1話 女の子になる
死んだ。
絶対に死んだと思っていた。
が、
徐々に意識が覚醒して瞼を開けると、そこには白い天井があった。
一度瞬きをして再び天井に焦点を合わせる。
換気扇と心臓の音しかしない部屋はやけに無機質だった。
左に首を傾けると点滴が置いてある。管の先を目で追っていくと、どうやら自分の腕に繋がっているらしく、取り付け位置が見えるよう腕を上げる。
!?
きっと長い時間眠っていたのだろう。5、6年眠っていたと言われても納得してしまいそうだ。
腕はやけに白くて細い。
とても艶やかで、、柔らかそうで、、、短い。
短い?!
手のひらを見る。裏返す。
少し爪が伸びているが、とても綺麗な形の爪。柔らかそうな手のひら。
この時やっと全身に意識が回った。
と同時に股間部に違和感を感じる。
そう。あの違和感。
左手をそのまま股間に下ろすが布団が邪魔で触れない。
しかし手からの感覚がなくても、布団越しに圧迫すればそれ相応の感触を感じるはず。
左手に力を込めていく。
、、、物がない。
ポカンと口を開けて3秒間思考停止。
そこから左手をベッドについて起きあがろうとするが、力が足りず体は起き上がらない。
すぐに体を左に捻り両手をついて起きあがろうとするが、今度は頭に痛みが走る。髪の毛を引っ張られた時特有のあの痛み。
右手が髪の毛を下敷きにしている。
奏が知ってる髪の毛じゃない。とても細くて繊細な艶やかで綺麗な黒髪。よく見ると茶色も結構混じっている。
起きあがろうと再び力を入れるとまた頭に痛みが走る。
ここで奏は確信した。
この視界に映るのは自分の髪の毛だと。
よく見ると長い髪は奏の頭を覆い、視界の周りを埋め尽くしている。
枕に一回顔を突っ込み、右手で髪の毛がない位置を探る。
シーツの感触しか無い部分を見つけると両腕に力を入れて四つん這いになる。
髪が枕まで垂れ下がる。
そのまま起き上がり左を見ると黄色のカーテンがある。
再び今度は右手を股間部にやるが、やはりない。
次は目視で確認しようとして視線を下に送るが、先に視界に入ったのは胸の谷間だった。
?!
固唾を呑む。
右手を胸に押しつける。
柔らかい。
ああ、初めて触った......
しばらくその感触を堪能して......ってそうじゃない!
周りをぐるりと一周見渡すが、ベッド、点滴、棚、カーテンしか視界に入らない。
再度下を見る。
胸の奥には吹き飛んだはずの右足がある。
触ると感触が返ってくる。
義足でもない正真正銘自分の足だ。
次の瞬間、ピラっと紙の本のページをめくる音がカーテンの奥から聞こえてきた。
体を乗り出してカーテンを開けると
「あれま、起きてるじゃない」
見た目60歳後半くらいの老眼鏡をかけ雑誌を読んでいるおばあちゃんがこちらを見たままナースコールのスイッチを押した。
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「斎藤さんどうされました?」
看護師が足速に、でも穏やかな口調で話しながら部屋に入ってくる。
「わたしゃ大丈夫、その子が起きたで、驚いて押してもうて」
「その子?」
看護師は奏を見ると踵を返して「すぐに先生呼んできます」とだけ言って部屋を出て行った。
おばあちゃんは老眼鏡を外してまじまじと奏を見つめる。
その青い瞳はどこか冷徹さを帯びていた。
「あの...」
自分から発せられた声とは思えなかった。
穏やかで胸に響かない声。
喉に手を当てる。喉仏の感触がない。
「今日って、いつですか?」
「26日だよ。お主が来てから2日経ったかのう」
おばあちゃんはそういうと視線を手元に戻して雑誌をそっと閉じた。
「お主名前は?」
「...有馬です」
「そうか。...。そんなに心配せんでも大丈夫よ。落ち着いて休んでおれ」
しばらくすると看護師と医師がやってきて軽い診察をしてくれた。
おばあちゃんは再び雑誌を開く。
「体どこかおかしいところありますか?」
「ここがどこだか分かりますか?」
「どうして病院に運ばれたか分かりますか?」
「あなたは...誰ですか?」
おばあちゃんのページをめくる手が途中で止まった。
次回は奏とおばあちゃんです。