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最終到達死点 〜『純血の魔女』は、地獄の街で最強を蹂躙し、悪を無双する〜  作者: ヨシムラ


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第38話 聖騎士教会の塔級騎士③

結界の膜を一枚隔てた向こうに広がる蒼穹は、どこまでも深く、そして異様なほど澄み切っていた。太陽の光を正面から受け止め、そのすべてを拒むことなく反射する青は、まるで磨き抜かれた宝石の内側を覗き込んでいるかのようで、視線を向けているだけで目が眩む。

遠く、遥かな地平線を目指しているのだろうか。鳥の群れが列を成し、ゆるやかな弧を描きながら空を滑空していく。翼が風を切るたび、「ぱさっ、ぱさっ」と乾いた羽音が間を置いて届き、その一つひとつが、この場の静けさを強調するように耳に残った。


楕円形の闘技場。

アリーナをぐるりと取り囲む石造りの観客席は、最大で5万人を収容できる規模を誇り、階段の段差、通路の角度、手すりの装飾に至るまで、異様なほど緻密に作り込まれていた。ここは現実のどこにも属さない、次元の狭間に浮かぶ別世界。古代ローマのコロッセオが完成したその瞬間を切り取ったかのような姿で、時代や歴史の概念を超えて、ただ“在る”。


中央のアリーナ。

二人の距離は、10mほどだろうか。土を固めて造られたリングの上で、聖堂騎士教会から派遣された騎士と、純血の魔女が、互いの間合いを慎重に測りながら対峙している。踏み出す足も、視線の角度も、すべてが計算のうち。わずかな動きが即、致命へと繋がることを、双方とも理解しているのだろう。


中央に立つ女――六惺。

ギルド会館の管理人であり、アルカイックレコードに従う、人類史上もっとも危険と称される魔女。その身を包んでいるのは、上下ともに安価なスウェット。戦場に立つ者の装いとは到底思えず、まるで自宅でくつろいでいる最中に、ふらりと外に出てきたかのようですらある。

眼光は普段のそれと変わらず、半ば眠たそうで、焦点が合っているのかどうかも怪しい。とはいうものの、その無防備さが、かえって異質な圧を放っているのだった。


対する聖堂騎士の体躯は、背丈2mを優に超え、全身を覆う筋肉はアメフト選手を思わせるほどに隆々としている。褐色の肌を縦横無尽に走る刺青は、ただの装飾ではない。長年の戦歴と信仰を刻み付けた証であり、その存在感は、見る者に無言の威圧を突きつけていた。

彼の手に握られているのは、全長5mにも及ぶ純白の槍――『魔を狩る槍』。聖騎士の神聖力を極限まで増幅し、魔術を操る者に対して絶大な威力を発揮する神具である。わずかに力が込められるだけで、周囲の空気が「ビリビリ……」と震え、見えない波紋となって広がっていく。その振動は、残響のように恐怖と緊張を孕み、肌を通じてじわじわと伝わってきた。


観客席の一角。

八十郎と九重は並んで腰を下ろしている。その前列には、金髪の少女騎士、Astridアストリッドと、その足元に佇む使い魔の烏が、静かに座していた。

八十郎――剣豪は、この戦いそのものには、ほとんど興味を示していないようだった。視線はアリーナに向いているものの、意識はすでに別の場所にある。ギルド会館に戻った後、溜まっている業務の段取りや、処理すべき案件のことを思い描いているのだろう。

一方の九重は違った。魔術を極めた者に特効を持つ聖堂騎士が、未知の存在である六惺に、どこまで通用するのか。善戦できるのか、それとも一瞬で終わるのか。その行方に、否応なく興味を掻き立てられている。


二人が共通して驚きを覚えたのは、前列の光景だった。

少女騎士が、“ギルマス”と名乗る烏と、まるで日常会話でもするかのように、何の違和感もなく言葉を交わしている。その様子が、あまりにも自然だったのだ。

――烏が喋っている。それも、誰一人として疑問を挟まない。

心の中で思わず突っ込みを入れつつも、八十郎と九重は、その会話に耳を澄ませていた。


前列の観客席。

少女騎士と烏は、褐色の塔級騎士がその右手に構える槍へと視線を固定したまま、低く、しかし熱を帯びた議論を始めていた。


「……ほう」


烏が、喉の奥で含み笑う。

その視線は、純白の槍から一瞬たりとも離れない。


「あの褐色の塔級騎士が握っている、あの純白の槍――

まさか、とは思うが……あれは『魔を狩る槍』ではあるまいな?」


言葉と同時に、槍の白が一層強く輝いたように見えた。

磨き抜かれた穂先。神聖力を封じ込めた刻印。どれもが、見る者に「特別」を否応なく理解させる造形である。


「烏様……あの槍をご存知なのですか」


少女騎士は、驚きを隠せぬまま頷く。


「あれこそが、聖騎士教会の象徴――

選ばれし者のみが手にする、神具にございます」


「……やはり、か。

お前たち聖騎士の神聖力を、極限まで引き上げる代物なのだろう?」


「はい。

魔女キラー、あるいは魔術士キラーと称されております。神の御業によって、魔術士を討つために創られた――そう、語り継がれております」


「フッ……」


烏は鼻で笑った。

その声音には、嘲りと同時に、揺るぎない確信が滲んでいる。


「聖騎士どもは、あれを“神が創りしもの”と、疑うことなく崇めておるのだな」


「……そのお言葉は、どういう意味でしょうか?」


少女騎士の声が、わずかに硬くなる。


「まさか――烏様は、その創造主をご存知なのですか?」


「ああ。無論だ。

我を、誰だと思っておる」


さらりと言い切る烏。その一言が、空気を重く沈ませた。


「それよりも、だ」


と、烏は唐突に話題を切り替える。


「お前たちは、魔女を討つために、この都市へ来たのか?」


「いいえ。違います」


即答だった。


「我々の目的は、この街に潜む黒魔術士の討伐です」


「ほう……黒魔術士狩り、というわけか」


「はい。

禁忌魔法を操る危険分子で、各地に深刻な被害をもたらしております」


「魔術の極致に取り憑かれ、引き返せなくなった者ども、ということだな」


「さすが烏様。すべて、お見通しなのですね」


「うむ。我を敬っておるのか?

なかなか、見る目があるではないか」


「……いえ。事実を述べただけです」


一瞬の沈黙。

やがて、烏が愉快そうに喉を鳴らした。


「ほう。

我が弟子である、あのサイコパスの魔女とは、実に気質が異なるようだな」


「烏様、どうかお気をつけください」


少女騎士は声を潜める。


「精鋭五名の黒魔術士が、この都市に潜入しているという情報があります」


「案ずるな」


烏は、至極当然のことのように言った。


「そのうち三名は、すでに我が配下が始末しておる」


「……え?」


少女騎士の目が、大きく見開かれる。


「烏様の配下が……黒魔術士を?

彼らは、聖騎士でも容易には討てぬ相手です」


「うむ。

評価としては、おおむね妥当だ」


烏は満足げに頷いた。


「よい。もっと我を称えてもよいぞ」


八十郎は、そのやり取りを耳に入れながら、別の思考に沈んでいた。

自然法則が書き換えられていく光景を、幾度となく目の当たりにしてきたからなのだろうか。褐色の男が、聖騎士が誇る『魔女キラー』――対魔術に特化したその槍を手にしているにもかかわらず、六惺に対して勝利の可能性はおろか、善戦するイメージでさえ、まったく湧いてこない。


胸の奥。

そこには、理屈では説明できない、魔女という存在への得体の知れない恐怖が、冷たい塊となって沈んでいた。


九重にしても同様だった。

剣豪ほどではないにせよ、魔女が絶対的存在であるという認識は、微塵も揺らいでいない。とはいうものの、これから2人は、烏――漆黒の翼を広げ、冷たい視線を光らせる鳥――の口から告げられる言葉によって、さらに大きな衝撃を受けることになるのであった。


Astrid(アストリッド)|においては、先輩となる塔級騎士の勝利を、疑うことなど一度もなかった。

しかし彼女は、烏の次の言葉を耳にした瞬間、驚きと困惑に小さな肩を震わせ、思わず息を詰めた。


「あの……あの魔女さんは……本当に、大丈夫なのでしょうか……」


声が、かすかに震える。


「先輩騎士が手にしている武器が、『魔を狩る槍』だということを……

もしかして、ご存知ではないのでは……?」


烏は、興味深そうに首を傾げた。

その瞬間、空気がびり、と微かに震えた。遠くの光景まで揺らいだように見える。まるで世界そのものが、このやり取りを凝視しているかのようだった。


「……お前は」


烏が、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「あのサイコパスの魔女の身を、本気で案じておるのか?」


「どういうことですか?」


アストリッドは食い下がる。


「烏様は、何とも思われないのですか。

このままでは……無事では済まないかもしれません」


「うむ」


烏は、あまりにも淡々と応じた。


「魔女を案ずる必要など、微塵もない」


「微塵も……?

それは、どういう意味なのでしょうか……?」


「まず一つ、教えてやろう」


烏の声が、わずかに低く沈む。


「六惺は、あれが『魔を狩る槍』であることを、最初から承知しておる」


「……え?」


アストリッドの瞳が、大きく揺らいだ。


「では……魔女さんは、

あれが『魔女キラー』だと理解した上で……あえて、不利な戦いに臨んでいると……?」


「その前提自体が、すでに誤りだ」


烏は、断ち切るように言い放つ。


「あのサイコパスにとって――

不利な戦いなど、概念として存在せぬ」


「そ、そんな……

『魔を狩る槍』が、通じないと……?」


「そもそも、だ」


一拍置いて、烏は告げた。


「あの槍は――六惺自身が創り上げたものだ」


「……え?」


アストリッドの声が、裏返る。


「ま、まさか……

魔女さんが……『ブリューナクの槍』を創った、などと……」


「聞き違いではない。もう一度、言ってやろう」


烏は、少女騎士のざわめきを切り裂くように、はっきりと断言した。


「聖騎士どもが神具として崇め奉っている、あの槍――

その“真の創造主”が誰であるのか……Astrid。お前は、きちんと理解しているのか?」


一拍、わざと間を置き、九重は口角をわずかに吊り上げる。


「……我が弟子、六惺が創り上げた代物だからだ!」


その言葉が闘技場に落ちた瞬間、空気が微かに揺れたように感じられた。


八十郎は無意識のうちに、自身の体内に宿る存在――『妖刀村正』の感触を思い起こしていた。血肉に溶け込む刃の気配。あれもまた、人の理から外れた武具だ。その創造主が誰であるかを考え始めた八十郎の思考は、自然と六惺へと辿り着く。


一方、九重は内心で驚きを覚えつつも、それが完全に予想外だったわけではない、という冷静さも保っていた。魔女が『ブリューナクの槍』を創った理由。なぜ、神聖力などという概念を人類に与えたのか。その意図を、静かに思案している。


闘技場では、砂煙がふわり、ふわりと舞っていた。

視界を薄く曇らせるその中で、六惺と褐色肌の塔級騎士との距離は、きっかり20mほど。互いに踏み込めば、一瞬で詰められる間合いだ。


褐色肌の男は余裕に満ちた笑みを浮かべ、黒髪の少女――六惺へと視線を向ける。そして今さらながらと言わんばかりに、自らの得物について語り始めた。


「どうやら……俺のカバンから全長五メートルを超える槍が現れたことが、よほど堪えたらしいな」


白く滑らかな槍身が、陽光を反射して鈍く輝く。


「だがな、辺境の都市に引きこもる魔女風情には――想像することすらできん代物が、この世界には掃いて捨てるほど存在する」


男は肩をすくめ、誇示するように槍を軽く掲げる。


「これは『魔を狩る槍』――『ブリューナクの槍』だ。そして今の俺は、『神聖力』が極限まで高められた状態にある」


その言葉には、疑いの余地など一切ないと言わんばかりの自信が滲んでいた。


遥か昔、人類が『魔術』という理不尽な力に抗う術を持たなかった時代。

数字「6」に愛され、あらゆる法則を無視する純潔の魔女が存在した。彼女は、人類に新たな力――『神聖力』を目覚めさせるため、この槍を創り出した。


それが『ブリューナクの槍』。

同時に、魔女や魔術士に対抗するための組織――聖騎士教会もまた、その流れの中で生まれたのである。


褐色肌の塔級騎士は、自分が純潔の魔女に勝利することを当然の前提として、六惺に向かって上から言葉を浴びせ続けていた。

その様子を見ていた金髪の少女――同じ聖騎士でありながら真実を知る彼女は、思わず顔を真っ赤に染める。恥辱と怒りが入り混じった表情だった。


とはいうものの、当の六惺はそんな空気など一切読まず、鋭く、澄んだ声を響かせる。


「――いつまで、その無意味な独演を続けるおつもりですか?」


ピシリ、と空気が張り詰めた。


「構いません。どうやら時間稼ぎがお望みのようですから……特別に、ハンデを差し上げましょう」


一瞬、何を言われたのか理解できなかったのか、男は目を見開く。


「おい、小娘……今、何と言った?」


「言葉ばかりが先行し、肝心の戦意が感じられませんでしたので。ハンデを与える、と申し上げただけです」


「俺は聖騎士教会の塔級騎士だぞ。その立場を理解した上で、口にしているのか?」


「どの世界にも存在します。言葉だけは一流で、実力がまるで伴わない者というものが」


男の眉が、ぴくりと動く。


「……それを、俺のことだと言っているのか?」


「一つだけ、忠告して差し上げます」


六惺は視線を逸らさず、淡々と続ける。


「刺青を刻んで威圧したところで――私に勝てるなどと、決して思わないことです」


その瞬間だった。


「――小娘……どうやら、死に急ぎたいらしいな」


ドン、と地を踏みしめる音。

褐色肌の塔級騎士から、尋常ではない殺気が噴き出す。砂煙が一気に舞い上がり、闘技場の空気が重く、鋭く張り詰めていく。


ざわ……ざわ……。


戦闘の予兆が、肌を刺すように広がっていた。

ものの数秒後には、命を懸けた衝突が始まるだろう。

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