16話 ロンドンから帰宅
夜タクシーを使いヒースロー空港に向かう。
さすがに暗くなってから1人でスーツケース持った子供が空港に行くのは不自然すぎるので、副機長にお願いして一緒に...。
イギリスのタクシー運転手も日本と同じく色々な人がいる。めっちゃ話しかけてくる人、終始無言な人。
今日は...
「こんな時期に娘と旅行なんてすごいな、お父さん。ん、でもお前若くないか?いったい何歳でその子産んだんだい」
めっちゃ話しますやん。
「いやー、実はこいつ俺の子じゃないんすわ」
笑いながらコーパイは俺の頭をポンポン叩く。
ムッと睨みつけると慌ててその手を挙げた。
「実はちょっと年の離れた兄妹でしたってオチか?それにしては似てないな」
「いや、全く赤の他人です」
「...。」
「もうちょっとましな誤魔化し方あっただろ。運転手黙ちゃっただろ」
「えー、なら有馬さんだったらなんて言うんですか?」
「ヴっ...」
「あ、わかった」
タクシーの運転手が指を鳴らす。
「なんですか?」
首を傾げると信号で止まったタイミングで運転手は振り返る。
「お前ら夫婦だったのか」
「「...」」
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ヒースローに着いて着替えたら、フライトプランの最終確認だ。機長2人、副機長1人で話し合い、予定より少し多めの燃料を積んで乗客を乗せる。今日のキャプテンは奏ではない別の機長さんだ。
「揺れの報告急に増えましたね」
副機長が無線を聞きながらつぶやくとコーヒーを飲み干す。
「そんなに気流怪しかったかな?」
左座席に座るキャプテンは白いグローブをつけながら窓の外の空を覗き込む。
「それ同じ航路飛んでる機体の報告?」
奏は右座席でセッティングの最終確認中だ。
「30分前に飛んでった成田行きからの報告は特になかったですよね、えーっと、降下中の機体から多数報告上がってます」
「んー。すまん有馬くん。後ろに伝えといてくれ」
「分かりました」
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「お....おー。結構右に流されるぞ」
離陸滑走中、奏は左ラダーペダルに足を乗せ、キャプテンのラダーの踏み具合を感じながら頭の中でつぶやく。
「V1」
奏が声を発するとキャプテンは両手で操縦桿を握る。
「ローテート」
操縦桿を引き、機体の挙動に意識を集中させる。
「V2。...ポジティブレート」
奏はギアレバーに左手をかける。
「ギアアップ」
「ギアアップ」
ギアをあげれば空気抵抗が少なくなり、機体はさらに加速する。
機体が安定した姿勢になるのを確認したら、オートパイロットのスイッチを入れる。
外は...何にも見えない。
エンジンの唸る音と共に機体は揺れながらどんどん上昇していく。さらに加速するためフラップを格納し...。
「揺れるな」
「揺れますね」
「酔いそう」
「今は紙の文字は見たくない」
「ですね」
雲は抜けたがまだ気流の悪さを引きずるイギリスの夜空。晴れれば絶景なのだが…。
昇るところまで昇ってしまえば、揺れは治まり景色は一変し満天の星空となる。
天体観測も悪くないが、やる事はまだ他にある。
コックピット内の照明をつけるとガラスには自分の顔が映るようになり星は見にくくなってしまう。
これから明かりをつけて、食事とブリーフィングの時間だ。
先に奏と副機長が夕食を摂る。
パイロットは皆別々のものを食べないといけない。
「えーっと、これが有馬さんので、こっちが野々山さん(副機長)。キャプテンの分はこちらに置いておきますね。皆さん飲み物何にします?」
「お茶貰ってもいいですか?」
「私は水で」
「俺もお茶かな」
コックピットにきたCAさんがコップに飲み物を注いでいると
「ひゃ!」
変な奇声を発した奏は3人から変な視線を感じる。
「すみません箸落としちゃって...」
「替えありますよ」
「あ、大丈夫です。袋被ってたので、ありがとうございます」
そのまま拾おうとしたが、操縦桿が邪魔で手が届かない。
仕方なく座席を移動させ屈み込めるスペースを作る。
「う、ゔーー…。おっけー。取れました」
なんだか最近自分の仕草がおかしい気がする。
いつもペンやら箸やら消しゴムやら、落としそうになったら空中でキャッチできるかもとかまだ間に合うかもと手を伸ばすはずなのに、今日はびっくりして引いてしまった。
解せぬ。
副機長はご飯を食べ終わるとクルーレスト(乗務員用の休憩室)に行き休憩する。
コックピットは奏とキャプテンだけになる。
海外の航空会社だとこの状態でもう1人が操縦席で休憩してもいいことになっているところもあるが、日本はまだそれが許されていない。
「君があの噂の有馬くんだよね」
「噂なんですか?」
「よく乗務許可下りたな」
「ええ、なんなら身体検査の数値は良くなったみたいですよ。若返ったって医者が笑ってました」
「多分それ嘲笑か苦笑だろ」
「どうですかね?」
これ以上追及されても返せる言葉が何もないので話を濁しながら白いグローブの皺を伸ばす。
キャプテンも何か察し紙コップに残ったお茶を飲み干し再び口を開く。
「イギリスでCAさん達に散々いじられただろ。帰ったら3人でゆっくり話さないか?」
「と言いますと?」
「今度高校生への職業紹介兼座談会があってそのプレゼンの意見が聞きたい」
「いつどこでそんなのやるんですか?」
「明々後日、北海道でだ。君も来るかい?」
「冗談きつすぎますって。高校生になめられますよ。あとその日沖縄便です」
「ありゃ、それは残念」
奏が高校生と並んだら、もはやただの高校生です。




