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第十三話 崩さない戦い


 森に入るのは、初めてではない。


 だが、“戦うために入る”のは初めてだった。


 ローデン村の外れ。道を外れ、木々の間へ踏み込む。


 地面は柔らかく、踏みしめるたびに沈む感触がある。音は吸われ、風も弱い。視界も狭かった。


「……静かだな」


 カインが小さく呟く。


 声を出すこと自体が少し怖い。


「そうだね」


 クロノは前を見たまま答えた。


「静かすぎる場所は、だいたい何かいる」


「冗談だよな?」


「半分くらいはね」


 軽く言う。だが、足は止めない。


 先頭はルナだった。


 迷いなく森を進んでいく。その後ろにクロノ。さらに後ろにカインたちが続く。


 槍を持つ手は、まだ慣れていない。握りも甘い。


 それでも、誰も離さなかった。


 しばらく進んだところで、ルナが止まる。


 軽く手を上げた。


 合図。


 全員の足が止まる。


「……いる」


 短い言葉だけで、空気が変わった。


 カインがしゃがみ込み、地面を見る。


「跡だな」


 踏み荒らされた土。深くえぐれている。


「でかいな……」


 足跡は明らかに人より大きかった。しかも複数。


 その時だった。


 ――グルル。


 低い音。


 全員が振り向く。


 木の陰に、それはいた。


 猪。


 だが普通ではない。


 体は異様に大きく、筋肉が盛り上がっている。背中には硬質な棘のようなものが並び、赤い目は人を恐れていなかった。


「……なんだあれ」


「スパインボアだ」


 ルナが答える。


「突進してくる」


 それだけで十分だった。


 さらに一体。もう一体。


 三体。


 クロノは静かに数を確認する。


(多すぎない。だが、油断すれば終わる)


(試すにはちょうどいい)


「並べ」


 低い声が飛ぶ。


 カインたちが動いた。ぎこちないながらも横に並ぶ。


 昨日やった通りに。


「距離を取れ」


「近すぎるな」


 細かく修正するクロノの声は落ち着いていた。だが頭の中では、絶えず計算が回っている。


(突進型。正面は硬い)


(崩れたら終わりだ)


「来るぞ!」


 カインが叫ぶ。


 一体が地面を蹴った。


 土が弾け、一直線に突っ込んでくる。


「――ッ!」


 村人の一人が思わず前へ出た。


 槍を振る。


 だが、弾かれた。


 硬い。


 刃先が滑り、体勢が崩れる。


「下がれ!」


 クロノが叫ぶ。


 だが遅い。


 猪の頭が目前まで迫った、その瞬間。


 横からルナが飛び込んだ。


 拳。


 横殴りの一撃。


 衝撃で猪の軌道がわずかに逸れる。


 そのまま地面へ突き刺さり、土が爆ぜた。


「……今のだ」


 クロノが短く言う。


「正面はやめろ!」


「横から!」


「崩れるな、並べ!」


 村人たちが慌てて位置を戻す。


 呼吸は乱れ、足も震えていた。


 それでも、誰も逃げなかった。


 別の一体が動く。


 今度は横から。


「石!」


 クロノが叫ぶ。


 投げる。


 ばらつく。


 だが、数がある。


 一つが猪の目の近くに当たり、わずかに怯ませた。


「今!」


 カインが踏み込む。


 震える足。


 それでも止まらない。


 横から突く。


 刺さった。


「……入った!」


 声が裏返る。


 だが確かな手応えがあった。


 さらにもう一人。同じ位置。同じ動き。


 突く。


 猪が崩れ落ちた。


 重い音と共に地面が揺れる。


 一瞬、静寂が訪れた。


「……やれたな」


 カインが信じられないように呟く。


 だが、まだ終わりではない。


 残り二体。


 それでも今度は違った。


 誰も前に出すぎない。誰も崩れない。


 ルナが一体を引きつけ、動きを止める。


 村人たちが横へ回る。


 石を投げる。


 怯む。


 突く。


 それを繰り返す。


 やがて、最後の一体も崩れ落ちた。


 完全な静寂。


 誰もすぐには動けなかった。


 息が荒い。手が震える。膝も笑っている。


 だが――全員、立っていた。


「……勝った、のか?」


 誰かが言う。


 クロノは首を横に振った。


「勝ったんじゃない」


 少しだけ間を置く。


「崩れなかっただけだ」


 静かな言葉だった。


 だが不思議と重苦しくはない。


 むしろ、全員が納得できた。


 ルナが倒れた猪を見下ろし、それから村人たちを見る。


「……遅いが」


 少し間。


「悪くない」


 それだけ言って背を向けた。


 カインがふっと笑う。


「褒められてるのか、これ」


「たぶんね」


 クロノも小さく笑った。


 その後、解体が始まる。


 牙。骨。皮。


 昨日までなら、ただの“魔物の死体”だった。


 だが今は違う。


「……これが武器になるのか」


 カインが牙を手に取る。


「なるよ」


 クロノは頷いた。


「加工すればね」


 村は、次の段階へ入った。


 守るために。


 戦うために。


 そして――外へ出るために。


 ローデン村は、もう止まらない

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