プロローグ
JKパイロットいたら面白いだろうなーという楽観的思考から書き始めました。最初はTSも織り交ぜつつ、主にパイロットの日常を描いていくつもりです。
少しでも興味ありましたら、ブックマーク、いいねだけでもぜひお願いします。
私のモチベが上がります。
それではよろしくお願いします。
「キャプテンって、どうしてパイロットになったんですか?」
高度一万一〇〇〇メートル。オートパイロットで安定飛行中の旅客機、そのコックピットの中には、青空よりも計器音よりも不釣り合いな匂いが漂っていた。焼き肉のタレだ。醤油ベースの甘辛い匂いが、温めた白米の湯気と混ざって、狭い操縦室いっぱいに広がっている。
有馬奏は箸でつまんだ肉を、いったん白米の上に戻した。
正面の強化ガラスの向こうでは、雲海の上にまっすぐな地平線が伸びている。地上がどんなに慌ただしくても、この高度まで来れば空はたいてい静かだ。
「……なに急に。人がせっかくいいタイミングで飯食ってる時に」
左席で弁当を広げていた奏が、半目で右席を見る。
右席――副操縦士の春樹は、少しばつが悪そうに笑った。
「いや、今度、仕事紹介で高校行くことになったんですよ」
「へえ。そんなのもやるんだな」
「若手の仕事らしいです。で、過去に質問された内容まとめた資料があって」
春樹はそう言いながら、操縦桿の頭を親指で軽くなでた。癖だ。緊張した時に出る。
「その中にあったんですよ。『どうしてパイロットになったんですか?』って」
「ああ、そういうやつね」
「それで思ったんですけど、そういうのって、どう答えるのが正解なんですかね」
奏は数秒考えるように空を見て、それからあっさり言った。
「正解なんかないだろ。飛行機が好きだったから、で十分じゃないか?」
「いやでも、それだと普通すぎません?」
「普通で悪いのか」
「悪くはないですけど、高校生ってもっとこう、刺さる話を求めてる気がするんですよ。人生変わった瞬間とか、運命の出会いとか」
「そういうのを期待してる時点で、だいぶ面倒くさいなその高校生」
「いや、でも実際そうじゃないですか。『乗り物が好きでした』だけだと、なんかパンチ弱いというか」
「お前、俺の志望動機にケンカ売ってる?」
「違いますって! いやほんとに! 先輩の動機が浅いとか、ありきたりとか、そういう意味じゃなくてですね――」
慌てふためく春樹を、奏はじっと見た。
その視線が冷たい。
飛行中の外気温より冷たい。
「……」
「……すみません」
奏はそこでようやく箸を取り直した。
この人は、怒ると静かになるタイプだ。怒鳴る人よりよほど怖い。
しかしそのぶん、面倒見はいい。
腕もいい。
いや、かなりいい。
春樹が知る限り、社内でもトップクラスだと思う。
着陸は柔らかく、判断は早く、イレギュラーにも強い。そのくせ普段はゆるい。弁当はだいたい茶色い。後輩には雑に見えて、肝心なところではちゃんと見てくれる。
要するに、春樹は先輩をかなり尊敬していた。
だからこそ、聞いてみたかったのだ。
この人が、どうして空を飛ぶ仕事を選んだのか。
「で、先輩は実際どうなんですか。やっぱり子供の頃から、旅客機一筋だったんですか?」
「一筋ってほどじゃないな」
奏は水筒代わりのペットボトルを手に取りながら言った。
「車も好きだったし、電車も船も好きだった。まあでも、最終的に一番でかかったのは飛行機かな」
「へえ」
「地上を走るのも悪くないけど、空飛べるって反則だろ。あんな鉄の塊が人を何百人も乗せて飛ぶんだぞ。子供の頃の俺には、ほぼ魔法だった」
「うわ、今の使えますね」
「何にだよ」
「高校生向けの説明にです。『空飛べるって反則だろ』、ちょっと刺さりますよ」
「やめろ。俺が頭悪そうだろ」
「十分親しみやすくていいと思いますよ」
「お前ほんと失礼だな」
そう言いながらも、奏は少し笑っていた。
春樹もつられて笑う。
コックピットは狭い。やることは多い。責任は重い。
それでも、こういう穏やかな時間がたまにあるから、この仕事は嫌いになれない。
奏はインターフォンを取った。
『あのー、すみません。吉原さん、手が空いてたら水お願いできますか』
『はい、すぐ持っていきますね』
「先輩、さっきも飲んでませんでした?」
「焼き肉のタレは喉が渇くんだよ」
「機長の発言とは思えないですね」
「機長だって焼き肉食うだろ」
「夢がないなあ」
「夢で腹は膨れない」
「それ名言っぽいですね」
「お前、今日やたらうるさいな」
数十秒後、コックピットドアがノックされた。
春樹はモニターで相手を確認し、ロックを解除する。入ってきたのはチーフキャビンアテンダントの吉原だった。笑顔のまま、水の入った紙コップを二つ差し出してくる。
「はい、お水です」
「ありがとうございます」
奏は受け取りつつ、すぐに業務の顔へ戻った。
「あと、羽田の天気が結構悪くて混んでるみたいなんで、少し遅れる可能性があります。燃料的にはまだ余裕ありますけど、場合によっては成田ダイバートの可能性もあるって、お客様に案内お願いします」
「わかりました。ゲート変更の可能性はありますか?」
「どうだ、春樹?」
「たぶんそのままです」
「だそうです」
「承知しました。他に何かありますか?」
「俺も水ありがとうございます」
「どういたしまして」
吉原はにこりと微笑み、静かにドアを閉めた。
さすがチーフ、無駄がない。
ドアが閉まると、再びコックピットには空調音と電子音だけが残る。
奏は水を一口飲み、正面を見たまま、ぼそりと言った。
「……まあ、理由なんて案外そんなもんだよ」
「そんなもん?」
「好きだった。なりたかった。なれた。続けてたらここまで来た。それだけだ」
「でも、先輩って監査官もやってるじゃないですか。そこまで行く人、そんな“それだけ”じゃないでしょ」
「買いかぶりだよ」
「いやあ、でもこの前の羽田のあれ見たら、誰でもそう思いますって」
「何の話だ」
「横風と雨と視程不良のトリプルコンボで、外の数字より全然悪かった日に、一発で降ろしたやつです。あれ、ちょっと意味わかんなかったです」
「仕事しただけだ」
「いや、あれで“仕事しただけ”は無理ありますって」
奏は面倒くさそうに眉を寄せたが、少しだけ口元を緩めた。
彼は褒められるのが苦手だ。けれど、悪い気はしていない時の顔を春樹は知っている。
だから、少しだけ踏み込んでみる。
「じゃあ、今の俺が高校生に説明するなら、こう言っていいですかね。“うちのキャプテンは、飛行機が好きすぎて気付いたらベテランになってました”って」
「ダメに決まってるだろ」
「“見た目はゆるいけど中身は超一流です”」
「余計ダメだ」
「“なお弁当はだいたい茶色い”」
「お前、ほんと一回殴るぞ」
「パワハラで訴えます」
「飛ぶ前に副操縦士を機外放出する機長がいてたまるか」
「ニュースになりますね」
「見出しは何だ。“機長、口の悪い後輩に限界”とかか」
「ちょっと見たいです」
「俺は見たくない」
二人で笑った。
その笑い声が、ひどく自然だったから。
この時の春樹は、そんな未来をまったく想像していなかった。
これが、自分にとって最後の“いつもの会話”になるなんて。
有馬奏、四十六歳。
エアラインパイロット。
大学を卒業後、念願の航空会社に入社し、今では監査官まで任されるベテラン機長だ。
子供の頃から乗り物が好きだった。
その中でも、とりわけ旅客機が好きだった。
巨大な機体が、人を乗せて、荷物を積んで、何千キロも離れた土地へ飛んでいく。幼い日の奏には、それが奇跡に見えた。
だから目指した。
だから努力した。
だから、ここまで来た。
後輩にも慕われている――と思う。
「キャプテン、これ外の数字より絶対やばいっすよ。なんであれ一発で降ろせるんですか。きしょいを通り越して尊敬なんですけど」
「褒めるなら語彙を整えろ」
「いやほんと、先輩の操縦たまに怖いんですよ。上手すぎて」
「それ褒めてないだろ」
羽田は荒れていた。
雨風が強く、視界も悪い。ワイパー越しに見える景色は常に滲み、機体も細かく揺れていた。
それでも奏は、最小限の修正で機体を滑走路へ導き、柔らかく接地させた。
経験が違う。
引き出しの数が違う。
そして、腹の括り方が違う。
「もっと荒れる前に事務所戻るぞ。折り返し、新千歳の準備する」
「はい」
事務所で飛行ルートと燃料計画を確認し、ブリーフィングを済ませ、折り返し便の準備へ入る。
悪天候の日は、確認することが増える。
定時運航は大事だ。だがそれ以上に大事なのは安全だ。
焦るな。手を抜くな。慣れた時ほど潰れるぞ。
それが奏の持論だった。
再び機体へ戻ったあと、春樹が言う。
「PFお願いしますね。俺、先輩みたいな神業できないんで」
「神業じゃない。普通だ」
「いや絶対普通じゃないです」
「ごちゃごちゃ言ってないで手動かせ。到着遅れてるんだから、出せるならオンタイムで出すぞ」
「はいはい。了解です、ベテラン機長さま」
「返事が軽い」
「心は重いです」
「ならいい」
「よくないですよ」
そんな軽口を叩きながら、二人はいつも通りの手順で出発準備を進めていく。
奏は外部点検のため、レインウェアを羽織って機外へ出た。
ボーディングブリッジを下りた瞬間、雨が顔面を叩いた。
「……うわ、ひど」
思わず独り言が漏れる。
大雨警報が出ている中での外部点検は、はっきり言って過酷だ。
フードを被っていても、横殴りの雨が頬に刺さる。視界は悪い。足元は滑る。寒いし、濡れるし、地味にしんどい。
だが、ここを雑にやるわけにはいかない。
翼。フラップ。エンジン。ピトー管。異物付着なし。損傷なし。
いつも通り、一つひとつ確認していく。
そして、機首側へ回った。
ノーズギアのブレーキ周辺を確認しようと、身をかがめた、その時だった。
――ドンッ!!
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
鈍く、重く、骨の芯まで響くような衝撃。
視界が跳ねた。
身体が何か硬いものに押し潰される。
「――ッ!?」
息が、止まる。
コックピットでCDUへデータ入力をしていた春樹も、その異常な衝撃を感じ取った。
「……何、今の?」
ただ事ではない。
そう思った瞬間には、もう立ち上がっていた。
コックピットを飛び出し、ボーディングブリッジの階段を駆け下りる。
胸がざわつく。
嫌な予感しかしない。
そして、その予感は最悪の形で当たった。
「……え」
目の前の光景が、理解できなかった。
作業車がノーズギアに衝突している。
その間に、奏が挟まれていた。
血が飛び散っていた。
雨がそれを洗い流しきれず、赤黒いものが地面へ広がっていく。
制服も、レインウェアも、原形を保っていない。
さっきまで普通に喋っていた人間の姿が、そこにはなかった。
「う、そだろ……」
足がすくむ。
喉が引きつる。
けれど、止まっている場合じゃない。
助けを呼ばないと。
春樹は震える足を無理やり動かし、階段を駆け戻った。
熱い。
痛い。
重い。
奏の意識は、その三つだけで埋め尽くされていた。
何が起きたのか、理解できない。
いや、理解したくない。
身体のどこかではなく、たぶん全身がおかしい。
息が吸えない。
口の中に鉄の味が広がる。
視界が雨で滲んでいるのか、自分の目がおかしいのかもわからない。
――助けて。
そう思った。
叫んだつもりだった。
でも、声になったかはわからない。
下半身の感覚が変だ。何かが流れ出している。
血液か、体液か、内臓か。
そんなことを考えている時点でもう駄目なのかもしれない、と、どこか冷静な自分が思った。
階段を駆け上がっていく春樹の背中が見えた。
ああ、助けを呼びに行ったのか。
なら、まだ。
まだ、なんとか――
そこで意識が暗転しかける。
身体が冷えていくのに、感覚だけが熱い。
まるで命そのものが、自分の中から流れ落ちていくみたいだった。
春樹はコックピットへ戻ると、無線の周波数をグラウンドへ切り替えた。
『グラウンド、NHA5961。16番ゲートに救急車をお願いします!』
『NHA5961、16番ゲート了解。状況を説明してください』
言わなきゃいけない。
事故だ。人身事故だ。至急だ。
頭ではわかっている。
なのに。
右手から、力が抜けた。
握っていたマイクが床に落ちる。
カラン、と、妙にはっきりした音がした。
『NHA5961、聞こえていますか?』
春樹の喉は震えるばかりで、声が出なかった。
『NHA5961、応答してください!』
窓ガラスを激しく叩く雨音だけが、コックピットに満ちる。
さっきまで、先輩とどうでもいい話をしていた場所だ。
焼き肉のタレの匂いが、まだ残っている。
その現実感のなさが、逆に春樹の心を折った。
『NHA5961!』
雨脚はさらに強くなる。
その日、NHA5961便は、悪天候および機体損傷のため欠航となった。
そして――
有馬奏の人生も、そこで終わるはずだった。
JK美少女パイロット可愛いよね
よろしくお願いします(2回目)
次回性転換です




