15話 ロンドンの思い出
機内では、エンジンから取り込んだ空気を客室に、足元から貨物室、その後後方から1部排出というふうに常に空気は循環しています。
どうぞご安心ください。
(循環していても、感染が広がるかどうかはウイルスに詳しい方に聞いてください)
ーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーー
「小川さんおはようございます」
有馬奏はヒースロー空港の近くにあるビジネスホテルのロビーにある観葉植物の前で、2人の先輩パイロットを45分ほど待っていた。
キャプテンの水野さんと機長目前の小川さんは昔からの知り合いらしく、奏を観光に誘ってくださったのだ。
2人水入らずの場に誘われて戸惑ったが、断るのも失礼なので、せめて2人を待たせまいと張り切ったのだが張り切りすぎたようだ。
「おはよう有馬くん。水野キャプテンは?」
「まだいらっしゃらないです。まあまだ10分前ですし」
「多分あの人のことだから、敢えて早めに来てないんだろう。私なんかに気をつかわなくていいのに」
「誰が気を使ってるだって?、」
水野キャプテンの急な登場に小川さんは「おお」と声を漏らす。
「待たせてすまないね2人とも、それじゃあ行こうか」
3人でバスに乗りロンドンの中心街へ向かう。
小川さんと水野キャプテンは何やら世間話をしているが、奏は初めて来たイギリスの街並みに目を奪われ完全に1人の世界に入っている。
「有馬くんどうだい? 初めてのイギリスは」
「その...なんというか、全く別世界ですね。なんでしょう...ヨーロッパ独特な雰囲気というか」
「だろ、中心街はもっとすごいぞ。どこか有馬くんが行きたいところに行こうじゃないか」
「それじゃあお言葉に甘えて...」
ロンドン中心部の街並みは、少し独特な雰囲気を放っている。
近代的な建物のすぐ隣には、いつの時代の建物だろ? と思わせるほど古い見た目の建物も並ぶ。
どれもただ古いだけでなく、芸術性を帯びているのでこれまた存在感が半端ない。
道の端やど真ん中には小さいお土産屋台が立ち並ぶ。小川さん曰く、手に取っただけで買うと勘違いされ店員が袋を持ってくるらしい。(見るのはいいが、買わないなら迂闊に触るとトラブルの元)
信号も縦長の黒い信号で、赤いバスと黒いタクシーが交差点を行き交っている。
ユーラシア大陸から来た観光客の車もちらほら見かけ、左ハンドル左車線という光景も馴染んでいる。
自分が運転したら逆走する自信があるが...
あとはどうだろ。あ、雲が低い。
そんなことを考えながら歩いていると遠くにビッグ・ベンが見えてくる。
ん? 思ったより小さい。
と思ったが前言撤回。
橋を渡っているうちにみるみると大きくなっていく。
ていうか橋長っ。
なんというか、でかい。太い。壮大。
隣にある城? も迫力満点だ。
周りの人も写真を撮っている。聞こえてくる言語が英語ではないのでおそらく、というか間違えなく観光客だろう。
ちらほら日本語も聞こえてくるところがまた面白い。
大体の観光地は、バスと地下鉄で回ることが出来る。
もちろん歩くのが好きな人は、時間をかけて、風景を楽しむのもありだと思う。
大英博物館、バッキンガム宮殿、ロンドンアイなどなど。とりあえず一通り見て回ることにした。
気になったところは、また来た時に来ればいいとキャプテンが言う。
夜になり、日が落ちてきたタイミングで先輩2人のオススメレストランへ向かう。
奏が景色がいいお手頃な所と言ったら、2人で真っ先に同じレストランの名前をあげた。
テムズ川とロンドンの街を低い位置からではあるが一望できるレストラン。
めちゃお手頃...という訳ではないが雰囲気はものすごくいい。
他にも家族連れで来ているお客さんもいるので、めちゃくちゃ厳重という訳でもなくカジュアルで清楚感あるいいレストランだ。
「おお、あれが落ちるロンドン橋」
「おーい有馬くん。あれはタワーブリッジって言ってロンドン橋とは別の橋。本物はもう一個向こうの上流側の橋」
小川さんはそんな事も知らないパイロットもいるんだという顔で笑い出す。
「なかなか有名だけど、知らなかったのかい有馬くん」
キャプテンの口からも笑みがこぼれる。
「そうなんですか、恥ずかしっ」
「有馬くんって仕事できるのに、こういうところどこかちょっと抜けてますよねキャプテン」
「そうだな。有馬くん。君は大物になれる」
「なんでですか」
「なんとなく」
「なんとなくですか??」
「まあまあ有馬くん。こう見えてもキャプテン優秀な人を見分けるのは得意なんだよ」
「操縦は下手で悪かったな」
「なんだ、キャプテン自覚してたんですね。って言っても、私も有馬くんの腕には敵いませんが」
「いえ、自分はまだ未熟者で...」
「謙遜はいい。有馬くん。正真正銘君は君の腕で他人にものが言える数少ない存在だ。これからもその腕で、わしらみたいな年寄りを黙らせ、後輩をしっかり育てていってくれ」
「年寄りって...キャプテンまだ40後半ですよ」
「引退までもうあっという間だ」
「...。」
「この空を守っていけるのは君たちだけだ。あとは、頼んだぞ」
「...。」
「カッコつけすぎたな。ささ。1杯行こうじゃないか」
ーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーー
奏はロンドンに来る度、あの日の事を思い出す。
昨日?の飲み会で散々弄ばれ、時差もあってか起きたのは昼過ぎだった。
あの時合わせたグラスの中に入っていたのはコーラであり、ロンドン橋の真ん中で1人その味を思い出すためかのようにコーラを煽る。
ロンドンの時刻は午後3時。
空は徐々に色を変え始めていて、日本では日付をまたぐ。
この時奏は47歳を迎えた。
そして同時に水野キャプテンの命日でもあり、小川さんが空を降りた日でもある。
「40後半は年寄りか...」
橋の上はほとんど通勤のために歩いている人ばかりで、奏のように足を止める人はほとんど居ない。
一応大人っぽく見えるコートを着ているが、補導されかねないので一応パスポートを持ち歩く。
「まあ補導されたら17歳ってことで」
そう独り言を呟き、人の流れに沿って歩き出す。
歩幅は小さく、レストランまで歩くのに時間がかかった。
ヨーロッパ旅行。早く気軽の行けるようになるといいですね。
ちなみにヨーロッパ旅行の注意点(別にヨーロッパ限らず、どこの国の建造物観光の常識)ですが、
タイミングによっては、ビックベンが工事中で足場が組んであり綺麗に写真が撮れないって事が起こりえます。
完璧な状態のが生で見たい方は、事前にネットで確認しておくのをオススメします。




