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最終到達死点 〜『純血の魔女』は、地獄の街で最強を蹂躙し、悪を無双する〜  作者: ヨシムラ


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第39話 聖騎士教会の塔級騎士④

闘技場の熱気が肌を刺す中、六惺の前に立つ背丈が2mを優に超える男は、煽り耐性が低いのか――魔女から軽く雑魚扱いとも取れる言葉を浴びせられるや否や、顔を紅潮させて苛立ちを隠せなかった。

その褐色の塔級騎士は、純潔の魔女に対して死を予感させるような言葉を、低く震える声で吐き出してきた。


一方、六惺はまるで遊戯を楽しむかのように、無防備な姿勢のままゆっくりと歩を進め、距離を詰めていく。二人の間にある間合いは、まだ10m弱。闘技場の空気は張り詰めていく。


やがて、屈強な体格の聖騎士は戦闘モードに移行する。腰を沈め、全長5mに及ぶ純白の槍――人類が魔術士に対抗するため、六惺自身が創り上げた『魔女キラー』、もしくは『魔術士キラー』――を力強く構えた。槍を握る手からは、明らかに身体能力を引き上げる呪文のような言葉が発せられる。


「俺は神聖力で筋力を向上させる!」


その瞬間、男の体を薄く包む光の幕がわずかに震える。視覚的には劇的な変化はないものの、神聖力によって既に倍増していた運動能力が、さらに跳ね上げられた。褐色の塔級騎士は興奮を抑えきれぬ様子で、次の宣言を口にする。


「俺はブリューナクの槍の力で神聖力を更に上げ、極限まで筋力を向上させる!」


槍から発せられる神聖力が男の肉体を包み込み、光は一層眩く輝いていく。褐色の塔級騎士の体は、まるで獰猛な獣が狩りに臨むかのように腰を沈め、力を溜め込む――短距離走のアスリートがスタートの瞬間に全力を待つ姿を彷彿とさせる。


一方で、六惺はダルそうな表情のまま、内心の声が漏れ始めていた。


「ダラダラと自慢話を続けた挙げ句、もう随分と時間が過ぎてしまったのですが。――もう君が土下座して許しをこう結果…、みんな分かっているのに、時間の無駄ではないですか。そろそろ、攻撃を仕掛けてもらえないでしょうか……」


その問いかけの直後、褐色の聖騎士の瞳が瞬時に赤く染まり、まるで怒りそのものが液状化して血管を巡るかのように、全身を覆った。筋肉は緊張に応じて隆起し、浮き上がった血管は火薬庫の爆発直前を想起させる。


純血の魔女があくびをしながら二歩目を出した瞬間――彼は、長く胸に秘めてきた力を一気に解き放った。槍――『魔を狩る槍』が、まるで時間を圧縮したかのような速度で、魔女・六惺へと飛翔する。初速は時速100kmを超え、その先に宿る殺意は、空気を裂く刃のごとく鋭利であった。


「ヒューッ……」

金属と空気が擦れる高音が、闘技場の広間を切り裂く。振動は観客席にまで微細に伝わり、胸の奥をかすかに揺らす。息を飲む音、衣擦れの音、砂が微かに舞い上がる音――時間がゆっくりと伸びたかのように、全ての音が観客の鼓膜に刻まれた。


槍は飛翔する――0.1秒、0.2秒、0.3秒……。その間、視覚で捉えられぬ速度にも関わらず、空気の濃密な波動は周囲の微細な埃や砂を巻き込み、闘技場全体を振動させる。八十郎達は無意識に息を止め、その軌道から目を離せずにいた。

だが、次の瞬間――彼等の視界に、信じ難い光景が飛び込む。


————その空間だけ、時間が静止したのだろうか。

槍は、まるで見えぬ壁に阻まれたかのように、六惺の直前でぴたりと停止してしまった。


槍先と魔女の間隔は、わずか10cm。空気は張り詰め、まるで緊張そのものが目に見えるかのように揺れていた。鼓膜を揺らす微細な「キーン」という振動が耳に残り、観客は思わず息を呑む。


金髪の少女騎士はその微妙な間合いを一目で見抜き、六惺が念動力を自在に操る者ではないか、と直感した。無言のまま、静かに頷く。拳闘士の人狼は驚愕の目を見開くも、心の奥で「やはり、こうなるのか……」と呟き、戦意の消失を悟る。剣豪・八十郎は、かつて半グレに撃たれた弾丸が180度反転する光景を思い出し、冷静に悟る――この槍の一撃は序章に過ぎぬ、と。


その混乱が頂点に達する前に、闘技場全体に奇妙で機械的な声が響き渡った。


「…。この攻撃は許されぬ行為に該当します」

「…。六惺様への攻撃を強制的に中断しました」

「…。聖騎士教会は私の所有権を喪失します」

「…。褐色の聖騎士は神聖力を失いました」

「…。さらに筋力、反応速度、精神力、その他全てのステータスが減少します」


その声の主――純白の槍『ブリューナク』である。剣豪・八十郎の『妖刀村正』と同様、六惺が生み出したこの槍は、自我を持ち、言葉を発していたのだ。魔女を串刺しにせんとした瞬間、褐色の塔級騎士は、時間が止まったかのように、完全に行動を封じらていた。

そして次の瞬間――純白の槍は、蓄えた力を爆発的に解放した。


————空気が炸裂する「ドゴォッ」という音が闘技場を包み、背丈2mを超える褐色の聖騎士は、まるで漫画のコマから飛び出したかのように弾き飛ばされる。


1秒、2秒……打撃が伝わる瞬間、背中に衝撃が走る。壁に叩きつけられる際、頭上から降り注ぐ砂塵が舞い、白目を剥いたその姿が八十郎達の視界に残像として刻まれる。金属と砂の混ざった匂い、空気の焦げる匂いが鼻をつき、肌を伝う振動が現実感を増幅させる。


六惺は微動だにせず、あらかじめ結末を見通していたかのように冷静そのものだ。褐色の塔級騎士は、戦う間もなく、あまりにもあっけなく敗北したのである。空間には、短く「シーン」とした静寂だけが残った。


アリーナ席に座る八十郎と九重は、反射的に体を前に乗り出し、瞳を大きく見開いた。烏から「『魔を狩る槍』は六惺の創作である」という情報は得ていたものの、言葉を発する槍の存在――その現実は、常識の枠をはるかに超えていたのだ。金髪の少女騎士は驚愕のあまり、腰を抜かして座席に崩れ落ち、周囲の石材にごつんと小さな衝撃音を響かせる。


その異様な光景を見やった烏は、重々しく大きなため息をつき、翼をゆっくりと広げた。羽根の間を通り抜ける風が、かすかに闘技場全体の空気を震わせる。


「うむ。これくらいの事で驚くには及ぶまい。六惺にとっては日常茶飯事の範囲である。逆に、あのサイコパスが一般常識で行動する方が、よほど予想外であろう」


剣豪・八十郎と拳闘士・人狼は、理解はできぬものの、その言葉の重みに深く頷かざるを得なかった。目の前で展開される超常現象――純白の槍は、見えぬ力に支えられて空間に固定され、真の主である魔女の手の届く距離で静かに直立している。微かに反射する光は、まるで意志を宿した生き物のようにゆらゆらと揺れていた。


烏は翼を広げ、闘技場中央の六惺へと滑空していく。わずかに羽ばたく速度を緩め、純白の槍を処理する前に、まず自分の意見を伝えようとする意図が透けて見えくる。


六惺はゆっくりと息を吸い、地面に突き刺さる純白の槍へ手を伸ばした。指先が触れた瞬間、槍が微かに振動し、握り込む手に弾力が伝わる。その感触は滑らかで柔らかく、しかし決して形を崩さない強靭さを帯びていた。


光沢が揺らぎ、微細な光の粒子が刃の表面で跳ねる。空気中の埃や振動までが手の感覚として伝わり、指先で槍の意思が存在していることを感じる。息をするたび、槍の重さがわずかに変化し、掌の下で重力が揺れる。


「六惺。その槍、どうするつもりなのだ?」


「この槍の処遇、ですか。もちろん――私の体へ戻すつもりです」


「待て。そんなことを、勝手に決めるな」


「アルカイックレコードより与えられた役目は、すでに果たしております。それとも……ほかに使い道があるとお考えなのでしょうか?」


「あるとも。千年に一人現れるかどうかの逸材を、我は見つけた。その者に、この槍を預けてみようと思っておる」


「千年に一人の……逸材、ですか」


「まだ幼い小娘ではある。しかし、真実を見極める能力に関しては、規格外であることは疑いようがない!」


「それで、その“逸材”とは……一体、どなたなのでしょうか?」


「アリーナ席に座っておる、Astrid――アストリッドだ。金髪の少女騎士だ!」


「烏師匠……失礼ながら、私の目には初めて拝見する方です。駆け出しの冒険者程度の実力にしか見えませんが」


「六惺。お前はいつも、物事を表層だけで判断しすぎる。何度も言ってきたはずだ――常に本質を見ろ、と!」


「申し訳ありません。本質という概念があまりにも抽象的で……いまだ、完全には理解しきれておりません」


「とにかく、早くその槍をこちらへ渡すのだ」


「承知しました。ただ……彼女の体格を考えますと、この代物は、いささか重すぎはしませんか」


「ならば、扱いやすいように軽量化すればよい。それだけの話ではないか!」


六惺は観念したのか。

手を伸ばしていくと、その先にある槍の先端がわずかに伸び、薄く細くなり、握りの感触が軽く変わり始めていく。時間はゆっくりと流れ、槍の変化の一瞬一瞬を五感で体験しているかのようだ。掌に伝わる微振動、手首に伝わる重心の変化、刃先で反射する光のきらめき、空気を切る音――すべてが極めて鮮明に意識に届く。


アルカイックレコードの不可視の手が、世界の運命を静かに、しかし確実に書き換えていく。

それは形を変え、槍のように細く、研ぎ澄まされた片手剣――レイピアへと収束した。鋭利な刃先は光を受け、眩いほどの輝きを放つ。掌に伝わる感触は驚くほど軽やかだが、その奥には確かな質量と存在感が宿っている。

刃を振るたび、空気がわずかに震え、柔らかさと鋭さを併せ持つ切っ先の重みが、手首を通して明確に伝わってきた。


「ほう……騎士道精神の象徴とされるレイピア、か。それがAstridにとっての最適解というわけだな。ところで、その武器には何と名付けるつもりだ?」


「名前、ですか……。片手剣(レイピア)|で、よろしいのではないでしょうか?」


「そのままではないか。……まあいい。この件については、ひとまず保留としておこう」


「保留、ですか。それでしたら、名前が決まるまでは『名もなきレイピア』と呼んでおきましょうか」


アリーナ席から、八十郎と九重、そして金髪の少女騎士が、ゆっくりと闘技場の中央へと降り立つ。

剣豪の親父は、自身の妖刀・村正と見比べるかのように、『名もなきレイピア』を丹念に観察していた。

一方、九重は、槍からレイピアへと至る変質の過程――その微細な物理的、そして概念的変化を、思考の中で追い続けている。


烏は少女へと視線を向け、低く、しかしよく通る声で告げた。


「Astrid。お前には見所がある。我が元で働かぬか?」


「……私が、烏様の元で、ですか?」


「うむ。我がアルカイックレコードを管理するギルド会館、そのギルドマスターを務めている」


「烏様が……ギルドマスター、なのですか?」


「うむ。そこにおる六惺がギルド会館の管理人だ。剣豪と拳闘士も、我が使用人である」


「私は聖騎士教会の者です。その……裏切り行為のような真似は、出来かねます」


「裏切り行為、か。我は聖騎士教会がお前に支払っている給与の、3倍、いや、10倍を支給しよう」


「……い、今の給与の、10倍ですか!?」


少女の声は跳ね上がり、曇っていた表情は一瞬にして光を帯びた。

長年、厳格な戒律のもとに封じ込めてきた物欲が、堰を切ったように解放される。

烏はそれを見逃さず、畳みかけるように言葉を重ねた。


「さらに、スペシャルデリシャスなスィーツをご馳走してやろう」


「ス、スペシャルデリシャスですか!?」


「至高にして、上質の味だ。……食べてみたいだろう?」


「う、うううう……」


「Astrid。おぬしには、その権利がある」


「……私の、権利ですか?」


「これまで厳しい修行を重ねてきたお前には、相応の対価が必要だ。欲望を解放せよ。半神である我の言葉だ。――信じる者は、救われるぞ」


「……はい。私は、烏様に忠誠をお誓いします」


その瞬間、契約が結ばれたちょうど同時刻――闘技場の壁に体をめり込ませ、気絶していた褐色の塔級騎士が、ゆっくりと意識を取り戻す。瞳が開き、周囲の光景を認識する様は、まるで世界を再び手にした者のように鮮烈であった。


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