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魔女と騎士  作者: 猫の玉三郎


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84話◆魔女は料理人に驚く

 ギルド長に頼まれた貴族向けのまじないはいい感じに仕上がっている。糸は自分で作ったし、布は前にロイにもらった高級品や新しく仕入れたものがある。現貴族夫人であるセシルの意見を聞き、グスクーニア家のお屋敷で見た奥さまのお姿を参考にして十分に通用する品になったと思う。そして今回の目玉はこれ。


「いやーセシルってばすごいわ。私には理解不能」

「慣れたら簡単だぞ」


 そう言いながらセシルはかちゃかちゃと糸巻きを交差させてピンを刺していく。ほんと、動きが早すぎて私には何がなんだかサッパリわからない。なのに少しずつレースが仕上がっているから不思議。約四センチ幅の美麗なレースがすでに三十センチほど出来上がっていて、これは後でチョーカーになる予定だ。


「私には針と糸一本でそれだけ美しく仕上げる方が不思議だ。マリアは絵心がある」

「そうかしら」


 私が今刺しているのは付けえりの刺繍だ。ドレスに合わせると華やかな雰囲気を出せるし、まじないとしてのつけ外しも簡単だ。小さくてすむし、試供品として売り出すのにはちょうどいいだろう。すでに完成しているのは髪紐が二つとリボンが三つで、これは簡単に出来上がった。付け襟は一つ、チョーカーはあのペースなら二つはいけそうだ。


 ひと段落ついたところでお茶を入れようと準備していたら玄関のドアがたたかれる。来客だ。誰だろう。


 セシルに出てもらうと、そこにはいくらか健康的になったサムがいた。ヴィンセントの忠実な侍従は、柔らかそうなブラウンの長い髪を後ろでひとつに結び、上等なローブをまとって静かにたたずんでいた。


「……息災か」

「おかげさまでね」

「うっかり死ねばいいのに」

「それがなかなか死なないのよ」


 セシルの前でも取り繕わなくなったヴィンセントの侍従は相変わらず口が悪い。でも私もたいがい口が悪いので気にすることなく応戦していると、すっとセシルが前に出た。


「マリアに対してなんという口の利き方をする。慎め」

「やだセシルかっこいい」


 つい漏れた本音に、侍女も侍従もあきれた視線を向けてきた。それからサムは一度息を吐くと、ぺこりと頭を下げた。


「失礼いたしました。わが主人より魔女様へ先日のカカオのお礼をお持ちしました。どうぞお受け取りください」


 ぱんぱんと手を鳴らすと、二人の従者が荷物を運び入れてくる。前回と違って大きな木箱ではなく……


「——鍋?」


 思わず言葉がもれたその時、筋骨隆々の男が話しかけて来た。なんか動きが妙にくねくねしてる。


「あら、あんたあの時の魔女? ぜんぜん雰囲気ちがうじゃない。魔女って普段エプロンしてるの?」

「失礼ね、ちゃんと家事をしてる証拠じゃない」

「それもそうね、ごめんなさい。おほほ」


 これまたスゴい人来たな。近くにいたサムは盛大にため息をついた。


「モルツ、ちょっと黙っておけ」

「はぁーいん」

「……ちっ。若様は魔女様がちゃんとした食生活を送られているか心配されている。屋敷の料理人が腕によりをかけたシチューやパン、それからいくらか食材と例のカカオの菓子を持ってきた。このモルツは料理人の一人で、カカオのレシピ全てを担当している」


 なるほど。たっぷりあるからクライブたちも呼ぼうかしら。


「マリアちゃんって呼んでいかしらん?」

「いいわよ」

「オーケー。じゃあマリアちゃん、ちょっとお鍋を置きたいんだけど、厨房……じゃないわね。台所どっち?」

「あっちよ。セシル、案内してくれないかしら」


 他のものはテーブルに置いてもらうように頼んだ。もう一人の従者は普通の人で、パンの入ったバスケットやフルーツ、チーズなんかを置いていってくれる。おいしそうだ。ありがたやありがたや。


「おまえ、若様に足向けて寝るなよ」

「どっちの方向かわかんないわよ」

「あっちだ」

「残念、そっちは足を向けてるわ」

「殺す」

「やってみなさいな」


 即座に屋敷の方角がわかるって怖くない? そんなことを考えながらサムに拳で頭をグリグリされていると、突然台所から「いやぁぁああ!」と野太い咆哮が聞こえてきた。


「え、なに?」

「ああクソ、だからアイツの同行は反対したんだ」


 サムと二人で台所へ向かうと、そこには巨漢の男が私が愛用している火鉢を前に尻もちをつき、さらにくねくねしていた。セシルは完全にドン引きしている。


「やだあんたなによコレ!! このすんばらしい火鉢、っていうかこの石!! はじめて見たわ! こんなに安定した火力が出せるなんて、あきれるほどすごいんですけど!!」

「あー……」


 アルバート産のあれね。うん、便利よね。私も重宝しているもの。くねくね筋肉は唾を飛ばさんばかりの迫力で私に質問してくる。


「あれはなに? どこのものなのっ!?」

「えーと……アルバート産」

「どこそこ地名? 聞いたサム、アルバートですって!!」


 地名もなにもヤギの名前だけどね。くれって言われても困るわ。


「うるさい黙れ。いったん落ち着け。おい魔女、うちの従者が失礼した。料理に熱心なやつなんだ、目こぼししてくれると助かる」

「いいわ。まあ珍しいものではあるものね。今まであんまりアレに反応した人がいなかったからちょっとビックリしただけよ」

「……そうか」


 サムがそう呟けば、くねくね筋肉がガバッと顔をあげた。やばい、またすごい熱量で語りそう。そう思った矢先にセシルが素早く動いて、そのまま巨漢はゆっくり床に倒れた。セシルがなにをやったのかはよく分からなかったけど、どうやら意識を失っているらしい。


「大丈夫。ちょっと静かにしてもらっただけだ」

「やだセシルかっこいい」

「ふふ、二回目だな」


 意識が戻ったら厄介だと言うことで、くねくね筋肉はもう一人の従者に引きずられて馬車へ強制送還されていった。鍋は火にかけて温まればいいとの事なのでたまにかき混ぜながら火の番をする。どうせだからとセシルはクライブ達を呼びに行ってもらったが、サムを信用していないのかジロリとにらみながら出て行った。まあ近いしきっとすぐに戻ってくるだろう。


「鍋やバスケットは後日取りに来る。ここにあっても邪魔だろうからな」

「助かるわ」


 サムはテーブルに行き置いてあった小箱を開けながら戻ってきた。中には黒っぽくて小さいものが入っていて、それをひとつ摘むとサムは私の口に突っ込む。ちょっと、こういう所もヴィンセントそっくりね。レディにすることじゃないわよ。


「味を教えろ。若様が気になっておられた」


 いきなり過ぎるわよ。まったく。急にそんなこと言われても味なんてわかるわけ……やん、おいしい! 口の中には芳醇な香りと甘さ、苦さが広がり徐々にカカオが溶け出していく。かめば甘ずっぱくてさわやかな風味が……これは……柑橘系?


「オレンジピールのカカオがけだ」

「おいしい! 大人の味!」


 知識として知ってはいたけど、カカオを食べるのは初めてだわ。思ってた以上に香り高くてとってもおいしい! 興奮して目をキラキラさせていたら、なぜか間近に迫ったサムに顔をつかまれた。ほっぺたが潰れて唇がとがる。


「にゃによぅ」


 サムは私の顔をあっちこっち向けてながめている。ふん、どうせ『お前みたいな不器量、若様に相応しくない』とか言うんでしょう。はいはい、わかってますよーだ。


「ふん」


 なにか言われると思いきや、サムは手を離した。ふっと視線を反らして、明日の天気の話をするかのようにサラッとすごいことを言ってくれた。


「若様に今、縁談が持ち上がっている。あのように全てが素晴らしいお方だから縁談なんぞ腐るほど来てるんだが……旦那様が今回は前向きに検討されている」

「……そう」

「ご結婚が決まったらお前はどうする」

「別に、どうもしないわ」

「愛人として召し抱えると言われたら」

「ヴィンセントはそんなこと言う人じゃないし、そもそもそんな話お断りよ。大体あんたが言ったんでしょ、ヴィンセントとどうにかなるのは許さないって」

「それはそうだ」


 自信満々の顔で言われた。なによそれ、おかしい。その真っ直ぐな気持ちがうらやましいわ。


「ああ、でもそうね」


 私はサムの手を取って自分の首に当てがった。上からぎゅっと握れば首が締まり、サムが驚いた表情をする。


「ヴィンセントが騎士じゃなくなったらつまんないわ。もう生きてるのも結構疲れたし、あなたがいいならあたしを殺しに来てよ」


 にこりと笑いかけると、サムの薄いグリーンの瞳が不安げにゆらゆらと揺れた。その瞳に映る赤毛の女は、ひどく蠱惑(こわく)的にほほ笑んでいる。


「なるべく苦しくない方法がいいわね」

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