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♂転性してもエアラインパイロット♀  作者: 月隠優
第一章 パイロット復帰

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24話 本州縦断1

フライトが遅い日の奏の朝は、わりとゆったりしている。


 薄暗い朝の光を頼りに冷蔵庫へ向かい、冷やしておいたペットボトルの水をコップへ注ぐ。

 それを一気に飲み干す。

 起き抜けの体には、まず水が一番効く。


 寝癖でぼさぼさになった髪をかき上げて視界を確保し、部屋の電気とテレビをつける。

 適当に天気予報をやっているチャンネルを探し、やっていなければスマホでヤフー天気を開く。

 ざっと全国の天気を眺めて、その日の流れを頭の中で組み立てるのは、もはや習慣だった。


「札幌の天気は〜っと……外気温マイナス四度!? さっむ……」


 スマホ画面に出ている、妙に可愛い雪だるまの絵が視線を外へ誘う。

 昨日の時点で降るのは分かっていた。

 だが、分かっていたのと、実際に見るのでは少し違う。


「もうそんな季節ですか……」


 窓の外に広がっているのは、白と灰色の世界だった。

 太陽の当たらない雪には、晴れの日みたいなきらきらした輝きはない。

 ただ、重たく、静かに、そこにある。

 会社支給のタブレットで詳細な予報を見ても、その景色が今日一日たいして変わらないことがよく分かる。


 今日は少し時間に余裕がある。

 だから朝シャワーを決行した。


 制服を先に準備してから、蛇口をひねる。

 湯になるタイミングを見計らって、頭をその軌道へ突っ込む瞬間が最高にいい。


 はぁ〜、と変な声が出そうになるのをぐっと堪え、そのまま全身を手早く温める。

 長風呂している余裕はない。

 でも、この一回で体の動き方がだいぶ違う。


 体を拭き、ワイシャツに着替え、荷物をまとめる。

 部屋を軽く片づけ、忘れ物がないか確認。

 制服を着てキャップを被ったら、鏡の前で最終チェック。

 襟。髪。名札。全体の線。


 確認が終われば、キャップをフライトバッグへしまい、コートを羽織る。

 完全防備で部屋を出るが、ホテルの廊下は少し暑かった。


 チェックアウトを済ませ、売店でおにぎりを一つ買う。

 それからタクシーで空港へ向かう。


 雪が積もっている中を、タクシーは案外ぐんぐん進む。

 その走り方に少し感心しながらおにぎりを食べているうちに、気がつけば空港へ着いていた。


 フライトバッグを荷物置きへ置き、少しがやがやしている事務所へ入る。

 すると、今日の副機長が待っていた。


「おはようございます」


「おはようございます。やっぱり……」


 その引きつった笑顔を見た瞬間に、奏は大体を察した。


「欠航にはなってないものの、今、上空で待機している機体が十数機。まだ分かりませんが、二時間くらい遅れるかもしれません」


「既に欠航になってる便もあるのか……」


 降りてほしい。

 でも、安全第一だ。

 こういう時は、地上にいる側は見守るしかない。


「とりあえずNOTAMと気象チェック始めちゃおう」


「わかりました」


 予定より一時間四十分遅れで、奏たちが乗る機体がスポットへ入ってきた。

 整備士と客室乗務員が慌ただしく作業を進める中、奏たちも引き継ぎを進める。

 故障箇所の有無、乗客人数、荷物量、燃料、飛行ルート。確認事項は多い。


 遅れているなら早く出せばいい、と思う人もいるだろう。

 だが、そんな単純な話ではない。


 まず、出発タイミングを決めるのはパイロットではない。管制官の指示が必要だ。

 次に、防除雪氷作業の順番待ちがある。

 さらに、その防除雪氷剤にも耐久時間がある。離陸待ちの間に翼へまた雪が積もってしまったら、やり直しだ。


 雪や氷が翼に付けば、翼面形状が変わる。

 そうなると余計な抵抗が増え、必要な揚力が出ず、飛行機はまともに飛ばなくなる。

 “ちゃんと飛ばない”は、離陸で一番困る。


「着陸機増えて時間かかってますね……」


 防除雪氷作業を終え、奏がタキシングに集中している時に、副機長がぽつりと言った。


 日本では航空機にスタッドレスタイヤは履かせない。

 止まらない、曲がらない、風で滑る。

 そんな機体を、いつもの半分以下みたいな速度で誘導路上を進めていく。


 パイロットは離陸前、非常時の手順を必ずすり合わせる。

 副機長とその確認を終え、離陸順が三番目になったあたりで、奏は客室へ翼上点検を依頼した。


 旅客機の翼を上から見ると、真っ白な部分だけでなく、黒や黄色の塗装がある。

 そこがきちんと見えているかで、雪や氷の付き方がある程度判断できる。


「どうでした?」


「その……微妙すぎてよく分かりませんでした」


「微妙か……」


「確かに、タキシング開始時間から考えるとグレーですね」


 副機長は腕時計を確認し、それから窓越しに翼端方向へ目を凝らして少し考えた。

 奏も同じ計算を頭の中でして、結論を出す。


「私、行ってきます」


 そう言ってベルトを外し、座席を後ろへずらす。

 フライトバッグを開け、長袖を探る。


「わかりました。おそらく二機連続で離陸指示来ると思うので、早めにお願いしますね」


「了解」


 パーカーを見つけると、それを制服の上からざっと重ねた。

 髪を解く。

 コックピットを出て、何食わぬ顔で客室へ入る。


 御手洗へ行ってきました、みたいな顔。

 ただの若い乗客が席へ戻ってます、みたいな雰囲気。

 我が物顔で通路を歩くより、その方が変に目立たない。


 翼前の客席を抜け、翼上付近の列へ来たところで、不意に見覚えのある顔が視界に入った。


「あ……」


「え……」


 目が合ってしまった

座っていたのは、娘の結婚式に向かう途中の...

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