5話 買い物1
「....ちょっ!待って」
拓也が後ろを振り向いても、近くに俺の姿はない。
「あ、わりい」
「大丈夫だけど速すぎ。疲れた」
今まで自分もこれだけの速さで歩いていたのかと、少々驚きながら追いつく。
「私渋谷なんかほとんど行ったことないや、人多いな...」
「そりゃ土曜の昼だし」
周りを見渡すが、カップルや学生やら、意外と多いサラリーマンやら...
「どこか良さげなところあるの?」
「全然わからんからさっきメールで助っ人呼んだ」
「咲ちゃん?」
「部活終わったら友達と来るって、なんか一着買ってやるって言ったら秒で返信きた」
最後に彼女に会ったのはいつだっただろうか?
確か彼女が小学校高学年の頃だろう。
今はもう高校生らしい。
「そりゃ頼もしい」
「まだ時間かかるらしいから、適当に見て回ろ」
「うい」
有名な交差点は、信じられないほど人で溢れている。
前は平均以上の身長で周りを眺めていたが、今は見上げる立場だ。ぼーっとしてると拓也とはぐれるし、他の人に潰される。
拓也はふと足を遅めて道の反対側にある店を指差す。
「とりあえずこの辺のとかどうだ」
「絶対高いやつじゃん」
一着十万とか行く店じゃね?まあ奢りならかまわないけど、流石に日常で着るのは気が引ける。
「もうちょっとリーズナブルの...ああ言う店とか?」
「意外と可愛い店選ぶな」
「なんかよくわからんけど、可愛いの見ると無意識に見惚れちゃう事あって...」
「なんだそれ、まあそういうこともあるか」
店に入ると、カバンコーナーがあるからか上質な革の香りが漂っていた。
「いらっしゃいませ〜、ごゆっくりご覧ください」と慣れた口ぶりで女性店員が服を畳みながら言う。
「どういうのがいいかな?」
「とりあえず普段着は咲ちゃんに選んでもらうとして...この店で買うなら仕事でも使える服かな」
「そんな派手じゃなくて、大人っぽいやつか...。これとか?」
虎柄模様がびっしり敷き詰められたコートを指差す。
「んなもん着てったら注目の的だわ」
「着てなくても視線は集めるぞ、お前ぱっと見中学生か高校生だし、そんな奴がブリーフィングルームうろちょろしてたら嫌でも目につくわ」
「そんな大袈裟な」
「何かお探しのものございますか?」
「そうじゃん。こういうのはプロに聞いた方が早いって。...えーっと、こいつの外出用の服で3、4着おすすめなのありませんか?」
「中学生の方でしたら、あちらの列にある服が大変人気となってま。もしよければご覧ください。私も数着探してきますね」
「???!!」
「???」
俺が鏡を見て目を見開くと、店員は少し首を傾げてスタスタとパソコンを確認しに行った。
「あ、ありがとうございます。とりあえず...」
「中学生...か?」
「そう見えてもおかしくない」
店員が勧めてくれた一角は確かに若い子たちに人気がありそうな、露出多めな服から、ブカブカ萌え袖など色々なラインナップがあった。確かにどれも可愛いが、お値段もなかなか。
ハンガーに掛けられた服をおおざっぱに目を通していく。
1個のハンガーに2枚の服が掛けてあるのもあり、組み合わせが匠の技だ。
しっかりした店だけあって、どれも質感が良くどれを選んでも後悔はしなさそうだ。
「とりあえず、これとこれは買っとこうかな」
「いいじゃん。試着とかしなくていいの? 」
「いつもネットだったし、ぱっと見サイズ感も合ってるから大丈夫」
白い長袖Tシャツとベージュのワンピース?の組み合わせ。 水色のパーカーを鏡の前で自分に重ねてみる。
「なんだ、スカートはくんだな。嫌がると思ってた」
「最初はな。でも以外と便利だった」
「便利?」
「お客様身長153cm位でよろしいですか」
「そうなのか?」
拓也が奏の頭に手を置く。
「はい。だいたい」
身体検査で測った時は152.4cmだが、見ためで分かるものなのか。プロ怖い..
「こちらに2着ほど用意したので、もしよろしければあちらに試着室ございますので、 試してみてください」
「ありがとうございます。これ持ってて」
「ほい」
畳まれた服を持って試着室に入る。
カーテンではなく扉が入り口にあり 中に入ると完全に個室だ。
暖かみのある明り、茶色のフカッとした絨毯と模様がある壁で囲われた空間はとても居心地がいい。
「そちらの服は試着されなくて大丈夫ですか、もしよろしければお渡ししますが」
「いえ、大丈夫です。あの…手袋とかあったりしますか?」
「はい。あちらに、お荷物お持ちしますので、どうぞご覧になってください。 」
「ありがとうございます」
別のスタッフが来て奏が選んだ服を不備がないか確認しながら畳んでいく。
「こちらのですと、外は革で中は柔らかい生地になっていて、薄くて暖かいので大変人気となっております」
「いいですね。これの黒色ってありますか?」
「そちらに」
店員さんは拓也の手元のすぐ下を示す。
「本当だ...」
革独特の質感と薄さはとても使い勝手が良さそうだ。そして暖かい。
「娘さんといらっしゃるお父さんって珍しいですね。今日は娘さんの誕生日だったりするんですか?」
「あ、いえ全然。親じゃないです」
「...?」
店員が何を考えたかは言及しないでおこう。
「あいつは仕事の同僚で、なんなら上司です」
「あれ、そうなんですか。それは大変失礼しました」
「ああ、気にしないでください」
店員が頭を下げるので、拓也も慌てて手を振る。
手袋を持って店内を物色していると奏が戻ってくる。
「どっちもいい感じ。この際だから買っちゃう」
「言うまでもなく鴨じゃん」
「そうかもしれないけど、実際気に入った。拓也もなんか見てったら?」
手袋を奏の前に出す。
「なるほどね。いいじゃん」
お買い上げ7点で135300円となります。
「え、で何、どこまで奢ってくれるん?」
「ちくしょう」
結局退院祝いとして全額拓也持ちとなりました。
「その代わりって言っちゃなんだが、咲達の分は頼んだ」
「じゃあ、ちょっと遅いけど私からの高校入学祝いって事で」
咲が友達と二人で渋谷に到着したという連絡が拓也のスマホに送られてきた。自撮り写真付で。
自分もちょっと良さげな店行ったら、店員さんに
(お客様の場合○○cmですから...)
と1cmの誤差で当てられてビビった記憶があります。
次回は拓也の娘も来ます。