18
治癒薬と並行して予防薬を作っているけど上手くいかない。
みんなも作れるようにすると効能が薄すぎて薬にならない。
試行錯誤しながら、治癒師と協力して作っているけど成果はない。
私には今、新たな日課ができた。
アムの寝顔を見ること。
夜中にアムの寝室に転移しては寝顔を眺めている。
今もそう。
「すー…すー…」
寝顔を見てると安らぐんだ、とても。
時間もやらなければならないことも忘れられる。
その時、バートンが部屋に入ってくる気配がしたので客間に戻って作りかけの薬を作る。
そんな日々。
♢
【アスカム・ヘザリントン】
ラナがお城に来てくれてから薬の量が増えた。
手ずから配布せず、また個人で抱えている薬草の量とは異なるからか大量に確保できている。
配布も順調だし、今のところ暴動も起きていない。
忙しかった日々は落ち着きを見せてきている。
「忙しいかな?」
「毎日薬学塔に籠もっていらっしゃると伺ってます」
「そっか…」
同じ場所にいるんだ。
せめてお茶くらいしたいんだけど…仕事の邪魔をしてはいけないよね。
「誘ってはいかがです?」
「忙しいよ」
「こちらに来てからずっと薬を作り続けているんです、休まる時も必要では?」
ラナは僕といて休まるのかな…。
でも、そうだよね。誘うだけでもしてみよう。
断られたらその時だ。
「うん、あとで呼んでくれる?忙しかったらいいと伝えて」
「かしこまりました」
ラナに伝えに行った遣いはすぐに戻ってきて色よい返事をくれた。
久しぶりに会えるからか少しそわそわしながら応接間で待っているとラナが来てくれた。
「お久しぶりです」
「うん、久しぶり」
顔を上げたラナはどこか疲労感がある気がする。
そっか、ラナでも疲れることがあるんだ。
「顔がやつれてる、大丈夫?」
「そんなことよりお伝えしたいことがあるのです」
「なあに?」
薬の件かな?
「実は私、わがままなんです」
「へ?」
「したいことを我慢するというのは案外不得意なんです」
「う、うん」
ラナをわがままだと思ったことはないけど…もしかしたら教えてくれてるのかな。ラナのことを。
「分かった、疲れたなら父上に言って休ませるよう伝えるよ」
休息が必要なのは民だけじゃない。
ラナだって必要だ。
「いえ、私のわがままを叶えられるのはアムだけです」
「僕?う、うん、分かった!なにができる?」
パシッと手を掴まれた。
そんなことは初めてでドキドキしていると空間収納から鍵を取り出した。
引っ張られて立ち上がった僕の手をしっかり繋いでるラナはバートンに視線を合わせた。
「バートン、ここで話せる時間はどれほどですか」
「2時間ほどでございます」
「護衛の一人を貸してください」
「でしたらこちらの者を」
護衛の一人が前に出ると、元から持っていたのか綺麗な鉱石を護衛に渡した。
「こちらに魔力を流すと私に声が聞こえるようになっております」
「声…?は、はい」
「なにかあればそちらで連絡してください」
なにがしたいのか見ていたらラナが宙で鍵を回した。
「「「「「「「!?」」」」」」」
突如として扉が現れた。
可愛い装飾がされている大きな扉だけが、突然。
ガチャ。
ノブを回した先で見えた光景はこの室内ではなかった。
真っ暗な底が見えない空間が広がっていた。
「着いてくるかはご自由に、鍵はすぐに閉めます」
困惑してる僕たちに構わずラナは扉へ入っていく。
手を繋がれている僕も吸い込まれるように自然と扉の先へ。
暗すぎて怖くなっている僕の手をしっかり握って歩き出した。
思わず目をぎゅっと瞑りながら歩くと水の匂いがした。
その匂いが気になって目を開けると壮大な景色が広がっていた。
確かに客間だったのに、確かに扉の先は真っ暗闇だったのに、僕の目の前に広がっているのは王家の湖と遜色ない場所だった。
広大な湖が木々に囲まれていて、空気が澄んでいる。
まるで異世界に放り込まれたような、そんな光景があった。
「う、運命様!こちらはどこですか!?」
バートンが声を荒げた。
その時、笑ったんだ。
見たこともない無邪気な顔で。
笑った。
「ふふっ、土地の場所なんて知ーらない!」
「わっ!」
そう言うと僕の体が浮いた。
驚いて地面を見ると足は地に着いてなくて体が湖の上を浮いていく。
「わ、わ、」
なにがどうしてこうなってるの?なんて思ってる僕なんてお構いなしなのか、くすくすとした笑いが隣から聞こえてくるから僕も笑顔になる。
「あそこ!」
「え?」
指差された先で見えたのは小さなボートだった。
「あ」
約束してた湖でのボート。
「我慢できなかったの?」
わがままだって言ってた。
もしかして僕とのデートが我慢できなかったのかな、早くデートしたいって思ってくれてたのかな。
「うん!」
無邪気に返事するラナに思わず唖然としてしまう。
だってこんな顔、見たことない。
顔も、楽しそうな声も、初めて見た。
「わっ!」
体が急降下していく。
怖くて手をぎゅっと握るとしっかり握り返してくれるあつさに安心しながら下を見るとボートがあった。
ストン…と降り立ったのはボートの上。
キョロキョロと見渡すと、ギリギリだけどバートンが見えた。
手が離されてラナに視線を戻すと楽しそうに座ったのを見て僕も座った。
「わ!」
「ふはっ…!」
目の前にぷかぷかと茶器が浮かんだ。
まるで生きているかのように茶器が動いて、紅茶を作っていく不思議な現象にポカンとしてしまう。
「はい」
「あ、ありがとう」
紅茶が出来たのか、ボートの上の小さなテーブルにカップがふわふわ揺れながら置かれた。
「ここはどこ?」
「さあ?」
説明したくないのかと思ったけど、多分違う。
ラナさえ分からないんだ、ここがどういう場所でなんていう地名なのか。
話したいことはないのか微睡むラナを見て、ふっと肩の力を抜いた。
ああ、そっか。僕はここ最近ずっと気を張っていたのか。
そんなことにやっと気付けた僕は息を吐いて、ゆっくりと息を吸い込む。
ああ、気持ちがいいな。
こんな素敵な場所でラナと二人きり。
とてもいい空間に案内してくれたんだ。
「ありがとう」
「バートンは困ってるだろうけど」
ラナがそう言うからバートンの方を見るけど、豆粒みたいに小さい。
こんな場所じゃ僕を守れなくて焦ってるだろう。
会話をしようと思ったけど、やめた。
だって凄く心地いいんだ。
揺蕩うような空間に、大好きな人と一緒にいる。
それだけで充分。
ラナもそう思ってくれるといいな。
ラナが残念そうに「時間」だと言うまで、二人でぷかぷかと湖の上でまったりと過ごした。




