15
月を眺めている。
空にぷかぷか浮きながら。
私は月が好き。
それは昔から。
だけどどうして好きなのか分からない。
こういうこと、なのかな。
曖昧な感情が抜け落ちたであろう記憶の道しるべなのかもしれない。
もし私が記憶を自身で取り出したらと考えてみる。
なにかがあって消したい記憶があった時、取り出した。
私は私だ。
それは変わらない事実。
だからもし記憶を取り出したとしたら…
「どこかに仕舞ってある」
消滅させたりしない。
絶対にどこかへ仕舞ってあると確信する。
じゃぁどこに仕舞うか。
それは簡単なこと。
私に見つからない場所に隠すはず。
「うーん…」
隠し場所が分からないなぁ。
私は一体どこへ隠すだろう。
誰にも見つからない、厳重な守りを入れた。そんな場所。
「また月見てるー」
「悪魔」
最近は悪魔がよく来るな。
きっと退屈なんだろう。
「楽しそうな世界、見つけてこようか?」
「ううん、しばらく人間に擬態することにしたんだ」
「また?」
「うん、楽しそうな人間見つけたから」
「愛を囁くの?」
「その後に拷問したらいい顔が見れるでしょ」
悪魔は人間を痛めつけないと消滅する存在。
だから拷問し、心と体をズタズタに引き裂く。
「私の記憶について知ってる?」
「知ってるよ」
「教えて?」
「絶対に教えるなって言われてるー」
「私に?」
「うん」
そこまで隠し通したい記憶とは一体なんなんだろう。
というか、やっぱり私自身で記憶を失くしたのか。
メルの言い方だと記憶を隠した場所を知っているようだった。
「会ったらよろしく」
挨拶にだけ来た悪魔はどうやらこの世界で楽しみを見出したらしい。
どこかで人間として会うということだろう。
「一応、禁止区画だって伝えたはずなんだけどな」
アムに関わる人間を拷問しようとしていたら忠告しておくか。
♢
最近はお客様がやって来るようになった。
貴族ばかりだけれど。
仕方のないことだ、割高のこのお店で平民が買える物など僅かだろうから。
アムもまた来るようになった。
最近は忙しく過ごしているらしく、ほんの少しの時間滞在して帰って行く。
今日も。
「少しだけ、いい?」
「いいですよ」
帰り際に私を抱きしめて帰るのが日課となった。
「そうでした」
「うん?」
抱きしめられたまま話し出す。
「お茶会で出たクッキー、ライが気に入ったんです。今度持ってきてもらえませんか?」
「ふふっ、神様のお気に入りだなんて知ったら料理長は卒倒しちゃいそう」
「そうですか」
「持ってくるね」
「ありがとうございます」
離れていくアムにイタズラしたくなった。
「な、なにっ!?」
私から抱き着いてみた。
見上げると顔を真っ赤にしたアムが見れて満足だ。
「ふふっ、イタズラです」
「し、心臓がもたないよ…」
「そうでしたか、ではもう少しだけ」
「う、うん…」
無理やり口を開いたアムは守り方を教えてくれた。
「え、えっと、その、そうだ!ラナの守り方考えたんだよ」
ボロ屋で暮らすのは危険だと言われていた件だろう。
「左の小道に2人、右奥の突き当りに1人」
「え?」
「アムが寄越した平民を装った騎士たちですよ」
「し、知ってたの!?」
「なぜ分からないと思ったんです?」
「な、内緒でお願いしたから…」
この国で訓練されている騎士たちは歩き方が独特だ。
訓練で歩き方を教わるんだろうけど、あれではバレバレだ。
平民を装っても歩き方までは変えていないから。
「嬉しいですよ」
「う、うん」
「でも完璧な守りとはいえないですね」
「ぅ”っ……また違う方法を考えておく」
私という存在を神だと認識しているのなら護衛なんて必要ないと思うのが普通なのに。
「くすくすっ、変なの」
変なアム。
「も、もう心臓壊れちゃいそう!」
「ふふっ」
バッ!と体を離したアムは縺れそうな足のまま外へ出て行った。
♢
夜中と呼ばれる時間、二階で本を読んでいた私の耳に来客の知らせが届いた。
下まで行くと男の人が二人居た。
「チッ!」
私の顔を見るなり舌打ちをした男の人が足早に近付いてくる。
「死にたくなけりゃ薬を出せ」
強盗か。
「どのような薬を所望しているのですか」
「流行り病が治る薬だ」
流行り病?
私は噂に疎い。
辺境では人と関わっていたけれど、王都に来てからは隣人達との接触が少ない。
アムの運命ということで遠巻きに見られていることも関係してあまり情報を取っていなかった。
「げほっげほっ!」
深い咳をするもう一人の男の人が病を患っているのか。
「私は流行り病を知りません、ですので──」
「いいから出せ!なんでもいい!」
魔法陣を展開して攻撃魔法を当てようとしている。
その時、またしても来客を知らせるベルが鳴った。
「拘束しろ!」
どうやらアムが寄越した護衛の人が来てくれたらしい。
にしても遅いな。
夜中に入り込む人間が居たら即座に拘束したらいいものを。
そんなことを思いながらあっという間に強盗を制圧する姿を眺めていた。
「連れて行け」
「お待ちください」
強盗も素人なんだろう、戦闘にも慣れていない人たちは既に騎士たちの腕の中。
「流行り病を患っているのですか?」
「近付くのは危険です」
「今は目を瞑ってください」
護衛の方に制止されたけど今はそちらを優先するべきじゃない。
「流行り病を患っているのですか?」
しゃがんで目線を合わせると、悲しみの色が広がっていた。
「げほっ、そうだ」
「どれほど広がってます?」
「もう王都には広がってる…他の街で蔓延るのも時間の問題だ」
護衛の方に目を合わせて真実を問う。
「こちらの方の言う通りですか?」
「はい」
王都に来てから無償で働く時が多い気がする。
「血を取らせてください」
「は?」
「私は流行り病を知りません。病原菌がなにか調べなければなりませんので血を取らせてください」
「そんなんで分かんのかよ」
「おい、言葉を慎め」
護衛の方の方こそ言葉を慎んで欲しい、邪魔だ。
「いいですか?」
「好きにしろ」
男の人の腕を取り注射器を取り出した。
世界は魔法で溢れている。
治癒も魔法、生活するのにも魔法を扱っている。
だから技術を身に着けていない、知らない世界の方が多い。
彼の反応からしても血を採取するやり方はないのだろう。
「まだ連れて行かないでください、薬を調合します」
魔法陣を取り出し、菌を血から排出する。
そこから合う薬を作っていく。
時間にして2時間ほどかかった。
「こちらを飲んでください」
「……治るのか」
「護衛の方、こちらの方は毎日この薬を5日続けて飲まなければなりません、お願いできますね?」
「かしこまりました」
「連れて行って構いませんよ」
護衛の方が扉を開けると外は明るく、朝になっていた。
「ラナ!!」
どうやらアムを呼んだらしい、大げさだな。
「大丈夫!?」
私を抱きしめ、顔色を伺うアムの顔色はいい。
流行り病はアムを蝕んではいないようだ。
「私なら大丈夫ですよ」
「本当に?」
「はい」
「そんなことよりしばらくはこちらに来ないでください」
ひゅっと喉から音がした。
見上げると真っ青な顔をしたアムがいた。
「な、なん、で…」
「アムは王族です」
「嫌になっちゃった?」
「そういうことではないのですよ」
手を握ってこれからの身の振り方を伝える。
「今城下街では流行り病が蔓延り、切羽詰まった人が強盗までもしている環境にあります」
「うん」
「病というのは身体だけを蝕む訳ではありません、時に心まで侵食するのです」
「うん、分かるよ」
「聞けば治療方法もない状況です、そんな時王子様が自由な体で呑気に運命に会いに来ていると知ったらどう考えるかは分かりますね?」
「………うん、ごめんなさい」
「謝ることではありませんよ」
病が治らず、死者さえ出ている状況ならば他者に助けを求めるだろう。
求める矛先はいずれ国へ移動する。
移動した先である王子様が楽しそうな毎日を送っていると思われたら憎悪さえ湧き上がる人もいるだろう。
「暴動が起きる前におかえりください」
「分かった…でも、それならラナも危険だよ」
王子様の運命ですからね。
「やることができました。私はここで薬師をします。ですのでアムはアムの出来ることをしてください」
「………うん、僕も動く」
「頑張りましょう」
「うん」
バートンは理解していたのかすぐにアムをお店から出した。
「まずは薬、そのあとは予防薬かな」
無償で働いた後、また野次馬が集まるだろうけれど…
仕方ないか。




