↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
♂転性してもエアラインパイロット♀  作者: 月隠優
第一章 パイロット復帰

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/32

23話 休憩

社内規定では、アルコール類は乗務十二時間前から禁止となっている。

 だが実際には、ほとんどの乗務員が前日から飲酒を控えている。

 各自でアルコールチェッカーも持っていて、乗務前には必ず数値を確認する。

 ここでアルコールが検出されようものなら――。


 うん。

 考えたくもない。


 奏は元の体の頃から酒に強い方ではなかった。

 飲んでも甘い酎ハイを少し楽しむ程度。

 だからそもそも酒そのものにそこまで興味がない。

 最近は外見のこともあって、完全に飲まなくなっていた。


 千歳駅で電車を降り、奏はとぼとぼと“やってそうな店”を探す。

 結構多くの店がまだ営業している。

 とりあえず、飯にはありつけそうだ。


 ……ていうか、なんでこんな天気なのに電車走ってるんだよ。


 しばらく歩くと、程よく賑わっている店を見つけた。

 迷わず暖簾をくぐる。


「いらっしゃっせー。お一人でよろしいですか?」


「はい。ここいいですか?」


 カウンターの一番端を指差すと、店主らしき男は「どうぞー」と一言だけ返し、刺身の盛られた皿の端にわさびを足しながら、奥の客の前へそれを置いた。

 手慣れている。

 そして忙しそうだが、嫌な雑さはない。


 奏は上着を足元の籠へ入れ、メニューを開く。

 ちらりと周りの客の皿を見ると、刺身、揚げ物、牡蠣の大皿、焼き物。なかなか強い布陣だ。

 だが、今日の目当ては決まっている。


「すみません。海鮮丼の並、一つお願いします」


「並? こんなに食べれるかい、嬢ちゃん」


 そう言って店主が両手で示したのは、明らかに“普通の並”ではないサイズ感だった。

 いや、そのサイズはもう並じゃない。

 奏の前へ、両手に収まりきらないくらいの丼を置く真似をしてみせる。

 量には自信があるらしい。


「やっぱり……小さいので」


「あいよ。ちょっと待ってね」


 流石に、食べ切れない量が出てきても困る。

 少量で満腹になるのは今の体の便利な点でもあるが、こういう時だけは不便に感じる。

 みんなは、少ない量で満足してしまう体と、満腹になるまでかなり食べたくなる体、どっちがいいんだろう。


「お待ちどうさん。海鮮丼ハーフ」


「うお、もりもりだ。いただきます」


 さっき見せられた“並”よりは二回りほど小さい。

 それでも丼には海鮮が溢れそうなくらいぎっしり詰まっていた。


「ご飯は並の半分くらいだけど、刺身は三分の二くらい乗ってるからな。ほい、これサービス」


「ありがとうございます」


 丼の横に、小皿にのった熱々の海老天が一尾。

 こんなの、“うまい”か“めちゃくちゃうまい”の二択じゃないかと思いながら、早速天つゆを少しつけて口へ運ぶ。


 ほくほく。

 ぷりぷり。


 うまい。


 続けて海鮮丼も一口。

 サーモンを醤油へつけ、酢飯と一緒に頬張る。

 刺身はほんのり冷たく、旨みがしっかりある。

 酢飯もちゃんとおいしい。

 酢がきつすぎず、魚の味を邪魔しない。


 夢中になって食べていたら、気づけば丼は空になっていた。

 これなら並でもいけたかもしれない――と思いかけたところで、いつの間にか隣へ座っていた客の前に出された“並”を見て、その考えは即撤回された。

 無理だ。

 あれは無理。


 温かい緑茶を飲んで一息つく。

 息と一緒に、今日の疲れが少しだけ抜けていく気がした。


「嬢ちゃん。今日は少し早く店閉めるから、ラストオーダーの時間になっちゃうんだけど、何か欲しいものある?」


 店主にそう聞かれ、奏が「大丈夫です」と返しかけた時だった。


「お、お嬢ちゃん〜? この店来たなら、茶碗蒸し〜、食ってかな〜」


 五人掛けのカウンター席、その一番左に座る奏から二席右。

 そこにいる真っ赤な顔のおじさんが、急に声を上げた。


 日本酒をぐびぐび飲んでいる。

 ぐびぐびいく酒じゃないだろ、それ。


「幸助、流石に飲み過ぎ。明日に響くよ」


 店主が呆れた声で言う。

 名前で呼んでいるということは常連なのだろう。

 店主は幸助さんの前へ水を置いた。だが幸助さんはそれを一瞬で飲み干し、また空の酒瓶へ手を伸ばして「もう一本」などと言っている。

 まるで話を聞いていない。


「茶碗蒸しおすすめだよ〜。お、俺奢ったるからさ〜」


 店主は一つため息をついてから、奏へ視線を向けた。


「どうされます?」


 断りづらい。

 というか、そこまで推されたら逆に気になる。


「では、いただきます」


「幸助。本当にラスト一本だからな。茶碗蒸しも出すから」


「お兄ひで〜よ……もう少しだけ……。いただきま〜す」


 兄弟かよ。


「はい、お嬢ちゃんも茶碗蒸し。幸助、頼むから明日空港遅刻しないでくれよ」


「わかってるって〜。正午出発だろ〜? 大丈夫大丈夫」


「飛行機が飛ぶのが正午だからな。十時には迎えだぞ」


「え〜早すぎ」


「当たり前だろ。電車じゃあるまいし」


 奏も大きく頷く。

 それは本当にそう。


 運ばれてきた茶碗蒸しは、湯気が立っていた。

 レンゲですくって口へ運ぶ。

 出汁と卵の温かさが、じんわり体へ染みていく。


 うまい。


「どこかお二人でご旅行でも行かれるんですか?」


 特別大荷物というわけでもなく、でも明らかに“明日なにかある”感じだったので、奏がそう尋ねると、今度は店主が答えてくれた。


「ああ、こいつの一人娘が九州の方で結婚式やるって言うから」


 娘さんいたんだ。


「だからさ〜、今日は飲まなきゃやってらんないんだよ〜」


「でも酔っ払ってると、明日飛行機乗れなくなりますよ」


「え、そうなの?」


 幸助さんの手がぴたりと止まった。

 顔から酔いの七割くらいが一瞬で飛んだ気がする。


「ええ。娘さんの晴れ姿、見られなくなりますよ」


「そ……それは困ったなー」


「じゃあこのお酒はもういらないね」


「……はい」


 店主が酒瓶をさっと回収する。

 幸助さんは何も言い返さず、黙って茶碗蒸しを食べ始めた。

 奏も、にやにやしながら自分の茶碗蒸しを食べる。


 やっぱり、これおいしい。


 茶碗蒸しを食べ終え、お茶を飲み干す。

 奏は上着を羽織り、財布を取り出した。


「大将、ごちそうさまでした」


「お会計、あっちでお願いしますね」


 店主が入口脇のレジを指差す。


「幸助さんも、茶碗蒸しごちそうさまでした」


「じゃあね、お嬢ちゃん。また北海道遊びに来たらここ寄ってくれよ」


「いつ私が観光客って?」


「海鮮丼の大きさにビビるやつは、皆よそもんだ」


「なるほど……。ではまた、いつか寄らせていただきます」


 店主がレジを打っている間、奏は小さな声で付け加えた。


「あの、多少酔っ払っててもご搭乗はできますので、ご安心ください」


「あ、え、そうなの?」


 店主は一瞬、なんで急にそんなにかしこまってるんだ、という顔をした。

 だがすぐにいつもの表情へ戻り、「またお越しください」と送り出してくれる。


 また来たい。

 そう思わせる店だった。


 次は自分の番だ。


 外へ出る。


 ……ていうか寒い。

 滑るし、肺が凍りそうだ。


「早く部屋戻って、風呂入ろ……」


 奏は肩をすくめながら、雪を踏んでホテルへ向かった。

飲酒した状態でのご搭乗可能です。しかし、上空に上がると気圧が下がり体調を崩される方や、非常時に自力で動けないような方がいらっしゃると大変危険な為、ご搭乗をお断りさせて頂く場合がございます。何事も程々に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。