83話◆魔女は馴れ初めを聞く
天気がいい午後の昼下がり、家の中で刺繍をしているとクライブが来た。トーマスはティナちゃんと遊んでいるらしいので一緒じゃない。残念。
「ちょっと腕だせ、マリア」
「なぁに?」
言われるがまま右手を出すと、クライブはパパッと何かを手首に回して紐をぎゅっと結んだ。
「マリアに幸せが訪れますように。……ほれできた」
見てみると小さな緑色の石がひとつ付いたブレスレットが結ばれていた。どうやら来幸のまじないがかかっているみたい。
「お前の騎士様から預かった。誰もマリアにはお守りをやらないだろうから、って。 よかったな」
「え……ちょっと待って、ヴィンセントと会ったの? いつ?」
「おとといだ。世話になったって土産を持ってきてくれたんだ。その時に預かったよ。マリアにはまだ会えないからって言ってたぜあの人。ちょびっと会うくらいならよさそうだけどな」
「……そうなのね。あの人は真面目だもの。きっと自分が納得いかないと、どんなに近くに来ても会ってくれないわ」
「そうみたいだな。でもお前に会いたそうだったぞ。そんでお前がどうしてるか教えてくれってんで、心配いらないって言っといた」
もう、ヴィンセントったら。私は手首にある小さな石を指でなでた。きれいな緑色。彼の瞳の色と一緒ね。
「これはヴィンセントからなのね。なんだか照れちゃうけどうれしいわ」
確かに、私は自分でまじない作れちゃうから誰かからもらうって発想がなかった。そっか、誰かからお守りをもらうってこんな気持ちなのね。本当にうれしい。ヴィンセントの優しさに頰が緩むのを感じた。離れていても、私を守ろうとしてくれる彼の心遣いにジンと胸が熱くなった。
「なあ、お前が今までもらった物の中で、何が一番うれしかった?」
にやっと笑ったクライブが質問してきた。なんだか悪巧みしている顔だ。
「なにそれ、突然ね。……そうねぇ」
ぱっと思いつくものは、全部ヴィンセントにもらったものだ。昔々にもプレゼントをもらったことはあったけど、あの時はぜんぜん心がうごかなかった。なんででしょうね。
「ヴィンセントがくれる物はなんでもうれしいわ」
そう答えると、クライブは笑った。なんであなたがうれしそうな顔するのよ。いったい何の意味があったのよ。
「……じゃあ、いっぱいたからないとな」
「あら失礼ね、たかるなんて事はしないわよ。たぶん」
「たぶんかよ」
「お菓子は別口よね」
「はいはいそうだな」
要件はそれだけだったらしく、クライブは帰って行った。今度またきてくれるだろうから、その時には特別に私のお菓子を出してあげよう。すると様子を見ていたセシルがすすすと近寄ってきた。私の腕にあるブレスレットをのぞき込むと、うらやましそうな目で見つめてくる。
「ヴィンセント殿はマメだな。私の夫はこのようにプレゼントなどしないぞ」
「そのぶん愛情表現が直球だものね」
「うぐぐ……私ももらってみたい」
「セシルの旦那さんならきっと欲しいって言ったらちゃんとくれるわよ」
「……そうだな。私はその欲しいっていうのがうまく言えないんだ。そこからだな」
「ふふ、精進あるのみね」
私はついニマニマとだらしのない顔でブレスレットをなでていた。だって嬉しいんだもん。ヴィンセントがつけてくれたらもっとよかったのにな。ああ、クライブが不服って意味じゃないのよ。ただ用意してくれたのはヴィンセントだし、ほら、ね?
「マリアはヴィンセント殿が好きか?」
不意打ちの質問にドキッとした。どう答えようか迷いつつも、ここは変に意地を張らずに自分の気持ちに素直になるべきかと観念する。
「好きよ。恋とか愛とかはわからないけど、人として好き」
「じゃあ、ヴィンセント殿もマリアが好きで、恋人になってくれって言われたら?」
「……逃げる」
「なぜだ? ヴィンセント殿なら絶対に大事にしてくれるぞ」
ここでセシルにぜーんぶブチまけられたらどんなに楽か。でもそれはできない。私はテーブルの木目を指でいじりながら、スネたように口を開いた。
「もうね、傷つきたくないの。あたしってば意外と臆病なのよ。傷つくってわかってるなら最初から近寄りたくない。恋愛関係は特にそう。だから絶対に深入りしないって……そう、思ってたんだけど」
どう考えても、彼に肩入れし過ぎている。自分でも困っちゃうくらいに。最初は本当に仔犬ちゃんぐらいにしか思ってなかったのにな。離れるのがさみしくて悪あがきするくらいには足を踏み込んでいる。手を伸ばされたらつかみたくなるくらいには信頼している。
「予想外にヴィンセント殿に心を預けてるんだろう」
「なんでわかるの」
「私も似たような感じだった」
うんうんと頷くセシル。そうね、この人たちも波乱万丈だわ。
「なんであなた旦那さんと結婚を承諾したの? 障害なんててんこ盛りだったでしょう」
「たぶん最初はマリア以上に抵抗していたぞ。そもそも殺そうとしてたし、そんな相手から好きだなんだと言われても殺意しか湧かなかった」
そりゃそうでしょうね。なにがどうなって結婚に転がり込んだのやら、それこそ一冊物語ができるんじゃないかしら。
「私はそこそこ腕がたつと評価されていたのだけど、ディーバには全く通用しなかった。返り討ちにされて殺されると思ったよ。初日は無力化されたあと縄で体中を縛られ口も布をかまされ、なぜか同じベッドで朝まで寝させられた。私を始末しようと思えばできたのに、奴はしなかった。この上ない屈辱だった」
うーん、しょっぱなから壮絶。でも人の恋話って聞くの楽しいのよね。そのあとも根掘り葉掘り聞いていくと、やっぱり最終的にはどうあがいてもくつがえせない強さとストレートな愛情表現に根負けしたらしい。ただ心は折れても結婚となると話は別だったとセシルは言った。
「この際ディーバに心を許したのは認めたが、こんな私を妻にしたいとか心底あいつの脳みそは筋肉で構成されていると思ったよ。曲がりなりにもあいつは貴族で、しかも人望厚い騎士団の副団長だ。私が隣にいることなど許されない。そう思って、逃げたんだ。あいつの元から」
私とヴィンセントの状況は違うけれど、セシルの気持ちはわかる。そもそも住む世界が違いすぎるのだ。
「だけど捕まったのね」
「そう。なぜか追いかけてきて捕まった。愛の力とか野生の勘とかいろいろ抜かしたが、あれほどアホなことはなかった。仕事も放ってきたとか、あり得ない。それであきれて放心してたら言われたんだ。いざとなったら、俺を殺していいって」
「……へ?」
「バカだろう? 結婚してもし私が耐えきれなかったり約束をたがえたら、その時は自分の首を持って元の職場に帰っていいって言ったんだ。冗談だと思ったけど、奴は本気だった。怒った私はナイフを首に突きつけたよ。そしたら今まで散々返り討ちにして私をもてあそんだくせに、その瞬間から一切抵抗しなくなったんだ。ディーバの首から垂れる赤い血を見た時に、私は奴の求婚を受け入れた。……それだけの覚悟があるのなら、私もそれを返さなきゃって思ったんだ。もう情は湧いていたしな。ついでにいつでも殺しに来ていいときたなら、もう受けなきゃ女がすたるってもんだ」
言い切ったセシルはふんと鼻を鳴らした。スゴいわ。これだけ参考にならない恋話はないわね。文字通り命をかけた求婚。さすがにヴィンセントと殺し合いはしたくない。でも——
「……覚悟か」
大事なのはやっぱりそこなのね。
「覚悟だな」
「あたしへタレなの」
「精進あるのみ」
「うう……」
自分でも矛盾していると思う。好ましく思っているけれど、近づくのが怖い。それはヴィンセントに問題があるわけじゃなくて、私自身が異端な存在だから。もし正体を知ってがらりと態度を変えられたら……きっと心が耐えられない。
それに恋人になってほしいって言う彼が想像ができなかった。そんなふわっとした関係、真面目なヴィンセントはきっと望まない。きっと彼の愛情は温かくて強くて、真っ直ぐだ。
今の私には、それを受け止める覚悟はない。





