9話 フランクフルト3
フランクフルト国際空港。FRA。
ドイツ南西部に位置するハブ空港で、一日千何百もの旅客機が離着陸し、年間利用者数は五千万人を上回る。
今も十分に大きい。
というより、現地へ来るたびに「やっぱりでかいな」と思わされる空港だ。
様々な航空会社の機体が並んでいるが、一際目に入るのはやはりルフトハンザだった。
青い背景にオレンジの鳥が描かれた、あの印象的なエンブレム。
その垂直尾翼をつけたA380が、奏たちの乗ってきたB787のすぐ隣にどっしり止まっている。
でかい。
全二階建て。
全高は二十四メートル、全幅は八十メートル近い。タイヤは二十二個、エンジンは四つ。
見上げるだけで、外部点検が大変そうだな、という感想が先に出る。
いや、実際大変だろう。
日本でもANAが持っていたが、見慣れていてもやっぱり大きいものは大きい。
必要な操作を終えると、地上スタッフに残りを引き継ぎ、奏はCAたちとともに機体を後にした。
乗務員の荷物は大きく分けて二つ。
フライトに必要なものが入った会社指定のフライトバッグ。
そして、宿泊が必要な時だけ持参するステイバッグ。
どちらも見慣れたもののはずなのに、今の身体で持つと少しだけ大きく感じる。
空港近くのホテルにチェックインすると、あとは各自自由行動だ。
部屋で休む人もいれば、外へ出る人もいる。
そういうルールの変化も、ここ数年で随分増えた。
ドイツの夏は暑い。
暑いことは暑いが、乾燥しているぶん、日本の真夏みたいな蒸し苦しさはない。
空気が軽いというか、汗をかいてもまだ耐えられる感じがある。だいぶ過ごしやすい夏だ。
折り返し便は明日の夜出発。
つまり、それまでは比較的時間がある。
奏は拓也とタクシーに乗り、都市部へ出ることにした。
「マインタワー、いつぶりだっけ?」
「四年前に一緒になった時に行ったきりか。もう来ないと思ってたけど」
拓也が窓の外を見ながら空を仰ぐ。
マインタワー。
ざっくり言えば、一般でも上がれる展望台だ。フランクフルトの街が一望できる。
一番の特徴は屋上であること。中心に立つ大きな柱、その周囲のベンチ、いくつかの望遠鏡、そして拓也の腹くらいの高さまでしかない透明な柵。
冬は寒いし、雨の日は論外だ。なのに、なんやかんやで人気がある。
一階で一人7.5ユーロを払い、手荷物検査を受ける。
これが意外と本格的だ。
「結構ちゃんとしてるな」
「高いところに上げるんだから、そりゃそうだろ」
エレベーターで屋上へ上がり、外へ出る。
思ったより風がある。
その瞬間、奏の髪がばさっと舞った。
「うわ」
まだ慣れない。
長い髪が風で持っていかれる感覚にも、それを片手で押さえる仕草にも、まだ少しだけ反応が遅れる。
「おお、懐かしいな……って、お前、髪の毛やば」
「ヘアゴム持ってくればよかった」
片手で後ろ髪を押さえながら、透明な柵のところまで歩いていく。
そして思う。
こんなに柵、高かったか?
いや、俺が縮んだだけだ。
屋上からは、フランクフルト中央駅、オフィスビル群、そしてヨーロッパらしい街並みが広がって見えた。
街そのものが整っている。無機質な高層ビルと、古い街の雰囲気が妙に自然に混ざっている。
雲が低く感じるのはなぜだろうか。
気のせいかもしれないが、日本で見る空より少し近い気がする。
その後、二人はスーパーにも立ち寄った。
ここへ来ると、“ああ日本じゃないな”と強く思う。
広いパンコーナー。
無造作に積まれた生鮮野菜。
じゃがいもだけで二十種類くらい並んでいる売り場。
現地の人はそれぞれスキャナーを持ち歩いて、商品のバーコードを自分で読み込みながらカートへ放り込んでいく。
「合理的だな」
「合理的だけど、日本で一気にやったら高齢者が混乱しそうだな」
「それはそう」
スーパーの雰囲気を楽しんだあと、ジュースを買うためレジへ並ぶ。
前の人のカートには、百二十ユーロ分はありそうな商品が載っていた。
だがスキャナーを使っているぶん、レジではほとんど支払いだけで済むので意外と早い。
その後は地下鉄で、お気に入りのレストランへ向かう。
アバウトな感覚だが、ドイツは量、フランスは質、ベルギーはその中間。
奏の中ではそんな分類になっていた。
「相変わらず雑な国別評価してるな」
「でもだいたい合ってるだろ」
「だいたいな」
レストランで夕食を済ませたあと、ホテルへ戻る。
明日も仕事だ。遊んだといっても、完全に観光客のテンションで夜更かしするわけにはいかない。
シャワーを浴びる。
ドイツの水道水はカルキが強い。飲めなくはないが、飲みやすくはないし、美味しくもない。
毎日お風呂に浸からない文化があるのも、ちょっと頷ける気がする。
それにしても髪がカピカピだ。
今は髪が長くて柔らかいぶん、余計にそれを感じる。
風呂を上がると、奏はタブレットで天気予報を確認した。
明日のルートに大きな変化がないか。風はどうか。現地の状況はどうか。
その確認が終わると、布団に寝転びながらYouTubeで猫の動画を見る。
しばらく一人でにやにやしてから、ようやく寝た。
翌朝。
目が覚めると、髪は見事に爆発していた。
「うわぁ……」
水もアレだが、日本のドライヤーは質がいいらしい。
いや、ホテルの備え付けが単に弱いだけかもしれない。
時差ボケで起きたのは朝三時。
日本時間だと朝十時だ。
ここはひとまず起きて、昼にもう一度寝てフライトへ備える方がいい。
朝は少し肌寒い。
事務仕事を済ませているうちに朝食の時間になった。
ホテルの朝食はバイキング形式だった。
とはいえ、そんなに大量には食べられない。
他の航空会社のパイロットやCAたちもそれぞれ朝食を取っている。中にはフライトが近いのか、妙に急いで料理をかき込んでいる人もいた。
「ここいいか?」
「いいよ。拓也、寝れた?」
「爆睡」
「強いな。この体、乗り物酔いはしないけど時差には敏感らしい」
「じゃあ大丈夫そうだな」
「あと心配なのは体力かな」
「冬や来年の夏本番は激務だからね」
「お盆終わり、頑張ってね。私まだ訓練だから」
「ういー」
雑な返事だった。
でも、その雑さが妙にいつも通りで、奏は少しだけ安心した。
ドイツいいですよね。
ヨーロッパってなんやかんや言ってどの季節に行っても過ごしやすいのでいつでも楽しめます。
夏冬の日照時間の差は苦手な人にはきついかもですが、コロナ収まったら是非足を運んで欲しいです。
ドイツだったら個人的にはローテンブルクが大好きです。外壁に囲われた木骨造りのヨーロッパらしい街並みがめっちゃ綺麗です。
冬に行ったらクリスマスマーケットには行って欲しいです。買うのは割高なので少々気が引けますが、雰囲気はとてもいいですし、ホットワインめちゃ美味しいです。
(次の日アルコール残ってたら大変なことになるので少なめを頼んでビクビクしながら飲むことになるんですけど笑)




