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【アスカム・ヘザリントン】
「殿下、内密なお話が」
「分かった」
バートンから声をかけられた僕は自室に戻り、室内にはバートンだけを残した。
「結果から申し上げますと、あの女性に近付くのはおやめになった方が良いかと」
「ラナのこと?」
「はい」
なぜそんなことを言われないといけないのかと頭がカッとなったけど、他者の言葉の重みを体感している僕は話を促した。
「続けて」
「調査をし直しました、その結果です」
バサッとテーブルに広げられた報告書を丁寧に読んでいくと…。
「………は?」
「おかしいでしょう」
そこにはラナの人生が書かれていた。
異なるのは子どものこと。
ラナは両親と暮らしていた時、突然身ごもったという。
誰の子かは口を閉ざしているから分からないままだけれど、確実に子を孕んだと記載されている。
それはおかしい。
だって前回の報告書にはそんなこと書かれていなかった。
近隣住民に聞いて見ても前回とは異なる話がある。
子どもを二人生んだラナは両親が亡くなるまでは一緒に暮らしていたと。
「確かなの?」
「ええ、現地に行って確かめに行きました。誰に話を聞いても子どもがいたと、とても仲睦まじい家族だったと口を揃えてそう発言します」
前回の報告書と比べても子どものことだけが異なっていた。
現在の行方も分かるようになっている、北の辺境から出たラナを追いかけ、今では二人で王都の外れに住んでいると。確かな足取りもくっきりと。
「どういうこと…?」
「どう調査しても同じ結果が返ってきます。偽造にしては些か出来過ぎです」
故郷の民らは最初、子どものことなんて話さなかった。
それなのに今回は子どもがいると…
意味が分からない。
意図すら掴めない。
「これはただの偽造ではありません」
「どういうこと?」
「こちらに書かれている情報は全て現実なのです。前回の調査が間違っていたという結果になる。となると偽造だと気付かれても問題ないと判断した者が仕組んだことです」
「気付かれても問題ない?」
「今回の調査報告書を“本物”としたんです。どう偽造したのかは分かりませんが、この情報が正しいと思わせ彼女の人生を作り上げたんです」
どうしてそんなことをするの?
ラナはそんなこと………ううん、ラナは言っていた。
人には必ず二面性があると。
それはきっとラナにも当てはまる。
「私達は彼女に凶弾出来ません」
「現実を聞いても、作り上げた現実の答えしか返ってこないから」
「ええ、そしてそれを真実だと受け入れる他ない」
ラナはなにを隠してるんだろう。
今、情報を増やし子どもがいたことにしたラナはなぜそれが必要なのか。
いや、そんなことより…
「どうやって偽造したの?」
王家の調査員さえ現実だと受け入れなければならない情報をどう操作したの?
「……デートで聞く」
「危険です」
「それでも…僕はラナのことが知りたいんだ」
はぁ…と小さなため息が聞こえ見上げると、仕方ないという顔をしたバートンがいた。
「どこまでもお供します」
「ありがとう」
♢
マデリンが通い始めて6回目の今日。
「だいぶ跡が薄くなってきたわ」
「そうですね」
「……ありがとう」
「お代を頂いているのでお礼は結構ですよ」
「厳密にはまだ払ってないわよ」
「そうでした」
そう言うと私に袋を渡してきたので受け取るとずっしりと重い。どうやら硬貨が入っているようだ。
「先払いにしたわ」
「助かります」
「そうでしょうね」
これで数ヵ月はなんとか持つ。
「それで?殿下とは上手くいっているのかしら」
「噂の提供はしないと伝えたはずです」
「いいじゃない、ただの会話よ?」
カラン…と扉が開く音がしてマデリンとそちらを向くとアムが立っていた。
マデリンが咄嗟にお辞儀をしたのを見て初めてアムが王族だという認識をした。
「迎えに来たんだ」
「迎え?」
どこかに行くのでしょうか。
「ブレアム夫人、どうしてこちらに?」
マデリンはブレアムというのか。
「とても優秀な薬師の方がいらっしゃると耳にしまして」
「ああ、ラナは有能だからね」
「お陰様で体調がいいのです」
「そうだろうね」
「わたくしはこれで、失礼いたします」
マデリンが出て行くと室内に入ってきたアムの後ろにはいつもより大勢の護衛の方がいらっしゃった。
「デート、するって言ってくれたでしょ?」
「はい」
「今からでもいい?」
ちょうどお客様は居なくなったし、新たなお客様もいらっしゃらないでしょう。
「はい」
「エスコートさせて」
肘を差し出されたので掴むと合格というように微笑まれた。
鍵をかけて外に出ると路地裏の先で馬車があるのを見て眉をひそめた。
「ああ、言い忘れていました」
「うん?」
「私、馬には乗れますが馬車には乗れません」
「どうして?」
「私の嫌いの一つです」
「そうだったんだ…」
「はい」
「ラナのことが知れて嬉しいな」
馬車に乗らなくていいのか、アムが合図するとその場から馬車は立ち去った。
「お城まで近い、馬を手配するから少し歩こう」
「はい」
歩いているとさすがに騎士隊服を着た方たちに上等な服を着たアムが居るからか、貴族か王族だと分かってるんだろう。
人が不自然に避けていく。
「……メルだっけ?お子さんは元気にしてる?」
「とても」
「そっか…ライも?」
「はい」
どこかピリピリとした気配を背後から感じる。
護衛の一人が警戒しすぎているな。
私にか、街歩きにか。
答えはすぐに分かるだろう。
「今日はいい天気ですね」
「本当だね」
「湖に行くならお弁当を作りたかったです」
「ラナのお弁当…!……先に言えば良かった……」
「くすくすっ、では次回に」
「うん!」
心地の良い空気の中歩いていると露店が目に付いた。
卵型のキラキラとした置き物に目を惹かれて、なぜか目が離せない。
「あれが欲しい?」
「いえ、嫌いです」
あれ?どうしてそんなこと言ったんだろう?
嫌いなんて置き物に思ったはずないのに。
「そうなの?」
「そうみたいです」
不思議な感覚には目を伏せ、歩いていくとお城が近付いてきた。
「お城は大きいですねぇ…」
「ふふっ、今度案内させて」
「楽しみにしておきます」
私の家など、一室の広さにもならないだろう。
「あ、あれだよ」
どうやら馬を近くまで持ってきてくれたらしい。
立派な子たちが道の奥で待機している。
「乗れそう?」
「問題ありません」
馬をじっと見つめていると、合格を貰えたのか顔を近付けてすりすりと擦り寄ってきてくれた。
「よろしくね」
「ヒフンッ!」
手綱を掴んだら後ろから服を掴まれた。
「ヒフン!」
どうやら別の馬が私の服を引っ張ってるらしい。
「「ヒフン!!」」
なぜか馬同士で喧嘩が始まりそう。
「そこまで」
「「フン…」」
声をかけると収まった馬たちの頭を撫でて片方の馬に乗り上げる。
「アムに着いて行くのよ?」
「ヒフーン!!」
アムの方を見ると驚いた顔をしてる、それはアムだけじゃなく護衛の方たちも。
「どうされました?」
「あ、うん……懐くことなんてないからビックリしちゃって…」
「そうなのですか?」
「うん…大人しくはあるけど懐きはしなかったから…」
どうやら大合格を貰えたらしい。
「行きましょう」
「あ、うん」
空を見上げると、燦々と照りつける太陽があった。




