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帰りは念の為、転移でなく歩きで帰り、家に戻った私はすぐにメルへ跪いた。
「どうしてそんなに怖がっているの?」
メルは私が運命と出会ってから怒っていると勘違いしていた。
本当はずっとずっと恐れていたんだ。
「……ママは」
「うん」
「………ママはこれでいいの?」
「どういう意味かな」
メルの言葉の意味が分からない。
どうしてそんな言葉を吐くのかも、なにを恐れているのかも。
「メルは嫌だよ…」
「なにが嫌?」
「ママが悲しむこと」
運命と出会ったら私が悲しむと思ってるのかな。
「どうして悲しむの?」
「あいつが死んだら悲しいでしょ」
「どうだろう、悲しむのかな」
「伴侶になったら悲しむでしょ」
「そうだね、でも死まで愛することだって大切だよ」
「っっ~~」
ポタポタ、ポタポタ、涙が流れる。
メルは悲しくて怖くてどうにかなってしまいそう。
「ママは嘘つきだよ!そんなママじゃなかった!ママはもっと!もっと…!」
ライに抱き着いたメルは私に怒ってるのかな。
どうして嘘つきなんて言うんだろう。
「どんなママならメルは納得する?」
「ひっく…!ぐすっ、ママの、ママの記憶を、ママが手にしたら、っ、」
私の記憶?
「どういう──」
「メル、それ以上は駄目」
ライが制した。
メルがなにを言いたいのか、なにを悲しんでるのか理解しているのか。
「また遊びに来るね」
「でも…」
「今は傍に居ちゃ駄目、俺が阻止する」
「……うん、分かった」
二人が消えてもしばらくはそのままでいた。
♢
お茶会から5日経った今日も誰も訪ねてこない。
あれからメルの言葉を思い返していた。
私の記憶、記憶を手にするという意味をずっと考えている。
記憶とはなんだろうか、私が忘れていることがあるということ?
いや、忘れているのなら“記憶を手にする”という言葉は使わないだろう。
手に入れる。そうだな…手に入れるのなら私の記憶が散らばっている、または抜け落ちているということを意味するだろう。
私の記憶はどこかで欠けてる?
一体なぜ?どうしてそうなるの?
私に欠けたモノなんて存在しない、いや、一つ欠けているけれど他はかね揃えている。
私に足りないモノ、メルが求めているモノは一体なんだろうか。
チリン…
来客を知らせるベルが鳴ったので下へ降りる。
「来ちゃって良かった?」
「問題ありませんよ」
少しやつれた顔のアムがいた。
「上がりますか?」
「うん」
アムの後ろにいる護衛はお茶会にもいた。
観察してみるけれど、その目は困惑。
バートンさえ困惑している。
「紅茶でいいですか?」
「うん、ありがとう」
紅茶を淹れてお茶菓子を置くと控えめだけど笑みを見せてくれた。
「ん、と…」
「はい」
「その、お子様たちは…その、元気?」
「…どうでしょう」
「え?」
今は元気でいてくれているのかな。
それともまだ泣いているのかな。
「大丈夫?」
心配そうな顔になったアムはやはり純粋。
「ご心配ありがとうございます。大丈夫ですよ」
果実水が飲みたくなって取り出す。
「その、えっと………神様、なの?」
「どう思います?」
「え?……うーん……神様だと思う」
「ならそうかもしれませんね」
パチパチと瞬きした後、ふわっと笑った顔に目が離せなかった。
「ふふっ、おかしい」
「そうですか」
「でも神様なら納得しちゃうな」
「なぜです?」
「だって神様はここで生まれてる訳ないと思うんだ、だから人生を作り上げる為に偽装したのかなって」
「どうでしょうね」
そういえば今は夜なのか昼なのか。
なんだか月を見上げたくなった。
「一つだけ教えて欲しいんだ」
「なんでしょう」
「ラナは本当の名前?」
ぱちくりと目を瞬かせたのは私。
「くすくすっ」
なんだか笑いが零れる。
「どう思います?」
からかいたくなった。
「うーん……ラナだったらいいけど……きっと違うんだろうなって思う」
「どうしてそう思うんですか?」
「湖に行った時、“ラナ・サールビーの真実です”って言ったから。きっとラナとしての人生は僕が調べ上げた通りなんだろうなって。それならそれまでの人生はどうだろうって思うと、きっと名前さえも違うんだろうなって思ったんだ」
正解に辿り着いたアムは出会った頃より周囲を見れている気がする。
人と関わるといつも思うんだ。
成長って早いよねって。
「実は忘れたんです」
「え?」
「私は名前を呼ばれることが少ないので」
「う、うん」
「忘れちゃいました」
「そ、そっか」
だから私の名前が“ラナ”というのも間違いではないだろう。
だって今の私はラナなのだから。
「本当はアムの幼少期の話が聞きたかったんです」
「え?」
「ご両親と兄にどんな子どもだったのか聞きたかったんです」
「っ、嬉しいな」
「だから問題がないのならまたお会いしたいです」
「まだかかるかな」
「そうなのですか?」
「僕もだけど…まだみんな混乱してるんだ」
キラキラってそんなに混乱させちゃうのかな?
周りの人達がそう思うのは分かるけど、王妃様とアムなら馴染んでそうなのに。
「精霊で慣れてないんですか?」
「っ、なんで精霊と会ったって知ってるの?」
確かに。
普通は分からないか。
「秘密です」
全て答えなくてもいい。
だって時間ならあるんだから。
「また秘密…」
落胆した姿に笑みを浮かべてしまう。
アムと話すと笑えることがたくさん。
チリン…
来客を知らせるベルが鳴った。
「失礼しますね」
「あ、うん」
階段を降りると男の人が一人、気まずそうに立っていた。
「どうされました?」
「あー……その、」
口ごもる男の人はおずおずと喋り出した。
「媚薬を…」
「媚薬なら売っていません」
「いや………」
なにが言いたいのだろうか。
「媚薬を無効化する薬を作って欲しい」
どうしてだろう?
「楽しんでいないのですか?」
「………は?」
「楽しまれているのでしょう?媚薬も、その相手にも」
「っ!」
彼からは甘い香りが漂っている。
独特なその匂いは淫魔の体臭。
「な、なんで…」
淫魔は性欲を満たさなければ消滅してしまう。
だけど性欲を満たせない時などない。
だって人間もまた淫魔を必要としているのだから。
「おかえりください」
「で、でも!するだけじゃなくて話がしたいんだ!」
どうやら淫魔とのお楽しみだけじゃなく、会話を楽しみたいらしい。
恋でもしたのかな?
「抗おうと思えば抗えますよ」
「ほ、本当か?」
「ええ、惹かれなければ」
「む、無理だ…」
「私に出来ることはありませんのでおかえりください」
背を向けて二階に上がろうとした時、腕を掴まれそうになった。
その時──
「っ、僕の運命に触るな!!」
荒げた声を出したアムは急いで私の元へきて抱きしめた。
アムから抱きしめられたのは初めてで、やっぱり体温は冷たかった。
「なに話してたの」
私の頬を持ち上げて不貞腐れてるアムになにかの感情が湧き上がってきた。
からかいのような、おちょくりのような、変な感情。
「役に立てないのでおかえりをお願いしていたところですよ」
「ラナでも出来ないことがあるの?」
キョトンとした顔は可愛らしい。
「私にも出来ないことくらいありますよ」
チリン…と鳴った方を見るとどうやら足早におかえりになったみたい。
「あ、ご、ごめんね。無理やり抱き着いちゃった」
「構いませんよ」
「……ほんとに?」
「はい」
離れた体が近付いてきた。
「じゃぁ、少しだけ」
「はい」
本当に少しだけ、抱きしめられた。




