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無事にお店を開店出来た。
その日から時間が確保できてはアムが訪ねてくるようになった。
お陰でこの家には薬師が居る事、第三王子が訪ねる店として広まっているとパン屋の店主に聞いた。
見世物にはなれているが、お客様は誰一人として来ない。
宣伝が悪いのでしょう、第三王子がお忍びで訪れる店というのは遠巻きに見られるのだと暮らしていて気付いた。
「今日はなにを作ったの?」
「シフォンケーキですよ、食べますか?」
「うん!」
アムはとても無邪気な方。
清廉潔白という文字が似合う方でもある。
純粋で、悪意に揉まれてこなかったのは見て取れる。
「僕、宰相になろうと思うんだ」
「それでしたらお節介を焼いてもいいですか?」
「もちろん」
「陰口や悪口を毎日聞くことと、人には必ず二面性があることを知った方が良いかと」
「……あまり好きになれないな」
「だからですよ、嫌ってだけいると相手のことを知るチャンスを逃すので」
「………そう、だね」
「お節介が過ぎました」
「ううん、………ありがとう」
お城で働くなら尚更、必要な技術がアムには備わっていないように見える。
これから先、食い潰されないよう自ら悪に染まった方がいいように私は思う。
「また来るね」
「はい」
アムがいなくなると途端に静かになる店内でいつものように本を広げた時、背後に気配がした。
どうしていつもみんな背後から現れるんだろうと思いながら振り向いた。
「ここって禁止区画だったー?」
「あそこだけよ」
「そっかぁー、なにかしたのかって焦ってたよー」
「私のお客様なの、大切にしないとね」
「ふぅーん…ね、そんなことよりいい人間いない?」
「見かけないなぁ」
「なんだ、残念。でも君が住んでるってことはいい世界なんでしょー?」
「今回はそうでもないよ、浄化を頼まれただけだから」
「なあんだ、じゃぁね」
「愛してるわ」
「僕も愛してるー」
そうだと、彼が帰ってしまう前に渡そうと腕を握って引き留めた。
「悪魔」
空間収納から取り出してシフォンケーキを渡す。
「良かったら食べて」
「ありがとっ」
悪魔様と呼ばれているあの子が消えると今度こそ本に目を落とした。
♢
【アスカム・ヘザリントン】
ラナは可愛いだけの女の子じゃなかった。
「時間ができたんだ」
「それならあそこの塀を国でどうにかできませんか?」
案内された道を見ると確かに壁があった。
「どうして?」
「王都は入り組んでいます、他の道で事故が多いのは整備が整っていないからですよ。この壁を取り払って道を作れば混雑はマシになります」
丁寧に作られた地図を見てみると、確かにラナの言ったように道を作ると混雑は格段に減りそうだ。
こんな風にラナは街を、人を観察し薬師がいらないように動いている。無意識に。
そして僕に助言までくれるんだ。
「第三王子にご挨拶叶い、誠に嬉しい限りです」
ラナが言っていた悪意を自分自身で取り込もうと嫌っていた貴族と茶会を開いている。
彼らは僕の機嫌を取り、その後は噂話や僕派閥のように振舞い兄たちの陰口を言う。
とても嫌な会だ。
だけど、大切なことだと気付けた。
今までは表面的にしか見てなかった人間関係も話を聞けばどこが繋がっているか詳細に分かる。
お陰で僕は領地の流れを細かく見れるようになった気がする。まだまだ若輩者だろうけどね。
今はラナに言われた道を作れるよう、各所に当たってるところ。
あとは貴族達との茶会や今まで以上に兄との交流を持っている。
兄として見ていたけど、それでは駄目だと思い上に立つ者として見て、吸収しようとしてるんだ。
僕が活発に動くからラナとはどんどん会える時間が減っているけど、ラナに顔向けできない人間にはなりたくない。
「調査報告書です」
ラナの調査が終わったんだ。
僕はやっぱり見たくない。でも、第三王子として見ることも大切だと今の僕は思う。
ペラ…
読んでみるとラナの人生を盗み見ているようで少しだけワクワクした。
ラナが生まれてご両親が亡くなるまでは一緒に暮らし、とても仲睦まじかったと。
近隣住民に聞いてもそんな言葉が返ってきていた。
僕の両親もなにも問題ないと判断したこの報告書に僕は頭を捻る。
だって子どものことが一つも書いていない。
父親のことも、なにもかも。
まるでラナには子どもが存在しないみたいに。
「子どものことは?」
「調査中です」
「まだ?」
護衛のバートンに聞いてもいい返事が返ってこない。
「まるで神隠しですよ」
「どういうこと?」
「出会った金の髪の女性のことを独自で調べているのですが、どこにも痕跡がないんです」
どこにも…?
「息子もいるとおっしゃっていましたが、それも謎のままです」
僕はこんなんでも第三王子だ。
そして調べているのは国で一番優秀な調査員。
それなのに一平民のことを調べられない、それどころか居たという情報さえ掴めていない。
「………調査を続けて」
「かしこまりました」
初めてラナのことを知りたいと思った。
彼女自身のことでなく、彼女を取り巻く全てを知りたいと思ったんだ。
♢
カラン…と来客を知らせるベルが鳴った。
アムかと思い目線を上げると見知らぬ女性がそこにはいた。
「ここが噂の薬師かしら」
「噂がなにか分かりませんが、ここは薬師が商うお店です」
「割高だと聞いたわ」
ああ、宣伝塔をしてくれているんだ。
「はい」
「治せなかったら払わなくてもいいかしら?」
「はい、お代は頂きません」
「でしたら診て欲しいの」
そう言うと女性はおもむろにシャツを脱ぎだした。
ボタンを外す姿を見ていたけれど、皮膚が露わになると素人目でも分かる傷を負っていた。
「あなたに治せるかしら」
まるで挑戦状を叩きつけている声音だと感じた。
お前にも治せないだろうと、そんな心の声が聞こえた気がした。
「治せますよ」
「あら、随分な自信ね」
彼女の体には焼け爛れた跡が残っていた、全身に。
広範囲の火傷の跡は今でも痛みを負っているのだろうと推測しながらガラステーブルの棚から魔法陣を一枚取り出して彼女の前に立つ。
「治るのはひと月ほどかかります」
「お代は治ってからでいいのでしょう?」
「はい、ですのでひと月後にはこの値段を支払って頂きます」
「ほんとに割高ね」
「どうですか?」
「いいわよ」
魔法陣を頭の上に乗せて魔力を乗せる。
「ぅ”っ…!」
「言い忘れてました、皮膚が治る過程で皮膚が動き回るので多少気持ち悪さが襲うかと」
「多少じゃないわ!?」
この反応は女性が過剰なのか、それとも本当に多少の気持ち悪さじゃないのか判断がつかない。
「うそ、でしょ…」
全身の傷跡がほんの少しだけマシになった。
「3日に一度来てください、その度に同じ魔法陣を施します」
「…」
放心状態の女性は聞く耳を持っていないようだ。
「あなた……何者?」
「薬師ですよ」
「…これが治るなんて…」
「それが仕事ですから」
どうしてか体をフラフラとさせながら服を着て出て行った女性に本当は治る前にお代が欲しかったと、ため息をついた。




