3話 奏とパイロット
お風呂から上がり、部屋に戻ると看護師が大きな袋を持って奏を待っていた。
「奏さん。これを」
「なんですかこれ?」
「確か、なんとか春樹さん?があなたにって」
「!!」
「一応あなた今精神不安定ってことで面会禁止だから...断ろうと思ったけど、服くらい渡させろって聞かなくて」
なんですかそれ?精神不安定?
それより後輩の春樹からって...。
「それじゃあ渡しましたからね。何かあったら言ってください」
看護師が居なくなったのを確認すると中身を洗いざらい確認する。
「!!。あった」
「何かね?」
晴美さんが顔を覗かせる。
ジーパンのポケットに入っていたのは有馬奏のスマホ。ドヤ顔で晴美さんに見せるが晴美さんはまだピンときていないようだ。
「ここってネット使っても大丈夫ですよね?」
「大丈夫なはずやけど、何するとね?」
「これと言ったのはありませんが、とりあえず知り合いに連絡とります」
当然だがfaceIDは反応しないので、パスワードを打ち込む。充電も満タン。文句なし。
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2日後、最後に血液検査をして問題なかったら退院していいと看護師が言った。
医者はただ「半年に1回はこの病院に来い。診てやる」とだけ言って部屋を出ていった。
「退院おめでとう。また寂しくなっちゃうね」
晴美さんは緑でいっぱいの桜の木を見上げながら話しかける。
病院の正面と横には緑が広がっていて簡単な散歩ルートになっている。一角に公園のような広場があり、そこにあるベンチに座る。
「ありがとうございます。亜由美さんも、服ありがとうございました」
「いいのいいの。それよりプリン持ってきたの、食べる?」
「まあ、ありがとう」
「いただきます」
3人でプリンを食べる。美味しい。
「奏ちゃんいつまでいるの?」
「昼に結果出てOK貰ったので、夕方には知り合いに迎えに来て貰うつもりです」
「そう、本当に寂しくなっちゃうわね」
「そういえば晴美さんってどうして入院してるんですか?パッと見どこも悪くないように見えますが」
「ああ、ちょっと膝が悪くてね。歩けなくはないんだけど手術しないとこれから痛みが出てきちゃうらしいから。実は明日が手術の日でね、今日は亜由美にも来てもらってるの」
「そうなんですね。その...頑張ってください。そしたらやっぱりパリに行って欲しいです」
「それはまた難しいお願いね。大丈夫。別に悔いわないわ」
ふと視界の端に見慣れた制服が見えた。
駐車場に車を停めて荷物を下ろしている。
後輩の春樹だ。
「ちょっといいですか?」
ポケットから携帯を取り出して2人に尋ねる。
「いいわよどうしたの?」
電話をかける。
『もしもし、春樹?』
『そうですけど...え?あれ?これ有馬さんの携帯ですよね?』
『そうだよ。私が有馬』
『あ!分かった。最近流行りの女声ってやつですか。いつの間にそんなの習得してるんすか?で、今どこですか?ちょうど着いたところなんですけど』
『7時の方向』
『見えますよ。ベンチに座る3人で組...あ、今手上げました』
『そこに来て』
そのまま電話を切る。
春樹が恐る恐る歩いて近づいてくると、亜由美さんが先に気がついた。
「あの人、パイロット...。なんかこっち向かって来てません?」
「本当ね。どうかしたのかしら」
奏は顔を暗くする。
腹を括った。春樹に俺が有馬奏だと告白すること。
それと...
「晴美さん。この前私が飛ばす飛行機なら乗ってみたいって仰ってましたよね」
「ええ。運転手があなたじゃない飛行機には正直乗りたくないわ」
きっと遠回しに乗りたくないと言っているのだろうが、
「1ヶ月後。晴美さんが退院したら...、パリに行きませんか?」
「こんにちは、あのーすみません。有馬...」
ちょうど春樹が近くまでやってきた。右手で引っ張ているのはおそらくメールで奏が頼んでおいた奏のフライトバッグ。
フライトバッグのポケットには、奏の財布と一緒に名刺入れが入っている。
「黙っててすみません。私。日本AIRのパイロットをさせてもらってます。有馬奏と言います」
春樹と亜由美の顔は青ざめているが、晴美さんはキョトンとしている。
両手で「787運航本部 機長 有馬奏 」と書いてある名刺を渡す。
「いつか私の訓練が終わったら、えーと晴美さんが問題なく歩けるようになったら、私がパリまで飛ばします。無理はしなくていいです。乗ってくれませんか?」
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荷物をまとめて春樹の車に乗り込んだ。
春樹は
「先輩が女の子なんて笑えない」
とブツブツ言いながら奏の家まで送ってくれる。
春樹によると、明日会社の人達が奏のところに来る予定だったらしい。
「明日自分から顔出すよ」
「その口調は先輩そのまんまなんすね」
「そうか?」
「はい。その『そうか?』も先輩そっくりです。ていうか先輩なのか...」
春樹はそれ以上何も聞いてこなかった。
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次の日の朝。
奏の今の体では大きすぎるベットの上で目覚める。
隣に晴美さんの姿はなく、カレンダーとデスクが目に入る。
携帯が鳴った。
『奏ちゃんおはよう。無事家に帰れた?』
『おはようございます晴美さん。ええ。お陰様で。その...手術これからですか?』
『そうよ、』
電話の奥で晴美さんは深呼吸をする。
『それでね。奏ちゃん』
『はい...』
『あの後亜由美とも話したんだけど...。その、手術成功したら、私たちをパリまで連れて行って貰えるかしら』
『!!!』
『確かに飛行機は怖いわ。でも、それを乗り越えて今までずっと行ってみたかった私のお母さんの故郷に行けるのは、今しかチャンスがないと思うの。だからね。お願い』
『約束します。正直訓練がどう進むか分からないけど、必ず晴美さんをパリまで送ります。約束です』
『ありがとう』
晴美さんの電話の後ろで看護師が「晴美さんそろそろ」と言っているのが聞こえる。
『晴美さん。頑張ってくださいね。私もこれから久々に出社してきます』
『ええ、頑張るわ。奏ちゃんもお仕事頑張って』
通話終了。
「さてと。行くか!」
ユニ〇ロに...。
ありがとうございました。
次回は閑話です。
小難しいコックピット内の会話がただひたすら書かれていて、物語の進行とは全く関係がないため、
そこまで航空機に興味が無いという方は次に進んでください。