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「ねぇ」
朝方と呼ばれる時間、ソファで微睡んでいたら背後から声をかけられた。
「なあに?」
読んでいた本をテーブルに置いて振り向くと不貞腐れた顔をした表情が目に入った。
「また喧嘩したの?」
「だあって!あいつが悪いんだもん!」
「言い分を聞いてあげた?」
「ふんっ!馬鹿な男は嫌いなのよ!」
新しく紅茶を淹れて茶器を置くと喉が渇いてるのか、自分で取り出した果実水をガブガブと飲み干してる。
「今回はどんな喧嘩したの?」
「あいつの方が足が早いっていうから…」
前も足の早さで喧嘩していたなと思い返した。
「で?どっちが早かったの?」
「………引き分け」
「それでどうして喧嘩するの?」
「私の方が早いに決まってる!」
いつもは仲がいいのに、どうしてたまに些細なことで喧嘩するんだろう?
「じゃぁ──」
次は私も交えておいかけっこしてみようと提案しようとした時。
ドンドンドンッッッ!!
店の扉を勢いよく叩く音がした。
一瞬そちらに意識を向けていると、彼女は目の前から消えていた。
二階から降りて店内に行くまでの間もずっと扉の音が家中に鳴り響いている。
ここまで焦っているのなら急患かもしれないと、私も焦りながら扉を開けた。
そこには金の髪に赤の瞳の男性が立っていた。
昨日とは違い、無事な姿で。
だけど──
「…っ………あえ、た………」
彼はなぜか泣いていた。
ほろほろと、熱い涙を流している。
「どうされました?」
彼を見上げても返事が返ってこない。
どうしたらいいんだろうと思案していると、彼の背後にいる人達に気付いた。
お昼にも来た騎士様方だ。
「急患ですか?」
後ろの方達に訪ねてみるけれど、返事は返ってこない。
「ぼくの………」
喋り出した金の髪の人を見上げると顔をくしゃくしゃにしている。
「ぼくの………うん、めい………」
震える手で私の頬へ手を伸ばした。
訳が分からなくて佇んでいると、彼の手が私の頬に触れた。
その手は酷く冷たかった。
「っ~~………」
なにか話したそうで、でも言葉が詰まって話せない。
そんな姿。
「は、はじめ、まして」
「はい、はじめまして」
その時、なぜか言いたくなった言葉があった。
「今日はいい月ですね」
言い放った言葉はどうしてか馴染みのある台詞だった。
言ったことも、言われたこともないのに。
懐かしさを感じる、そんな言葉。
「つ、き…?」
彼が見上げると、そこには太陽があり月は存在しなかった。
太陽が出てることなんて私にも分かるのに、どうしてそんなことを言い放ったのだろう。
「そう、だね…いい月だったと思うよ」
彼が笑った。
「君を知りたいんだ」
涙を拭い、私に笑いかける彼は怪我人ではなさそうだ。
「どうしてですか?」
こんな朝方に大勢で押しかけた結果が私を知りたい?
「君が僕の運命だから」
言われた言葉は意味が分からなくて、よく分かる言葉だった。
彼は竜人だ、だから運命が分かる種族なんだろう。
私は魔人、だから分からないのかなと思いながらも不思議に感じていた。
どうして私には分からないんだろう?
分かってもいいはずなのに。
「どうしたらいいですか?」
運命に出会ったことはない。
それもそうだろう。
だって彼が運命なのだから。
でも、運命に出会った後、どういう行動を取ったらいいのか分からない。
だから聞くことにした。
「君を知りたいんだ」
「いいですよ?」
「できれば僕のことも知って欲しい」
「努力しますね」
「っ、ありがとう」
であれば早速、私のことを知ってもらおうと口を開いた。
「朝食を作りたいので帰ってもらってもいいですか?」
♢
「これは?」
「アスパラですよ」
「こんな形なんだ…」
朝食を作りたいと伝えたら彼は悲しそうな顔をしながら「出来れば側にいたい」と言われたので、室内に上げた。
もちろん、彼だけを歓迎したつもりなんだけど…彼の護衛らしい騎士様方までも着いてきた。
なので私のあまり広くはない家は今までで一番、窮屈な場所となっている。
「あ」
「どうされました?」
「名前…聞くの忘れてた」
そういえば自己紹介もしていない。
家にも上げてるのに。
「ラナ・サールビーです」
「僕はアスカム・ヘザリントンだよ、ラナって呼んでもいい?」
「いいですけど…王族の方ですか?」
この国の名前はヘザリントンという。
「うん。第三王子なんだ、一応ね」
王族の方と出会う人生設計ではなかったんだけど…まぁ、仕方ないか。
「僕のことはアムって呼んで?」
「アム王子様ですか?」
「アムでいいよ」
「不敬だと言われ殺されそうになったら援護をお願いします」
「くすくすっ、分かった」
出来上がった食事を食卓に並べようとして止まる。
「……みなさんも召し上がりますか?」
「ううん、大丈夫」
何十人にも見られながら私だけが食事をするのかな。
それはなんというか…
「アムも食べますか?」
巻き込んでしまおう。
「いいの!?」
「いいですよ、ちょっと待っててくださいね」
「うん!あ、手伝うよ」
「いえ、空間収納から取り出しますからそちらを召し上がってください」
「あ、うん。ありがとう」
「お口に合わなければ残してください。全部手作りなので」
「ラナの手作り…!」
食卓に食事を出すと、彼と出会った時に毒見した人が近付いてきた。
「毒見を」
「ラナに失礼なことしないで」
「規則ですので」
王子様は全てに毒見が必要なのか。
それは大変そうだ。
「失礼じゃないですよ、アムの身を守る為に必要なことをしているのでしょう?」
「そうだけど…でも失礼だ」
「彼にも職務があるのですから、受け入れましょう」
「ラナがそう言うなら…」
全ての食事を一口ずつ食べる彼も大変だ。
これで本当に毒が入っていたら真っ先に死んでしまうのは彼だろうに。
「さ、食べましょう」
「うん…嬉しい」
頬を赤らめながら食材を口に運ぶアムは驚きの顔をした。
「美味しい…」
「それは良かった」
「こんなに美味しい物、食べたことない」
「料理は自信あるので」
その時、ふと誰かの気配がした。
そちらに顔を向けると気配が消えた。
「一人暮らししてるの?」
「はい、一人でこの領地に来たので」
「ご両親は?」
「亡くなりました」
「あ、ごめんね…」
「いいえ、こう見えて私は年老いていますのでお気になさらず」
「そうなの?」
キョトンとした顔で尋ねる彼は表情豊かで私より若そう。
「300歳ですよ」
「僕は竜人で良かった…」
今度はこちらがキョトンとする羽目になった。
「なぜですか?」
「だってラナは魔人でしょ?」
「はい」
「僕のウロコを飲んでもらえば寿命が引っ張られるでしょ?」
「そうですね」
「だから長く一緒にいられる」
ウロコを飲む相手は伴侶だけと決まっているのですが…そうですね。私が彼の伴侶になるかもしれないんですよね。
「僕はまだ30歳なんだ、ラナからしたら子どもに見えちゃうね」
「30歳も300歳もあまり変わらないですよ」
「ふふっ、それなら良かった。んっ!これも美味しい!」
美味しそうに食べるアムを見て、一体彼はいつまでここに居るんだろうと疑問に思いながらアスパラを口に運んだ。




