、右から確認して」
「そっちの牙、混ざってる。分けて」
「少しだけ水を追加して」
声は止まらない。だが、以前より少しだけ硬さが混じっていた。
「ミリア」
クロノが声をかける。
「……なに」
返事は早い。だが、板から目は離れない。
「少し休んだ方がいい」
「今は無理」
即答だった。
クロノは少しだけ黙り、加工小屋の中を見る。
人は動いている。だが、細かい部分が少しずつ雑になっていた。置き方。確認。道具の戻し方。
焦っているわけではない。
疲れている。
「……確認、増えてるね」
「増やした。量が増えたから」
「うん。でも、人は増えてない」
そこで初めて、ミリアの手が止まった。
「……分かってる」
小さな声だった。
「でも、止めたら崩れる」
クロノは少しだけ目を細める。少し前まで、自分も同じことを考えていた。
止まれば遅れる。遅れれば回らなくなる。だから無理を押してでも進めるしかない、と。
「崩れないように止めるんだよ」
静かな声だった。
ミリアが顔を上げる。不満そう、というより納得しきれていない顔だ。
「止めたら、遅れる」
「うん」
「道も、加工も、武器も」
「そうだね。でも、壊れたらもっと遅れる」
加工小屋の空気が、一瞬だけ静かになる。
その時だった。
「おい!」
外から声が飛んだ。
カインだった。
全員が振り向く。
牙槍の先端が、折れていた。
「……は?」
誰かが声を漏らす。
カインが険しい顔で槍を見る。
「さっきまで普通だったぞ」
クロノが近づき、折れた部分を確認する。
根元。固定部分だった。
「……締めすぎだね。圧が偏ってる」
ミリアがすぐに板を確認した。
「固定担当、昨日から変わってる」
空気が少し重くなる。
失敗。
だが、以前とは違った。
「全部確認する。同じ固定のやつ、全部持ってきて」
ミリアがすぐに指示を飛ばし村人たちが動き始める。
誰も固まらない。責任を押し付け合う声も出ない。
問題が起きた。だから確認する。
流れが、もうでき始めていた。
クロノはその様子を見ながら、小さく頷く。
前のローデン村なら、空気が崩れていた。失敗した人間が縮こまり、周囲が止まり、誰かが怒鳴っていたはずだ。
だが今は違う。
「……結構あるな」
確認された槍を見ながら、カインが顔をしかめる。
「これも駄目かよ」
「こっちも緩んでる」
次々に問題が見つかっていく。
カインは頭を掻いた。
「じゃあどうすりゃいいんだよ……見張りもやって、道もやって、武器も直して。全部やってたら終わんねえぞ」
疲れの滲んだ声だった。
加工小屋の空気が少し張る。
ミリアも何も言わない。分かっているからだ。
人が足りない。時間も足りない。
全部を回し続ける余裕は、まだない。
クロノは少し考え、それから口を開いた。
「よし、今日は道作業は止めよう」
空気が止まる。
「……いいのか?」
カインが聞く。
「うん。今は武器の確認を優先する」
ミリアが板を見て作業予定を書き換える。
少し迷った後、一本の線を引いた。
――午後:道作業、中止。
その文字を見ながら、ミリアが小さく息を吐く。
「……遅れる」
「そうだね。でも、崩れない」
少しの沈黙。
やがて、ミリアはゆっくり頷いた。
「……分かった」
ルナは少し離れた場所で、その様子を見ていた。
「……怒らないのか」
ぽつりと言う。
クロノが横に立つ。
「怒らないよ」
「壊れた。失敗だ」
「そうだね」
クロノは頷く。
「でも、壊れたのが今でよかった」
ルナが少し眉を寄せる。
「魔物の前だったら、死んでたね」
静かな声だった。
ルナはしばらく黙る。
そして、折れた槍ではなくクロノを見る。
「……面倒だな」
「うん。でも、その面倒で生き残る」
ルナは少しだけ考える。
「お前は、変だ」
突然の言葉に、クロノが目を瞬かせた。
「そうかな?」
「普通は、もっと怒る」
クロノは少し考えてから答える。
「怒るより、次を残したいからね」
ルナは黙る。
理解したわけではない。だが、その視線はクロノから外れなかった。
外では水が流れている。加工小屋では人が動いている。
道は止まった。
だが、それは後退ではなく崩れないための停止だった。
ローデン村は、回り続けている。
少しずつ、形を変えながら。




