10話 帰宅からのアメリカ
2泊2日のドイツ旅を終えて日本に帰ってきた。
帰りは佐内がPFを担当。
奏はと言うと、ビジネスクラスの座席で爆睡していた。
乗務員としての乗務が許可されたのは行きだけだったからだ。帰りは客である。
気づいたら羽田に進入を開始する直前で、2食あるはずの機内食を1食だけ食べてパソコンを開く。
空港に着くと事務所に戻り、レポートや手続き、フライトの振り返り(デブリーフィング)などを行ってこの日は解散となる。
日によっては飲みに行くこともあるが、疲れている日は皆さっさと家に帰る。
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奏の家に着くと、拓也も当然のように部屋に上がってソファーで寝転びYoutubeを見始める。
奏は棚の中にレトルトカレーがあることを確認して、お米を炊くために炊飯器のコードをコンセントに刺す。
軽く米を研いで水につけておく。
充電中の奏の携帯がなる。
『どうしたんですか?咲さん』
『ここどーこだ』
ビデオ通話の画面にはホテルの窓から撮っている映像が映し出されている。
あっちはまだ明るいらしい。
『ローテンブルクですね。夕食決めました?よかったらおすすめのレストランでも...』
「ふぇっくしょん!!...ハックション!...あーー」
『え?お父さんのくしゃみ...。ちょっとお父さん。まさか有馬さんの家勝手に上がり込んで』
『大丈夫ですよ。カレー食べて帰って貰うので』
『えー、いいなー奏ちゃんの手作りカレー』
千尋も通話画面に入ってきた。
ん?手作り?レトルトだよ。
『うちのバカお父さんがお世話になります』
『お世話します。じゃあ楽しんでね』
『ちょっと!おすすめレストラン聞いてないよ』
『ああ、そうでした』
レストランを教えると2人の頭はご飯の話でいっぱいになる。
拓也とレトルトカレーを食べて順番にお風呂に入り寝る。
疲れていたので機内であんなに寝たのに今夜もぐっすりだった。
朝起きると拓也はソファーから落ちていた。
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2日後、ユニフォームセンターから奏の元に制服が届いた。
社員証も写真が新しくなり、正式に乗務に戻ることが決定した。(しばらくは拓也とペアという条件付きで)
同時に会社から渡されたのは、アメリカへの航空券だった。
「えーっと、これは?...」
「アメリカの訓練施設でアクロバット飛行訓練機に乗ってきてもらうためだ」
「え、は、はい。分かりました。えっと帰りのチケットが、な...」」
名目は機体が異常な状態であっても冷静にいられるように、という訓練なのだが、それはもはや...。
《落ちるよ。準備はいい?》
「ヒャい!いーーーーーーーーーーー!!!い」
プロのパイロットが操縦する小型飛行機はものすごい勢いで真っ逆さまに落ちていく。
こんな機体姿勢になったら普通は制御できず、地面とお友達になるはずだが、奏の隣で操縦するパイロットは常人ではない。
ものすごい横G、縦Gと共に機体は急に安定しふたたび上昇していく。
今度は360度何回も回転しながら落下していく。
目が回るし内臓は潰れたり、浮いたり、ひっくり返ったり。
緊急時のために装着しているパラシュートからは異臭が...。
2度とゴメンだと思っていた飛行訓練。
飛行中はギリ耐えたが、着陸してトイレに向かうと胃の中が空っぽになった。
これ以上の動きを体験している戦闘機のパイロットは正気じゃないと思う。
他の若い訓練生は強がっている人も干物になっている人もいた。過去に見たことある光景でニヤけてきたが、また見るとは思わなかったのでだんだん苦笑いへと化す。
奏が現役だと教官から聞きつけたらしく、寮に運び込まれる。みんなで団欒した後は自習に付き合わされる。座学は忘れていたことや、新知識だと思うこともたくさん。結局は実技の質問に落ち着いた。
1週間後に計器飛行の資格試験があるらしい。なんでこの時期にアクロバットしてるのか...。
帰りはいつなのか聞かれて会社からチケットをもらってないことを思い出した。
結局訓練生唯一の女子の部屋で一緒に寝ることになる。しばらく寝させてもらえなかったが。
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予想はしてはいたが計器飛行の訓練に付き合わされた。
飛行中に目の前にフード(カバー)をつけて外が見えないようにして計器だけをみて飛行機する。
上昇降下、旋回、スピード調整など約30分計器と睨めっこする。
試験1週間前ということもあり、みんな安定して上手い。多分奏より...。
奏も訓練時に免許を取得しているので操縦はできるが、
「難しくないですか?」
「安定はしてないですけど修正は早いですね」
後ろに座ってる訓練生に笑われる。実際この訓練生は上手である。フレアがちょっと下手だが、機体が変わればそっちで上手くなればいいので必要以上に注意はしないが。
奏が着陸させるのをみて何を思ったのか、他の訓練生に「めっちゃいい体験した」やらなんやら自慢している。
アメリカ人の教官にも、
「あの機体操縦するの何年ぶり?」
と聞かれ、そもそも昔と機材が変わってるので乗ったことないと答えると笑われた。
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明後日に帰ってこいとスケジューラーから連絡があった。
正式なスケジュールが決まったらしく、正式な機長としてのフライトが3日後の沖縄行きらしい。
拓也も一緒だが。
コックピットは最低2人、多い時には4人で運航します。
その中でもPF、PMと二つの役割に分かれます。
PF、主にフライト中操縦を担当。外部点検もPFが行います。
PMは主にPFの補佐、計器の監視や管制官とのやりとりをします。




