85話◇騎士は見破られる
力自慢大会まで一ヶ月をきったある日、休暇のはずなのだがなぜか私は領城に呼び出された。小さめの会議室に集まったのはマリアとまじないの話をする時のメンツだ。フィリップと工房長のジャックは顔色が悪いのに目がギラギラしている。キノコの繁殖やまじないの研究開発に忙しくしていると聞いたが……妙に迫力があって下手に話しかけたら怒られそうだ。
「みんな、急に集まってもらってごめんね。実はカルバートンからある条件と引き換えに、新しいまじないのレシピを譲り受けた」
「レシピ?」
やはり食いついたのはフィリップだった。しかしまじないのレシピとはどういう意味だ。作り方だけ教えてもらったということだろうか。
「条件とは材料である魔草の取り引きを向こう三年間、カルバートンと独占契約すること。まあこれに関しては私としては問題ない。他の地方がくやしがるだろうけどね」
「カルバートンねぇ」
「まあマリアが裏でからんでいると見て間違いない。彼女は我々と専属契約しているわけじゃないからね。うかつだったよ」
フィリップの含みのある言い方に領主様がピシリと返した。あの魔女がわざわざ他人と組むことが意外だということだろうな。
「問題はこのまじないの内容だ。はっきり言ってとんでもないよ。まあ、まずは実物を見てほしい」
領主様は部下に手配させると会議室のテーブルに合計八点の装飾品を置いた。髪紐が二本、リボンが三本、付け襟がひとつにチョーカーがふたつ。どれも繊細な仕上がりで庶民むけではなく富裕層に焦点を置いてあることがわかる。私は付け襟を手に取るとその刺繍部分を指でふれた。意外と刺繍というのはその人の個性が出るのだと最近気づいたのだが……
「これはマリアが作ったものか」
私がぽろっともらすとその場の全員の視線がささった。む。居心地がわるい。「やっぱりな」と領主様は苦笑し、その場で立ち上がった。なにをするのかと思ったら着けていたタイを外し、テーブルに乗っていたリボンを手に取ると首元にくるりと回して襟元で結んだ。とたんに領主様の雰囲気が変わる。にぱっと笑うと、領主様はおもしろそうに口を開いた。
「さて、おじさん格好よくなったと思わない?」
おどろきだ。まじないの効果なのか、領主様はいつもより洗練された気がする。涼しげな目元はキレが増し、元から器量よしなお人だけどさらに磨きがかかったような。
「……すごい。新しいまじないって、見た目が変わるの?」
「カルバートンのギルド長いわく、これは『魅了』と言って外見的な魅力がアップするまじないだ。これらの装飾品は特別製で効果が強いそうだよ。特にそのチョーカーと付け襟ね」
領主様はこのアイテムがもたらす経済効果をかんたんに語った。これを欲しがる貴族たちは多いだろう。見栄を張りたがるのは老若男女みな同じで、このテーブルにある八点だけでもずいぶんと稼げると言う。工房長とフィリップ、領主様は商品展開としてこういうのが可能だ、こういうのも出来そうだと鼻息を荒くしていた。顧客層や他領への出荷など、どんどん話が大きくなっていく。つまるところ、わがシェフィール領は外貨を稼ぐ最高のツールを手に入れたわけだ。『護身』『来幸』『厄除け』は一般層にひろく普及が可能であり、武官や職人むけの『豪腕』、開発中の『暗視』『強脚』だって需要は高い。しかしなんといっても収益がいいのは、富裕層相手に付加価値の高いものを売ることだ。つまりこの『魅了』をつかった装飾品。
「これはレース自体が全てまじないの糸なのかな? それにしてもよくできてるよね。レースはフェルメール領の独壇場で、その技術は門外不出とされているんだ。これはどうやって作ったんだろう。わが領でも生産ができたらすごいんだけどな」
レースで作られたチョーカーはシンプルだが作りは繊細だ。これもマリアが作ったんだろうか。なんだか想像がつかないな。あいつだったらもっと飾りを入れそうだ。
「ねえヴィンセント、ちょっといい?」
フィリップが話しかけてきたので振り向くと、私の元へ来て着けていたループタイをするっと外した。そして手際よく『魅了』のリボンを結び、注意深く私を見つめる。
「うーん……もう少し」
もうひとつリボンをとって今度はスカーフのように直接首にぐるっと巻いて結んだ。一体なんだ、めちゃくちゃだろこれ。
「あとちょい」
そしてなにを血迷ったのか、さらにもうひとつリボンを取ると頭に巻いた。カチューシャのように真上で結ばれたとあってはさすがに文句も言いたくなる。
「フィリップ、なにをしてる」
「うん、これくらいかな。ねえヴィンセント、こっち帰って来る前に師匠からなんかお守りもらったでしょ」
どきっと心臓がはねる。別に後ろめたいことはないが、とっさに左手を背に隠してしまった。
「魅了のリボン三つ使ったら、皆がひれ伏して崇め奉っていた見覚えのある君にだいぶ戻ったよ。この意味わかる?」
フィリップがじっと私を見つめる。……今ならわかる。周囲の様子から薄々感じてはいたが、魅了の効果を目の当たりにしてなおハッキリした。まじないには相反する効果がある。きっと私が持っているものは、魅了とは反対の効果を持つものだ。指輪をはめてもらった時、マリアの見せた申し訳なさそうな表情を思い出した。
「私のためになるかわからない、嫌だったら外していい。でもこれで生きやすくなるかもしれない。……マリアはそう言っていた」
「効果を知っても君はそのお守りを使い続けるの?」
「私はこれを気に入っている。手放したくはない」
後ろに隠した左手に力が入る。周囲がどう思うかは知らないが、私はこれで少しばかり暮らしやすくなった。普通に町を歩ける、買い物ができる、挨拶を交わすことができる。責められる言われは全くない。でもなぜだか彼の表情を見るのが少しだけ怖かった。思い切って正面を向くとフィリップは白い金髪をさらっと揺らし、優しくほほ笑んでいた。
「そっか。君らしくていいと思うよ」
フィリップと最後に会った時は不甲斐ない私に怒っていたし、その前も何かとすれ違いで会えないことが多かった。久しぶりに見た彼の笑顔。私は胸が熱くなる。フィリップは私に巻いたリボンをとりながら、小さな声で謝ってきた。
「この前はひどいこと言ってごめんね」
「……言ってくれなきゃ知らないままだった。むしろ礼を言わなきゃいけない。ありがとう」
「いいさ」
おたがいに軽く抱きあって背中を叩いた。はなれて笑いあっていると領主様と工房長がなにか尊いものを見るような目で私たちに視線を送っていることに気づく。なぜかイラッときたので私は笑顔をけして席に座った。やめろ、見るな。青春だねって視線をよこすな。キッとにらむとおじさん二人はしぶしぶ引きさがった。
それからしばらくの間、この『魅了』のまじないについて話し合い、その場は解散となった。そして帰り際には手紙を預かった。領主様とフィリップからマリア宛に。自分たちで送ればいいのにと思いつつ、またマリアの所へ手紙や荷物を届けるいい口実ができたのでよしとする。
「マリアと離れて一ヶ月以上経ったね。どうだい、領城勤務に戻ってくれるなら休暇は終わりにしてもいいけど」
「お断りします」
「つれないなぁ」
城を出ようとすると領主様がエントランスまで送ってくれる。言われたのはマリアの所に戻らないなら職場復帰していいとのこと。しかし私は即答で断った。そういうのは義理をかくようでいやだ。
「早く休暇を終えたいんですがどうしたらいいですか」
「無理しなくていいよ。休んで休んで 」
「なら力自慢大会でよい成績が残せたら体調は万全になったと見なしていただけますか。半年から三ヶ月の短縮を希望します」
「……えー」
立ち止まって領主様を真正面から見つめる。こういう交渉ごとは苦手だ。駆け引きなどできないからストレートにぶつけるしかない。断られてもともと、言うだけ言っていいじゃないか。
「具体的に、いい成績って?」
領主様は眉根を寄せながら私に問う。よかった、話は聞いてくれるみたいだ。
「前回は剣技部門で三位でした。同等以上の成績なら体調は万全であると証明できると思います」
「誰に負けたんだっけ」
「……ディーバです」
あの筋肉バカは腕力部門でも優勝したって言うのに、翌日開催の剣技部門でも勝ちをかっさらった。恵まれた体格にあぐらをかくことなく努力を重ね、いつでも熱い闘志を忘れない。ディーバは間違いなく武官になるために生まれてきた男だ。
領主様はにっこり笑う。
「剣技部門優勝。これ以外は認めない」
やはり簡単には許してくれなかった。ディーバに勝つのは並大抵のことではない。領主様といい、ディーバといい、腹をすかせたクマに勝負を挑むキツネの気分だった。





