22話 荒れる新千歳
パイロットはいつも冷静沈着。
どんな状況であってもがっしり構えて、某ドラマの香田さんのように表情一つ変えず完璧であり続ける。
そういう人もいるにはいるが、奏のような凡人も普通にいる。
「緊張し過ぎて冷や汗がやばい」
まだ全く安心は出来ないが、ずっと集中力が続くわけではないので一旦リラックス。
HUDをしまい、管制に誘導されながら再び着陸するための準備、残燃料の確認などを行う。
カバンからタオルを取り出し顔を拭く。
絶対前髪事故ってる。
「くっそ。もうちょっとだったのに」
「でも凄かったですよ。滑走路に吸い込まれるかのように...」
「私のミスは?」
「滑走路端付近で速度が速かったことです」
「わかってるなら良し。アイハブコントロール」
「ユーハブ」
再び減速を開始し、滑走路に正対するよう旋回を開始する。さっきは旋回するタイミングが遅かったので今度は早く旋回してもらえるよう設定し、自動で旋回してもらう。が。
「また流されてますよ」
「さっきより風強くなってない?」
なんとかオートパイロットで空港付近まで近づいたが、
「ありゃ。無理だね」
「追いついちゃいましたね」
前を飛ぶB737が無事着陸したが着陸距離が伸びてしまったためか、まだ滑走路上に残っている。
((minimums))
着陸決心高度になったことを自動音声が警告する。
本来であれば事前に着陸復行を管制から指示があるが、混みあっている場合はその指示を出す余裕がないことがある。
「プレイン・オン・ランウェイ。ゴーアラウンド」
もう少し減速を早めにするべきと思われるかもしれないが、それでは後ろも詰まってしまうため塩梅の難しい駆け引きなのである。
シートベルトサインをつけてから1時間近く経とうとしているので、一旦雲の上まで上昇しホールドする。
その間15分ほどシートベルトサインを消灯させることを後ろ(CAさん)に伝えアナウンスしてもらう。
旋回待機中は航空会社の運航本部と燃料計算、代替空港をどこにするか、またどの航路で飛行するかを話し合う。
ここでは奏がキャプテンなので、奏が決定したことが基本的方針になり誰も覆すことは出来ない。逆に言えば、その決定に全責任を負うということだ。
しかし、奏が間違えをしていた時に、抑止できるのが副機長という存在だ。責任は機長にあるものの、その権限内でストップを言うことが出来る。
「次のアプローチで千歳がダメだったら…羽田に向かいます」
それが今回奏が出した結論だった。
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機体は大きく揺れながら滑走路に近づいていった。
地上10フィート辺りで両手で操縦桿を握り、通常より遅めのフレアを開始する。
ドンッ という鈍い衝撃が伝わると同時にスポイラーが展開される。
小出はスポイラーが展開されたことを確認し、奏はスロットルの逆噴射を握り上げる。
轟音と共に機体は減速していく。
晴れている日はタイヤのブレーキが主な制動力になるが、雨や雪で滑走路の状態が悪い時はエンジンの制動力がとても役に立つ。
少しのミスで大事故に繋がりかけない着陸は、とても神経を使う場面である。それが悪天候ともなれば尚更だ。
お客様を降ろし終え、荷物を整え小出がフライト記録を残している間、奏は半放心状態だった。
「腕が棒。頭痛い。背中痒い。お腹空いた。海鮮丼食べたい」
「なんか1つ欲が混じってますよ。サインお願いします」
コックピットのピラーにあるペンホルダーにしまわれているボールペンで〔有馬〕とサインを書く。
機体を整備士さんに引渡し2人はコックピットを後にする。
飛行機を降りる時は、機体にお疲れ様ですと挨拶するまでが奏のルーティンだ。
ホテルに行きチェックインを済ませ、部屋に着く頃には優しい雪景色の空になっている。
もうちょっと早くそうなってくれよと思いつつ、制服を脱ぎシャワーを浴びる。
沸かしておいたお湯で緑茶を作り、ほっと一息つく。時刻は21時になろうとしている辺り。
「...海鮮丼」
まだ間に合う時間だった。
冬なのに汗だくになる奏です。
びっくりするほど操縦桿をガチャガチャ動かしてます。
次回は休憩です。




