1
いつだったろう。
言われた言葉は覚えているけれど、いつ言われたのか覚えていない。
『どこにいっちゃったの?私の知る………』
悲しげに言われた台詞はなぜか心に刻まれている。
だけど、意味は分からない。
きっとこれから先も分からないだろう。
分からないことだらけの今を満足に生きている私は追及することはない。
♢
今の私は薬師として生きている。
傷付いた人に寄り添い、隣人として力になる今が幸せ。
「魔蚊ですね」
「気を付けてたんだけどなぁ」
「いつの間にか入り込んでいる魔物ですから」
冒険者のお客様は巻き付くように左足を締め付けられ魔力を奪われ続けていた。
印も付けられているから魔蚊が離れた後も魔力を吸い出されている。
魔法陣を取り出し足に張り付けて印の無効を施すとお客様がほっと息を吐いた。
「ありがとな」
「いつでも頼ってください」
「あんたんとこは高くて気軽には来れねぇよ」
「そうでした」
「でも、効き目はいい」
「ありがとうございます」
私は薬師として腕がいいと自他ともに認めている。
だから値段は割高に設定してある。
一人で切り盛りしてるからあまり繁盛しても手が回らないのと、気軽に来られると他の薬師の仕事を奪ってしまうことになる。新参者の私は細々とやりくりしていくことで隣人達と良き関係性を築けている。
「今日は騎士様が森に入ってるから行けねぇんだ」
「もうそんな季節ですか」
「助かるが商売上がったりだ」
冒険者であるお客様にはツラいだろう。
この時期は収入が激減してしまうから。
「んでも今回で最後なんじゃねぇか?」
「そうなんですか?」
「魔物が他の地域と同じくらいの量になりつつある」
「なんででしょうねぇ」
「ほんと、なんでだろうな」
ここ、北の辺境は国一番魔物が蔓延る領地として有名だ。
けれど3年前から徐々に魔物が減少し、他の領地と変わりないくらいの数になっていっていると噂で聞いた。
「あんたも商売上がったりだろ」
「そうでもないですよ、怪我だけを治す訳ではありませんから」
「そりゃそうか」
1年に一度、国から派遣される騎士様方が魔物を一掃してくれるのだけれど、ここまで減少してしまえば派遣団も必要となり得なくなるだろう。
「俺もそろそろ他に行こうか考えてんだ」
「他も魔物の数は同じでは?」
「稼ぎがいい街は他にもあるかもしれねぇだろ?」
「それもそうですね」
北の辺境は住まう人達にとっては脅威でも冒険者にとっては金稼ぎにいい街だと言われている為、冒険者が多かったけれど、最近は他の街に移り住む人も多い。
それほどに穏やかな領地になりつつある。
「じゃぁな」
「ごひいきに」
お客様がやって来られる前にしていた作業、薬の補充の再開をしようと奥の倉庫へと入っていった私の耳に新たなお客様の来訪が届いた。
「失礼!ここは街一番の効能を持つ魔女がいると聞いた!」
まさかそんなあだ名が付いていると思わなくて驚いている私は足早に店内へと戻った。
「傷が深いんだ!どうにか出来るか!?」
ドタバタと足音を立てて店内に入ってくる人達は数十人も居る。
その誰もが騎士隊服を着ていた。
「殿下を助けてくれ!」
屈強な男の人に抱えられてぐったりとしている男の人の姿が見え、これはいけないと駆け寄った。
「腹を食われたのですか」
「そうだ、治るか?」
「やってみます」
ガラステーブルの奥から数枚魔法陣を取り出した私は抱えている男の人に男性を床に降ろすように指示を出すとゆっくりと恭しく降ろした。
顔色を覗き込むと金の髪で隠れてよく見えないので髪を払って顔を覗くと、冷や汗を流して青ざめた顔がそこにはあった。
破れた服を脱がすより切ってしまった方が早いだろうとハサミを取り出し服を切り裂こうとしている私の手元を見て、一瞬警戒されたけれどすぐに手伝ってくれる。
魔法陣を食われた腹の上に乗せ、魔力を流していくと「ぅ”っ…」という声が聞こえた。
「大丈夫ですよ、これなら治りますからね」
意識が戻っているか分からないけれど、落ち着くように声をかけた。
内臓を修復している間、他の魔法陣を取り出し傷口を塞ぐよう施していく。
数分経ち、室内が静寂の中、怪我を負っている男性の荒い息が緩やかになっていくのを感じ、少し安堵しながらもう一度顔色を覗くと少しだけ開いた赤の瞳と目が合った。
「大丈夫ですよ、あと少しですからね」
「っ、はぁっ、………きみ、は………」
手を、伸ばされた。
私に向けて。
ツライだろう体を動かしてまで手を伸ばすから、思わずその手を掴むと和らいだ吐息が聞こえた。
「きみ、を、手に………」
「ここまで話せるならお水も飲めるはずです、どなたかお願いできますか」
魔法陣は上手く起動している。
呼吸も穏やかになっていっているから大丈夫だろうと、飲み薬を取りに行こうと手を離そうとしたけれど、怪我人にしてはあまりにも力強く握り返されるから立ち上がることも出来ない。
「薬を取りに行くだけですから」
「………」
「大丈夫ですよ」
何度か声をかけ、落ち着かせていると手の力が緩やかになっていくので、その隙に立ち上がると彼の体を起こしてお水をあげている姿を見ながら薬を取りに行った。
「これを飲ませてください、痛み止めです」
「先に毒見を」
「でしたら半量飲んでください、残りを彼に」
「分かった」
毒見をしてしばらく経った頃、問題ないと判断してくれたのか痛み止めを飲ませている間に魔法陣がゆらゆらと動き、やがて消え去った。
治癒は終わったけれど、問題ないかお腹を診てみるけれど傷は綺麗に塞がっていた。
「他に傷を負った箇所はありますか?」
「いや、他は問題ないだろう」
「それなら良かった…みなさんも治癒を受けていきますか?傷だらけですが」
「すぐに戻る」
「そうですか、でしたらお代を頂きます」
薬を飲み終わったその人は疲れてしまったのか眠りについた。
「……高いな」
「うちは割高ですから」
「これで」
渡されたのは領主様のサインが入った小切手だった。
「確かに」
「助かった。しかし腕がいいな。これだけの傷をまるで最初からなかったようにする薬師など知らない」
「そうでしょう、私は腕がいいですから」
「失礼」
「ごひいきに」
またドタドタと足音を立てて出て行った後は嵐が来た後のようだ。
「掃除しなくちゃ」
床に残る大量の足跡と血を片付けようと腰を上げた私はまだ知らなかった。
金色の髪に赤の瞳の男性が私に求婚しにやってくることを。
ページを開いてくださり、ありがとうございます!
良ければブックマーク・いいね・感想を頂けると嬉しいです!




