20.天上の結婚式(後編)
グリゼルダがイグナーツとの婚姻を躊躇していた理由は、生まれ育った家の主人に売られたカーマレッキスの人間向けの娼館で、たちの悪い客が幼すぎる身体を傷つけ壊したために、子を成すどころか、男女の交わりさえできないようにされていたからだった。
イグナーツは当時はその娼館の用心棒で、妹を同じような目にあわされて亡くしていた。瀕死のグリゼルダに亡き妹の姿が重なったのだろう。イグナーツはグリゼルダを連れて娼館を逃げ出し、辺境軍の半獣半人の兵営に助けを求めた。
イグナーツは兵営で出会ったディートマーの助けを得て、ボドにグリゼルダを治療してもらうと共に、娼館から辺境軍へと二人の所属を変更してもらい、今に至っていた。
コリーナは前世のウルバンを思い出し、小さく笑った。
『ディートマーときたら、二人を助けるために、俺の金を盗んで娼館や軍部にばら撒いたんだ。あの時は参ったよ』
大袈裟に顔をしかめてみせてから、ウルバンは陽気に笑っていた。
(ウルバン、わたくしのウルバン……。あなたにこの二人の姿を見せたかったわ)
コリーナは天を仰いだ。空は徐々に青を濃くしていっていた。星が一粒、白く輝いていた。
コリーナは地上へと目を戻した。イグナーツとグリゼルダがゆっくりと、蝋燭に照らされた小道を歩いてきた。
『妖精の祝福』を歌うグリゼルダの声は美しく、この歌声がすでに参列者への祝福となっていた。
二人は参列者たちの前まで歩いてくると、向かい合った。二人は両手を繋いで、くるくると自由にダンスを踊った。妖精がより祝福したくなるよう、楽しく踊るのがこの国の結婚式の作法だった。
踊り終えた二人は、参列者に向かってお辞儀をした。
「疲れているところ……、自分と妻のためにすまない」
イグナーツが言うと、参列者たちから笑い声が上がった。
「たしかに、もう妻よねぇ」
「イグナーツらしいノロケだな」
参列者にからかわれて、イグナーツが照れ笑いを浮かべた。
「やーっとグリゼルダもその気になったか!」
「今日まで長かったね! おめでとう!」
「すごく綺麗だね!」
グリゼルダは恥ずかしそうに「ありがとう」と言って、胸の前で小さく手をふった。
「これでお前をもっと守りやすくなった」
イグナーツがやさしく笑った。
「うん」
グリゼルダがうつむく。
「自分は……幸せだ。泣くことはない」
「うん」
グリゼルダがうなずいた。
参列者たちの多くが、グリゼルダと共に泣いた。
コリーナも両手で顔を覆って泣いていた。
「伝令兵のロミーであります! 『妖精の贈り物』の準備が下の野営地でできております! 立食パーティーですよー!」
『妖精の贈り物』とは結婚式の後に出される食事のことだ。この食事が『妖精の贈り物』と呼ばれているのは、空腹よりも満腹である方が、人はより幸せになれるからだと言われていた。妖精が結婚した二人に最初に与える祝福が、この食事なのだ。
「兵糧ならいーっぱい持ってきましたので、遠慮なく、いーっぱい食べてくださいね!」
少女は両手で大きな丸を描いて見せてから、跳ねるように戻って行った。
「イグナーツ、グリゼルダ、戸籍管理局に提出する半獣半人婚姻許可証には、誰を主人として記載するつもりなのだ」
ウルバンが二人に近寄り問いかけると、二人は顔を見あわせた。
「誰って、殿下なんじゃないの……?」
「自分は……、殿下だと思っていましたが」
二人は不思議そうにウルバンを見ていた。
「俺なのか……?」
「なんだよ、ウルバン。嫌なのか?」
フォルカーがウルバンの横に並んだ。
「嫌なわけがないだろう。だが……」
「俺がいまだに勝手に思ってるだけなんだけど、あの王妃様はやっぱり身代わりの半獣半人の子で、書類にサインとかできないんじゃない?」
フォルカーが、五人の『白い魔女』と話をしているコリーナに目をやった。
「俺はもはや、どう考えてもコリーナ・サーランド本人だと思うが……。いくらなんでも、身代わりであれでは、やりたい放題すぎるだろう」
ウルバンもまたコリーナを見た。
「そう思いたいかもしれないけど、俺はやっぱり別人だと思うなあ……。出発したばかりの時に上策とか下策とか話し合ってたけど、本物は本当に別の安全なルートを行ってるんじゃないか? ひょっとするともうカーマレッキスに着いてるかもしれないよ」
「そうなのだろうか……。俺にはとてもそうは思えないが。身代わりならば、さすがにもう少し令嬢らしくしようと考えるだろう。あれではカーマレッキスに着いた後、怒った本物に殺されてしまう可能性が高い。生き残ろうとしているという方向性とは真逆の結果しか見えない」
ウルバンは腕を組んで考え込んだ。
「王妃様のことはもういいからさ。とにかく、次のカセキハの町に着いたら、二人と一緒に戸籍管理局に出向いて、婚姻を成立させろよ」
「ああ、俺で良いと言うなら」
「もちろん……殿下が良いです」
「そうよ。主人になってもらうなら、殿下しかいないわ!」
話がまとまると、イグナーツとグリゼルダは下の野営地に向かって歩いていった。ウルバンとフォルカーも、少し離れて後を追った。
あたりはだいぶ暗くなり、星が一つ、また一つと、はっきり見えるようになってきていた。




