86話◆魔女はうたた寝をする
ギルド長が部下さんを従えてまたわが家に足を運んでくれた。今朝からセシルがルキースへ一時帰宅しているから自分でいそいそとお茶を準備する。お土産にとドライフルーツとナッツがたっぷり練り込まれた固めのパンをくれたので、薄めにスライスして早速お茶うけとして出してみた。
「ナッツのこりこり感と甘ずっぱいドライフルーツが絶妙だわー」
「お口に合ってよかったです」
私は意外とギルド長とお茶を飲みながらお話しする時間を気に入っている。領都ルキースの色々な話や新しいまじないの進捗状況を話してくれて、時々カルバートンの様子やお医者の先生の近況も教えてくれる。途中聞いていてわからないことを質問しても、気を害さずにこにこと教えてくれる。うーんいい人だ。でも年齢を考えると頻繁にこちらに足を運んでもらうのも申し訳ないな。部下さんだけでもいいわよと言ったら「年寄りの楽しみを取り上げないでください」と笑いながら返されちゃった。
「あたし基本引きこもりだし、外へ出てもカルバートンの町中くらいだから自分が思ってた以上に世間知らずだったわ。恥をさらす前に聞けてよかった」
「爺の話でよければいつでもお聞かせに来ましょう」
「今度はあたしが行くわ。先生にも久しぶりに会いたいし、お買い物もついでにすませちゃお」
「ではお待ちしております」
たっぷりとした白いヒゲをなでながらギルド長は笑みを浮かべる。髪もヒゲも真っ白い齢70の元気なおじいちゃんは、家の中をぐるり見まわしてから私にたずねた。
「……このところ、あの若者を見かけないのですがこちらには来ていないんですか? 以前私が不在の時に差し入れをもらったのでひと言礼をと思っていたんですが」
「あーヴィンセントはね、ちょっと理由があって領都に帰ったの。こっちには来ないかもしれないわ」
「以前に貴女は『魅了』のまじないを領都で広めたいと言われてましたけど、それと何か関係がおありのようですね」
「まあ、ギルド長ったら鋭いわね」
「教えては頂けませんか? もしかしたら何かご協力ができるかもしれません」
……前から思ってたけど、ギルド長って親切だ。そういう性分なのだろうか? そう思ったまま聞くと翁はくしゃっと笑うと白いひげを撫でた。
「いえいえ、食えない狸ジジイと良く言われますよ。あなたはカルバートンに新たな恵みをもたらせてくれたお方ですからね。末長くお付き合いしたいという下心もありますから、困ったことがあったら遠慮なく言ってください」
まあギルド長が協力してくれるなら甘えちゃおうか。ヴィンセントの件で散々なさけない姿を見せてるから今さらでもある。
「……誰でも自分がキレイになるチャンスがあるなら飛びつくじゃない? それで自分と向き合ったり、もっと美しくなりたいって追求し始めたら、忙しくなってそれまで夢中になってたものから目をそらすかもと思ったの」
まじないで作り上げた美はまやかしだ。けれども化粧の一種だと思えばいい。
「なるほど。特出したあの子を引っ込めて、周りを上げるんですな。そうすれば自然と人は引いていく」
うんうんと頷きながらギルド長は核心をついて来た。そう、結局はそういうことだ。
「バカなことやってると思う? あたしの完全な押し付けよね」
「本人がそれを望んでいるのならいいと思いますよ」
「……そうね。望んでいたら、ね」
話はそこで終わりにし、ギルド長達は帰って行った。こうやって週に一度、彼らはうちを訪ねてくれる。クライブとトーマスも三日に一度は遊びに来たり仕事を頼まれてくれるし、なんと言ってもセシルが居るから私は寂しくなる暇がない。一人でテーブルに座ってボーッとする。こんな事っていつぶりかしらね。ギルド長達と食べたパンはおいしくてお腹が満たされたのもあって眠たくなってきた。時間はまだお昼をいくらか回った頃。ちょっとお昼寝しようかしらね。私は小さくあくびをしたあと、テーブルに突っ伏して目を閉じた。
◇
トントンと扉をたたく音で目が覚めた。誰だろう。半分寝たままの頭でよろりと立ち上がり、ふらふらしながら玄関まで行くとそのまま扉を開けた。
「……不用心だな」
「あら、サムじゃない」
そうそう我が家にやってくるのはこの失礼なグスクーニア家の侍従もいたわ。
「なんだその間の抜けた顔は。と言うかいつもの奴はどこに行った」
「今いないわ。人が気持ちよくお昼寝してたのを邪魔してくれたからこんな顔なのよ」
まだ眠たい目をこしこしと擦ると、サムはふんと鼻を鳴らした。
「おまえ宛に手紙を預かってきた」
「あらご苦労さま。まあ入んなさいよ」
「そうさせてもらう」
最近はギルド長やヴィンセントがたくさん物資をくれるから、わが家の食糧事情はいたって良好だ。なんだけど料理をする人間がスープしか作らないものだから充分に活かしきれていない。お茶を用意しながら今夜の夕ご飯をどうするか考えて見たけど、やっぱりスープ一択だ。
「はい、お茶でもどうぞ」
「どうも」
サムがテーブルに差し出したのは三つの手紙。送り元はフィリップ、ロイ、そしてヴィンセントになっている。
フィリップの手紙には、今は忙しくてこちらへ来る余裕が無いとの旨が書いてあった。そして落ち着いたら必ず来るからよろしくねとも。ロイからは普通に暑中見舞いと最近の安否をうかがう内容だった。セシルのおかげでとどこおりなく過ごせてるわよ、ありがとう。
「あとはヴィンセントね」
「ありがたく読め」
「はいはい」
「返事がなっとらん」
「小うるさいのも主人そっくり」
「なっ……」
折りたたんであった紙をぺらりと拡げると、見慣れたヴィンセントの文字がつらつらと並んでいた。
「……優勝を条件に休暇の短縮を希望したですって? ちょっとサムこれどういうことよ」
「俺にはわかりかねる。ただ若様はそれを目標に鍛錬を始められた。とてもやる気でいらっしゃる」
「シェフィール領から猛者が集まってくるんでしょう? 優勝って難しいんじゃないの」
「昨年出場された剣技部門は惜しくも三位だった。優勝は手の届かない距離ではない」
「意外にすごくてびっくり」
「なら恐れおののき崇めたてまつって身を引け」
「確かにいい体してたものね」
「は? お前、若様のお体を見たのか?」
「ふふ」
「——クソ! この痴女め!」
ぎゃーぎゃーわめくサムを無視して続きを読むと、その大会の前後でこちらに来ないかとのお誘いの言葉があった。前に約束した食事を一緒にってことらしい。
「……あんまり気は進まないわねぇ」
セシルと話をしてから余計に意識してしまう。彼に懐かれているのがわかるから、安易に誘いに乗ってはいけない気がした。だけどしゅんとしたヴィンセントを見るのも忍びない。うーんどうしよう。
「ねえ、返事を書くからここで待ってて。今日はどうやって来たの? 馬車?」
「十秒で書け。はるばる三時間かけて来てやったぞ」
「じゃあまだもう少し時間はあるわね」
フィリップとロイへの返信は早く書けたんだけど、やっぱりヴィンセントへの手紙はなんて書こうか悩む。
「おい痴女、あの物騒な侍女はいつ帰ってくるんだ」
不機嫌な侍従はしびれを切らして言った。セシルは今朝から領都に行ったのだからそう早くは帰ってこない。
「んー、明後日とかじゃなかったかしら。さて、もうそろそろサムの口の悪さをヴィンセントにチクっちゃおうかしらね」
「それは申し訳ありませんでした魔女様。ただ私はうら若きレディが夜を一人で過ごされるのは大変心配なのです。どなたかいらっしゃらないので?」
胡散くさい笑顔を貼り付けたサム。主人に言いつけると言ったらこれだ。まったくいい性格をしている。
「……別に、今まで一人だったんだから平気よ」
「ならば重々お気をつけなさいませ。私のような男を無闇やたらと家にあげてはなりません」
「セシルから言われてたわ、サムは家にあげなくていいって。さっきは眠たくてつい出ちゃったの」
「その油断が命とりです」
薄いそばかすを散らしたサムは、控えめだがきれいな顔をニコリとさせると私に向かって手を伸ばした。なにをする気かと思ったら、この侍従、容赦なくデコピンをかましてくるではないか。
「いたっ!」
「脳天を貫けなくて大変残念。私、馬の様子を見に外におりますので、お手紙を書かれましたら声をおかけください」
そう言うとすたすたと歩いて外へ出てしまったサム。じんじんと痛むおでこをさすりながら、私はヴィンセントへの手紙に『あなたの侍従はいい性格してるわね』と書いてやった。





