21.ウルバン・レミッシュ(前編)
『妖精の贈り物』は、ザーランド公爵家の護衛兵であり、元は金杯軍だった料理人が手掛けた。リカンセーブル伯爵家の料理人をしていたという経歴の持ち主だけあり、彼女の料理は、見た目は華やかで結婚式らしく、それでいて堅苦しすぎることもなく、兵糧から作ったとは思えないほど美味に仕上がっていた。
「妃殿下、料理も素晴らしいですけど、あちらの殿方も素晴らしいです!」
シシーがコリーナに、立ち並んで料理を食べている男たちを示した。
「シシー……、今回ばかりは認めざるを得ません」
ギーゼラも男たちに見とれていた。
コリーナは促されるままに、ウルバンと彼を囲んでいる者たちを見た。
まだ少し機嫌の悪いウルバンの背中を、ヨストが何度も叩きながら笑っている。マッツがヨストを止めようとしているが、ヨストはまるで聞いていないようだ。
ヨストたちとは反対側からは、フォルカーがウルバンになにかを得意げに言っていた。
ツァハリアスはフォルカーの横で、疲れた顔をして黙々と料理を食べていた。
「身なりを整えられた殿下は、恋愛小説に出てくる武人出身の王様が本から抜け出てきたようです……! ああ、妃殿下、どうしましょう! 皇都で殿下のお姿が知られるようになったら、恋愛小説の挿絵が、殿下に似た方ばかりになってしまいます!」
「傭兵で稼いで男爵位を買ったと聞きましたが、ご自分でご自分の姿絵を売った方が、簡単に資金が手に入ったでしょうに」
「そうね、容姿もとても優れた方だわ……」
誰もが素敵だと褒めそやすのは、貴族的な出で立ちの今の姿だろう。
(わたくしのウルバンからは、遠のいてしまったけれど……)
コリーナが求めている姿は、武骨な編み込みにされた髪や、無精ひげが生えた顔であり、血と汗と泥、砂ぼこりにまみれた軍服だった。
コリーナは手に持っていた料理を食べ終えると、空になった皿をテーブルに置いた。
「わたくし、胸がいっぱいでもう食べられないわ。隅の方で休んでいるから、あなたたちは楽しんでいて」
コリーナは笑顔で二人に告げると、立食パーティーを楽しんでいる人々の輪の外へと歩いていった。
ちょうど見張りの兵士が交代するようで、ザーランド公爵家の護衛兵が辺境王妃の私兵に声をかけていた。辺境王妃の私兵は、ザーランド公爵家の護衛兵と軽く握手をしてから、立食パーティーをしている方へと歩いていった。
「これは殿下」
「ああ。楽しんでくれ」
コリーナがふり返ると、辺境王妃の私兵の肩を、ウルバンが軽く叩いていた。
「殿下もごゆっくり! あっ、山頂に行くなら、新婚のお二人のために、後でみんなで豪華な幕舎を建てに行きますので、そこだけはご注意を!」
辺境王妃の私兵は、ウルバンにいたずらっぽく笑いかけた。
コリーナはウルバンに向き直った。
ウルバンはランタンを片手に持って、コリーナの元へとまっすぐに歩いてきた。
「しっかり食べられたか?」
ウルバンに問われて、コリーナは困った様な笑みを浮かべた。
「もう充分ですわ」
「そうか……」
ウルバンはコリーナの横に立つと、腕を差し出した。コリーナはその腕につかまって向きを変え、ウルバンに並んだ。
「王妃とは話さねばならないことがたくさんある」
「そのようですわね」
コリーナはレアイヒロ峠での夜を思い出す。あの時も、ウルバンはこうしてコリーナをエスコートしてくれた。
「では、場所を変えよう」
ウルバンはコリーナを抱き上げた。
「殿下!?」
「足元は乗馬靴だろうが、ドレスで坂は歩きにくいだろう」
「こんな……、いけませんわ!」
コリーナはウルバンの腕から逃れようとした。
「貴女は私の妻になる方だ。少し抱えるくらい、いけないなどということはないだろう」
ウルバンはコリーナを安心させるようにやさしく笑った。
コリーナは目を見開いて、ウルバンを見上げた。
(なぜ、あなたがそれを言うの……。同じ方だから……? それはウルバンがわたくしに言ってくれた言葉なのに……)
コリーナは黙ってウルバンから目を逸らした。
ウルバンはそのまま山頂へと続く道を登り、満点の星空の下にコリーナを降ろした。
「知りたいことはあるか?」
問いながら、ウルバンはコリーナに腕を差し出した。
「ありますわ」
コリーナは改めてその腕につかまった。
「なにが知りたい?」
ウルバンはゆっくりと歩き出した。
「ディートマーはどうやってホーラン男爵として軍法会議に出たのでしょう?」
ウルバンはコリーナを見下ろし、瞳を揺らした。
「どうやってとは……。最初に知りたがるのはそこか……?」
「フォルカーが髪の色を黒に戻した時から、ずっと気になっていましたのよ」
フォルカーが髪を葦毛に染めていた時には、似合わない髪色と髪型や、垂れ目ぎみなのも相まってか、『ホーラン男爵』とそこまで似ているようには見えなかった。
半獣半人は、人間の主人が奴隷とした獣人に手を出したことにより生まれてきた者、あるいは、そうした者たちを祖先としている者が多かった。手を出されるのは見目の良い者ばかりであり、半獣半人は男女を問わず美形が多かった。
フォルカーも髪を葦毛に染めていた時には、よくいる美形の半獣半人の一人として、まわりの見目良い者たちに埋もれていた。
「なぜとは訊ねないのだな」
「ええ」
コリーナはウルバンが『ディートマーを自分の身代わりにしよう』などとは、考えることすらしないと思っていた。
「まさかとは思うが、ディートマーのせいで純潔を失って、皇太子の許嫁を降りたのではないか?」
ウルバンの表情は真剣だった。
「軍法会議で初めてお会いしました。考えすぎですわ」
「あいつはやりかねない。容姿に惑わされていると、とんでもない目にあわされるぞ!」
コリーナは笑い出した。
「いや、王妃、笑っているが、本当なのだ!」
「わかっていますわ」
コリーナは笑いながら目元をぬぐった。
(前世のウルバンもまったく同じことを言ったわ。『容姿に惑わされていると、とんでもない目にあわされる』と)
コリーナは小奇麗な姿に変わってしまったウルバンの内に、前世のウルバンの姿を見た。
「その懐かしむような目はなんなのだ。俺とどこかで会ったことでもあるのか? 俺がパンデアージェン男爵領で傭兵をしていた時か?」
「そんなこと……」
「待て」
ウルバンがコリーナの言葉を遮った。
「なんですの?」
「今、貴女との約束を果たそう。――このランタンを持ってくれ」
「わたくしとの……約束?」
コリーナは渡されるままにランタンを受け取った。




