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♂転性してもエアラインパイロット♀  作者: 月隠優
第一章 パイロット復帰
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2話 奏とおばあちゃん

診察が終わると医師は足早に部屋を出ていった。


「1時間後に食事なのでそれまでゆっくりしていてくださいね」


看護師はそう言いながら奏の右腕に付けられた点滴を外す。


「何かあったら呼んでくださいね」


部屋は再びおばあちゃんと奏の二人きりになった。

気まずい。


看護師からもらった水を飲む。

食道が細い。


とりあえず外に出ようとベットから降りようとしたが、足を地面につけた瞬間に「立てるのか?」と言う疑問が浮かぶ。

足に力を入れて恐る恐る立ち上がるが、


「あれ?」


体のバランスは以前とは全く違うはずなのに問題なく立ててしまう。立てるなら問題ない。とりあえず鏡を探そうと部屋を出ようとする。


「ちょっと待ちな」


おばあちゃんに呼び止められ振り返ると、おばあちゃんはニコニコしながら手招きしている。


「あんたそんな格好で出て行くつもりかい。直してあげるからこっちおいで」


おばあちゃんはおばあちゃんが座るベッドの空いた部分を手でポンポンする。おそらくそこに座れと言う意味だろう。


おばあちゃんは奏の患者服の解けた紐を丁寧に結ぶと、くしで髪を整えてくれる。


「斎藤さんは、」

晴美(はるみ)

「晴美さんはパリに行きたいんですか?」


晴美さんが髪を整えてくれている間に、さっきから読んでいた雑誌にパリの文字があるのに気づく。


「そうね。もう少し若い頃は行こうと思ってたんだけど、体が先に悪くなっちゃてね。医者にも手術したら多分行けるよって言われたんだけど、どうにも気が進まなくて...」


「行けばいいじゃないですか?どうしてパリなんですか?」


「私のお母さんの故郷なの。行きたいには行きたいんだけどね...怖いのよ」


「大丈夫ですよ。あそこそんなに治安悪いわけじゃないですし、ツアーとかも豊富なので問題なく楽しめると思います」


晴美さんは少し目を大きくする。


「あなた詳しいのね。別にパリに行くことが怖いわけじゃないの。ただ...、」


口を止めて奏の髪をそっと撫でる。


莉愛(リア)ちゃんも生きてたら今頃きっとあなたぐらいになってたのかねぇ」


「莉愛ちゃん...?」


「私の孫よ。飛行機の事故でね...」


「!!....。いつ...ですか?」


「9年前よ。家族で旅行に行ってたの。娘も娘の旦那さんも一緒だった。確かなんとかスロープが壊れてたからって」


「多分...グライドスロープです。完全にパイロットのミスで起きた事故です。その、なんというか...」


「あなた本当に詳しいのね。いいのよ私のことは気にしなくて。ほらできた。行きたい場所あるんでしょ、行っておいで」


「はい...」


自分で話題を振っておいて返す言葉がない。

トボトボと部屋を出ていくと


「病院の外にはでちゃダメよ」


振り返ると晴美さんはどこか寂しそうな笑顔だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

あれ?俺ってこんなに涙脆かったのか?

病院の廊下をトボトボ歩いているが、涙が止まらない。

別になく理由はない。笑顔だったじゃないか。

俺が泣いたところで何も起こらない。何も変わらない。


「どうしたの大丈夫?」


「大丈夫です」


看護師に声をかけられてもそのまま歩き続ける。

が、肩を掴まれる。

「ちょっとあなた!」

「だから大丈夫です」

「大丈夫じゃない」

「本当に大丈夫です」

「そっち男子トイレよ」

「...。」

「女の子はこっち。もう間違えちゃダメよ」


こりゃまた返す言葉がありません。


女子トイレに連行される。

すぐそこの壁に鏡がある。


潤った大きな目。長いまつ毛。角張ってない華奢な骨格の顔。柔らかそうでちょっと赤みを帯びたほっぺ。

降ろしたら胸まで届きそうな長い髪。

晴美さんがポニーテールにしてくれた。


涙を拭う。

個室に入る。


便座に座って。




覚悟を決めた。



少し落ち着いた。

というより萎えた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


夕食は味が薄いお粥とスープ。

固形物を食べたいが、今食べたら胃が暴れ出しそうだ。


それにしても味が薄い。


んー。微妙...。


「お母さん元気してる?」


突然自分と同い年くらい(精神年齢)の女性が部屋に入ってきた。


「あ、この子が写真の子?」

「写真?」


お粥の乗ったスプーンを持ったまま首を傾げる。

え?何?撮って送ったの?


「なんだ。写真より全然可愛い子じゃん」

「持ってきてくれた?」

「うん。たくさんあったからね」


晴美さんと女性が何やら企んでいるらしい。


「えーっと、もう一人の娘さん?」

「え、何お母さん。この子に話しちゃったの?」

「つい乗りでね」

「ごめんねー。えっと(かなで)ちゃん?怖かったでしょ」

「えーっと...その、大丈夫です」


晴美さんの娘は少し大きめの袋を春美さんのテーブルに置いて中身を順番に出し始める。


下着。下着。下着。下着。下着。...。


「はいこれ。サイズ合うかな?」


一枚袋から出して奏に重ねる。


「え、私のですか?!」


「そうよ。他に誰が着るのよ。お母さんがあなたが下着何も着てないって言うから、写真見て適当にサイズ合いそうなやつ持ってきたのよ。よかったらもらって行って」


「いやいや。悪いですよそんなにたくさん」


「いいのいいの。在庫処分でもうすぐ捨てられちゃうやつだったし」


「それじゃあ...ありがとうございます」


買いに行くのも嫌だったし、せっかくの機会。頂いておくとしよう...。


亜由美(あゆみ)今日はいつまでいられる?」


「明日仕事あるからそろそろかな。ごめんね一瞬しかいられなくて。明後日は一日中居られるから安心して」


「そう。ありがとう」


亜由美は鞄を肩にかけると椅子から立ち上がる。


「それじゃあねお母さん。あと奏ちゃんも」


「ありがと。明後日よろしくね」


「ありがとうございました」


コツコツと足音を立てて部屋を出ていった。



外も暗くなってきている。

残りのお粥を食べて今日はさっさと寝よう。


「奏ちゃん?」


「はい」


奏がお粥を食べ終わるのを確認すると春美さんがタオルを取り出して話しかけてきた。


「お風呂どう?」


「マジすか」


ーーーーーーーーーーーーーーーー


病院の一階に浴場があった。入院している患者で一人でも問題なく入れる人のみ入浴が許可されているらしく、男女が1日おき交代で使用できる。どうやら今日は女性が使える日みたいだ。


「マジすか」


本能的に赤色の暖簾(のれん)の前で立ち止まる。


「奏ちゃん何してるの?」


頭の中で失礼します失礼します失礼しますと何度も唱えながら暖簾をくぐる。


鏡を見るとやはり映るのは女の子で、口角を上げれば鏡の中の女の子も口角を上げる。


お風呂はまだ開いたばかりでさほど人数がいるわけではないが、数人は既に湯船に浸かっている。


股間が落ち着かないが、そもそも無い。


奏がささっと全身を洗い終わると晴美さんは体を洗っていた。


「背中流しましょうか?」


「いいの?ありがとう」


ボディーソープをつけたタオルで春美さんの背中を優しく撫でる。


「あなたの目。孫の莉愛にそっくりなのよ」


「...そうなんですか?」


「純粋で素直で。綺麗な目をしてる」


「はぁ..」


「奏ちゃんが運転する飛行機なら乗ってみたいって思えるねぇ」


「...。」


黙々と背中を洗い二人で湯船に浸かる。温かかった。



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