第十二話 作る戦い
翌朝のローデン村は、いつもより静かだった。
誰も声を荒げているわけではない。普段と同じように水は流れ、作業の準備も進んでいる。
それでも、どこか違う。
昨日の出来事が、確かに残っていた。
「……あれが外、か」
加工小屋の前で、カインがぽつりと呟く。
手には、まだ使い慣れない木の棒。昨日、即席で削ったものだ。
「思ってたより、近かったな」
「そうだね」
クロノは隣に立ちながら静かに頷いた。
「近い分、早く来る」
カインは鼻で笑ったが、その目は笑っていない。
「冗談にならねえな」
「うん。だから、やる」
短い会話だったが、それで十分だった。
もう誰も、「やる理由」を疑ってはいない。
管理館の前に板が置かれる。
クロノはゆっくりと中央に文字を書いた。
――武器。
たった一言。だが、その場にいる全員の視線がそこへ集まる。
「作る」
クロノは振り返らずに言った。
「でも、新しく作るわけじゃない。今あるもので、どうにかする」
村人たちがざわつく。
視線の先にあるのは、農具と木材と石。どれも本来は戦うためのものではない。
「……それで、本当に戦えるのか?」
誰かが不安そうに聞いた。
クロノは少し考えてから答える。
「強くはないね。でも、何もないよりはずっといい」
現実的な答えだった。
だからこそ、誰も反論しなかった。
最初に手をつけたのは槍だった。
村の周囲から切り出した木を、一本ずつ削っていく。ナイフを持つ手はぎこちなく、削り方も人によってばらばらだ。
削りすぎて細くなる者。逆に太すぎて持ちにくくなる者。
クロノは一人ひとりを見て回り、手を止めていく。
「そこは削りすぎ。折れる」
「……あ、ああ」
「こっちは太すぎる。握れないと意味がない」
指摘は的確だが、声は穏やかだった。
怒鳴ることはしない。ただ修正する。
先端を整えた後、火を使う。
焚き火に近づけ、じっくり炙る。木の表面が黒く変色し、わずかに硬さを増していく。
焦げる匂いが風に乗った。
「……こんなので変わるのか?」
カインが半信半疑で聞く。
「少しだけね。でも、その少しが大事なんだ」
ある程度形になったところで、クロノは全員を集めた。
手には、それぞれの槍。見た目は揃っているようで、実際はばらつきだらけだ。
「いい? 一つだけ守って」
全員の視線が集まる。
「振らないこと」
少し沈黙が流れた。
「……振らない?」
カインが聞き返す。
「そう。突くだけでいい」
「いや、それじゃあ――」
誰かが言いかける。
だが、クロノはそのまま続けた。
「振ると隙ができる。素人が振ると、ほぼ確実に崩れる」
その言葉には妙な説得力があった。実際に経験した者の言い方だった。
「一人で戦わなくていい」
クロノは地面に線を引く。
横一列。
「ここに立つ。前に出すぎない。引きすぎない」
カインが腕を組む。
「……陣形、ってやつか」
「簡単なものだけどね。でも、崩れない」
訓練が始まった。
最初は、ただ構えるだけでも難しい。
槍の重さに腕が震え、足の位置が定まらない。突こうとしても距離感が掴めない。
「近すぎる」
「遠い」
「そこ、揃えて」
クロノの声が静かに飛ぶ。
何度も繰り返した。
同じ動き。同じ位置。同じタイミング。
単調で、退屈で、地味な作業。
だが、それが少しずつ揃っていく。
途中から、石の訓練も加わった。
地面に積まれた石を手に取る。大きさは揃えられている。
「合図で投げる。勝手に投げない」
実際にやってみると、それすら難しかった。
タイミングが合わない。力がばらつく。飛ぶ方向も揃わない。
それでも繰り返すうちに、少しずつまとまっていく。
ルナは、その様子を少し離れた場所から見ていた。
「遅いな」
短く言う。
「そうだね」
クロノは苦笑した。
「でも、必要なんだ」
ルナは村人たちを見る。
ぎこちない動き。だが、誰も止まらない。
「……面倒だな」
「うん。でも、その方が強い」
数時間後、一通りの動きは形になった。
だが。
一本の槍が、乾いた音を立てて折れた。
全員の動きが止まる。
「……弱いな」
カインが低く言った。
それは誰もが感じていたことだった。
「そうだね」
クロノは否定しない。
石も同じだった。
投げても思ったほど威力は出ない。当たっても決定打にはならない。
「これじゃあ……」
誰かが言いかける。
「次は持たないね」
クロノが静かに言った。
板に新しい文字が書かれる。
――強度不足
――貫通力不足
簡潔な文字だったが、意味は重い。
「どうするの」
ミリアが聞く。
クロノは少し黙り、視線を落として考える。
そして――
「取りに行こう」
「どこへ?」
その問いに答えたのは、ルナだった。
「ある」
短い言葉。
全員が振り向く。
「強い素材が」
クロノは小さく頷いた。
迷いはなかった。
「じゃあ、行こうか」
村は、次の段階へ進む。
作るために。
守るために。
そして――外へ出るために。




