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魔女と騎士  作者: 猫の玉三郎


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82話◇騎士は秘密に近づく

 しばらく待つとばたばたと床をならして寝ぼけまなこのヒゲもじゃ男が現れた。いつもやさしげに垂れた目元が余計に垂れている。


「え、まじでヴィンセント様じゃん」

「入っていいか? 土産を持ってきた」


 酒や肉やチーズを入れたカゴを見せると、クライブは両目をカッと見開き、あわてて両手を大きく振った。


「え! ちょっ! なんで貴族のヴィンセント様が俺の家なんかに! せまいですって!」

「私はかまわん。それとも他人を入れられないほど散らかっているのか?」

「いえ、そんなわけじゃないですが……」

「じゃあほら入ろう。私も疲れた」


 これぞ貴族という横暴さを見せつける。普段は人にあまりこういうことを言わないのだが、なぜかクライブの慌てる様子がおもしろくてついからかってしまった。


「くぅ、わかりましたよ、あとから苦情は受け付けませんからね!」

「そんなことは言わないから安心しろ」


 案内された部屋はさっぱりとしたものだった。マリアの家は庶民のつくりながらもタペストリーなどの装飾品があって華やかだったが、男所帯だからなのか必要最低限の家具と暖炉がある感じだ。


「うむ、こういうのも悪くない」

「そりゃよかったです。お茶なんて洒落たもんは出せないですけどいいですか?」

「かまわん。あ、酒ならあるぞ。前はいろいろと世話になったからな。感謝の印だ、よかったらもらってくれ」

「こりゃこりゃご丁寧に、どうも。じゃあいっちょ呑みますか?」

「いいな」


 昼間から男二人で酒を飲む。別に特別いい酒でもないはずだけど、うまい。


「マリアん所はもう行きました?」

「……いや、今日は行かない。まだ会えない」

「なんでまた」


 私はちびちびと酒を飲みながら、倒れた日の前後やことのてん末を語った。結果、お互いのためにしばらく離れることになったことも。


「なんかキレイな人はそれだけで得しているって思ってましたけど、いろいろあるんですね」

「普通がいちばんだ」


 クライブの人のよさなのか、酒が入っているからなのか、目の前のヒゲもじゃ男は話していて楽しい。気づけばクライブが奥さんに逃げられた話や、普段どうやって暮らしているか、はたまた私が女性からもらった変なプレゼントランキングの話になった。


「いやー、木彫りのご令嬢はスゴイですね」

「あれは大きかったな。どうしたらいいか使用人に相談したら、暖炉にくべられた」

「はは! じゃあ逆にもらっていちばん嬉しかったのは?」


 しばらく考えてみた。小さな頃から両親やまわりの人からたくさんの物をもらった。誕生祝いにとエリザベスが我が家に来た時もうれしかったし、騎士への叙任祝いとして譲りうけた甲冑もうれしかった。マリアからのお守りだってうれしい。


「……いちばんは決められないな。さっきは普通がいいと言ったが、私はかなり恵まれている。たくさんの人から大事にされて守られてきたからな」

「そう思えるヴィンセント様は、すごくいい人だ。俺だったら調子に乗ってすごく嫌な奴になりそう」

「そうか? お前は面倒見がよくていい奴だ。子どもを持つとそうなるのだろうか」

「うーん、どうですかねぇ。でもヴィンセント様だってそうですよ。マリアが誇らしげに言っていましたから。お茶を淹れるのが上手だったとか、あるものでパパッと美味しいおやつを作ってくれたとか、そりゃあもう自慢してくるんですから」

「……そう、か」


 かぁーっと熱が顔に集まってくる。クライブめ、不意打ちはズルいぞ。見られたくなくて両手で顔を覆っていると、ヒゲもじゃ男がくすくすと笑う。


「ヴィンセント様は、マリアがお好きなんですね」


 指と指の隙間からジトッとした目でにらんでも、クライブはどこ吹く風だ。悔しいので私は酒の入ったカップをぐいっとあおった。だん、と強くテーブルに置いてから開き直る。


「……そうだ。悪いか?」


 私の言い方が意外だったのか、クライブは酒で赤らんだ顔をきょとんとさせ、それからぱちぱちと数回瞬きをした。そして少し悲しそうに笑った。


「俺は、マリアにも幸せになってほしいと思ってます。その相手がヴィンセント様なら文句なしだ。……でもあいつにもいろいろあるんです。ああ、ダメだ。これは酒を飲んでする話じゃない」


 クライブは残った酒を一気に飲むと、カップをひっくり返した。これは飲み席はもう終わりの合図だ。


「きっとマリアの秘密を誰より知っているのは俺です。もしあなたがマリアに一歩踏み込みたいのなら、また改めて来てください」


 真剣な眼差しのクライブにいつものやさしい雰囲気はなかった。マリアの秘密とはなんだ。彼女が自分で魔女ということと関係があるのか。知れるものならすぐに知りたい、明日にでも、と思ったところでクライブに釘を刺された。


「でも慎重になった方がいい。彼女は誰よりも秘密を知られることを恐れている。もしそれを知ったとマリアが気付いたなら、どこかに逃げ出す可能性だってある。知っているでしょう? マリアは意外と怖がりだって」


 私と同じくらい、いやそれ以上にマリアを理解していることにすこしだけ嫉妬にかられた。こんなバカなこと考えても無意味なのに。そう、大事なのはマリアだ。彼女を傷つけることはしたくない。だけどそれをも乗り越えて側にありたいと思う私は自分勝手だろうか。


「俺が教えたとバレても、きっと同じです。それくらい彼女の秘密は重い。生半可な気持ちじゃいたずらにマリアを傷つけるだけです。心してください」


 クライブの言葉が深く身体にささる。脳に刻まれる。……今のこの状況ではダメだろう。まずはマリアのもとに戻ることが先だ。カルバートンは居心地がいい。だがここでぬるま湯に浸かっていても、なんの問題も解決しない。ぬるま湯はなにもかも終わらせてからでも十分だ。


「お酒うまかったです。ありがとうございました」

「……いや、私も有意義な時間がすごせた。長々と邪魔したな。トーマスによろしく言っておいてくれ」


 私は立ち上がり、ルキースへ帰る準備をした。ふとポケットに入れていたブレスレットを思い出す。マリアの為に買ったお守り。取り出して手の上でいくらか転がしたあと、私はそれをクライブに託した。


「……そうだ。『ロアニス』という名を聞いたことないか?」


 この名は以前マリアがつぶやいたものだ。マリアと一番近いクライブなら知っているかもしれない。しかし彼は首を横に振った。


「誰だそりゃ」




 ◇



 屋敷に帰る頃にはすっかり暗くなってしまった。ずいぶん心配したとセブから責められ、母から泣きつかれた。先日のことがあるので素直に謝るしかない。もし泊まっていたら捜索隊を組まれるところだった。


「すまん、反省している。サムはもう謹慎をといて、私についてもらう。どこかへ出かける時は絶対に連れて行く。それでいいか」

「……仕方ありませんね。ちなみに本日はどちらへ行かれたのですか。まさかマリアさんにお会いに行ったわけじゃないでしょう?」

「マリアには会ってない。……ただ、世話になった人に挨拶しに、カルバートンへ」


 やましいことは何もしていないのに、ジロリとにらまれたら尻のすわりが悪い。挨拶に行ったのは本当だし、差し入れのついでにマリアにちょっとしたものを買っただけだし、それをクライブに託しただけだ。


「……左様でございますか。よろしゅうございます。さ、お召しものを改めてお夕食にいたしましょう」

「わかった」


 夕食は部屋で一人食べた。両親は食べ終わっていたから、わざわざあんな大きな部屋で食事をとる必要はない。準備をしてくれたのは早速謹慎明けのサムで、あいかわらずそつなく侍従としての仕事をこなしてくれる。見慣れた光景だが、彼のやせた体がひどく痛々しかった。


「サム、ちょっと」

「はい」


 ちょいちょいと手招きすると、牛肉のワイン煮込を大きく切り分けてサムの口につっこむ。はき出すわけにもいかず、目を白黒させながら、サムはもぐもぐと口を動かした。


「おいしいか?」


 大きく切り分けたものだから咀嚼そしゃくが間に合わず、サムはこくりとうなずく。


「なんでそんなに痩せたんだ。しっかり食べろ」


 この侍従は変にまじめだから、一緒に食べようと言っても絶対にそうしてくれない。だから昔からこうやって無理やり口元に持っていった。おいしいものを共有したい時や、サムに元気がない時、自分がお腹いっぱいで食べられそうにない時もそうした。


「これも。食べて私に味を教えること」


 小さなパンを半分にちぎってまた無理やり口に入れる。こう言えばサムは断れない。貴族の横暴ふたたびだ。


「ちゃんと体力を戻さないと、出先で私に置いていかれるぞ」

「……はい」


 結局私は横暴さを前面に出して、メインとデザートの半分をサムに食べさせた。胃に負担をかけさせたと思わなくもなかったが仕方ない。サムは私の自己満足の犠牲となったのだ。

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