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魔女と騎士  作者: 猫の玉三郎


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81話◇騎士は愛馬と駆ける


「エリザベス、私の都合でお前たちを離ればなれにさせて悪いな」


 馬丁にたのんで運動不足にならないように世話してもらっていたのだが、白い美馬のエリザベスのご機嫌はあまりよくない。


「どうにか機嫌を直してもらえないだろうか」


 ブラシをかけながら話かけてもエリザベスはツンとしていた。オブシディアンと離れたのがだいぶショックらしい。どうしたもんかと考えながら、私はひたすら白い毛並みをブラッシングしていった。今日はエリザベスと共に遠出する予定だ。乗馬する時につかう筋肉はランニングや素振りとはまたちょっと違うのでその辺りの鍛え直しも含めてである。


「坊っちゃん、ちょっといいかしらん」

「どうした」


 厩舎にあらわれたのは乙女な筋肉漢。その手に抱えられたものが「モルツ特性♡坊っちゃん遠征セット」と自己主張している。


「最近サムがうんうん悩んでるの。五日目の便秘かってくらい」

「……そういえばこの前も少し様子がおかしかったな」


 モルツから水筒や携帯食をもらいつつ、先日のサムの姿を思い出す。やつれて、顔には暗いものがあった。


「ええ。無口でなにを考えてるかわかんないけど、サムの一番はいつだって坊っちゃんなのよ。今回悩んでるのもきっとそれ。でもあの子は自分で乗り越えるから、坊ちゃんには見守っていてほしいと思って。きっと自分で出した答えを受け入れられなくて困ってるのよ。なんだかんだでサムは坊っちゃんが大好きで、坊っちゃんの望みは全部叶えたいと思っているから」

「……そうなのか」


 モルツやセブに見送られながら私たちは領都を出た。


 どこに行こうかと悩みつつ、結局はカルバートンへ向かう道へ来てしまった。マリアに会いに行くわけではないし、近くへ寄るにぶんには構わないだろう。日差しよけにフードを深くかぶり、手綱をしっかり握りしめる。季節は夏の盛りで、昼時はみんな木陰で休憩している姿が見えた。街路樹はみずみずしい緑の葉をしげらせ、畑の麦ものびのびとしていた。牧場を通りすぎれば柵越しに羊や牛なんかが顔をのぞかせる。時おり通行人がすれ違いざまに挨拶してくれた。


 きらびやかな社交界とは対照的な、素朴で人間味のある田園風景。こちらの方が好ましい。派手な見た目をしているくせに、実は派手な生活が苦手だったのだと知ったのはカルバートンに通うようになってからだ。こっちはこっちの苦労がきっとあるんだろうがな。


 最近外出しても以前のような不躾な視線をあまり感じなくなった。それだけでもずいぶんと心が楽だ。目があっただけで鼻血をだしたり失神されたら、さすがに私も申し訳ない。指を刺されることも、こっちを見すぎて転倒する人もいなくなってホッとしている。


 景色を楽しんでいたら、いつに間にカルバートンの入り口まで来ていた。どうしようか悩み抜いて、とりあえず医者の先生やクライブたちに礼を言ってなかったと口実を作った。エリザベスから降りて手綱を引きカポカポと一緒に歩く。もうだいぶ見慣れた町になってしまったな。差し入れのために商店街の並びで酒やチーズ、燻製の肉などを買ったのだが、驚いたことに普通に買い物ができた。いつもなら店主たちが動揺のあまり物を間違えたり釣り銭を多く渡したりと絶対になにかしら起こるのに。「兄さん男前だからこれオマケだよ」と腸詰め肉を一本もらってしまったくらいだ。


「すごい、私が普通の人みたいだ」


 感動が全身を包む。いい大人が買い物くらいで大げさかもしれないが、私にとってはそれぐらい衝撃的だった。調子に乗ってもう少し買い物がしたいと思い、以前よった民芸品店に立ち寄った。マリアになにか贈りたい。会えずとも、クライブに渡しておけばきっと大丈夫だ。そう思いながらエリザベスに待機してもらい、私は店内に入った。


「はーい、いらっしゃい」

「……邪魔する」


 どうしよう、普通に声をかけられた。内心ドキドキしながら私は女店主に声をかけた。


「すまない、女性に贈りものをしたいんだがどれがいいか見つくろってくれないか」

「贈りものですね、うふふ、カッコいいお兄さんにプレゼントされるってその人は幸せ者ね。……あら、もしかしてお兄さん、以前にもお会いしたかしら」

「……ああ、ここでハンカチを購入した」

「まあ、覚えていますわ! あの時は人外の美なる生き物がこの店に迷い込んだのかと思いましたのよ! あの時はちょっと気が動転してしまって申し訳ありません、いろいろと失礼をいたしました」


 ぺこりと腰を折る夫人。どうしよう、話が通じている。これはうれしい。うっかりニヤつく口元を片手で抑えた。


「あら私ったらすみません、贈りものでしたわね。お相手は奥さま? それとも恋人ですか?」

「……い、いや。えっと、知り合い?……いや友人、でもないな。その、特別な仲ではないんだ」

「あらそうなんですの? おほほ」


 夫人は商品棚をすいすいと歩きながら説明してくれた。


「お友だち関係なら服や高級なものはやめておいた方が無難ですわ。もらう方が負担に思うことがありますからね」


 ぐさっと痛いところを突かれた。ドレスをもう二着も送ってしまった。大丈夫だろうか。いやあれはあれでマリアはよろこんでくれたからきっとセーフだ。……セーフだよな?


「お友だちからもらって嬉しいのは日用品や食べ物ですね。あとはハンカチや少しお高いですけど石鹸とか」


 うん、ならこの間送ったものはセーフだな。セブに意見を求めて正解だった。でももう少し特別なものがないだろうか。


「例えばですけど、お友だち関係でもお相手の女性がお兄さんを好ましく思ってらっしゃるなら、こういうのもアリですわ」


 そう言って夫人が私に見せてくれたのは、小さな飾り石がついたブレスレットだった。シンプルで高級すぎないので、いつものマリアの格好にはよく合いそうだ。三種類あって青・緑・ブラウンの石がそれぞれ付いている。


「これはうちで作ったまじないのブレスレットです。『幸運』の糸を使っているから少しお高いですが、大事な方へのプレゼントとしてはぴったりですわ。まじないは自分で着けるより、誰かに着けてもらうほうが効果がありますからね。お相手に着けるまでが大事ですのよ」

「そうなのか」

「お兄さんだったらそうですね、こちらの緑の石はいかが? 自分の瞳と同じ色を贈ることで、憎からず思っていることが伝わりますわ」


 どうしよう。これをマリアに贈りたい。でもアクセサリの類はやめとけとこの間セブにも言われたし。視線の先にあるブレスレットは、糸だけで作ったものより少しおしゃれな感じだ。……うん、これはお守りだ。それならアクセサリじゃないし、大丈夫だ。


「じゃあそれを頂こう」

「はい、ありがとうございます」


 そうだ。あいつは他人にまじないをかけはしても、誰もあいつにはしない。全部自分で用意できるから。私が贈ろうとしているものも必要ないかもしれないが、やっぱり人からもらうのは心が温かくなるものだ。マリアは私にたくさんのお守りをくれた。私も彼女に贈りたい。



 ◇



 町医者を訪ねると、小柄で老齢の先生がいた。診察の礼と快復したことを伝えると、「元気そうでよかったわい」と笑ってくれた。差し入れにと酒と燻製肉を渡したらすごくよろこんでいた。あれはまだまだ長生きするな。


 まじないのギルドはすぐそこにあって、ギルド長であるローマン氏に会いたかったが不在とのことだったので、酒と書き置きを渡してギルドを後にした。あとはクライブのところだ。


「……ここに住みたい」


 思わず考えていたことが口から漏れた。誰も彼も、おどろくほど普通に接してくれた。気負わず萎縮せず興奮せず。それがどれだけありがいことか。エリザベスの手綱を握ってカポカポとゆっくり歩いた。


「ここに泊まったら……ダメだろうな。遠出だけのつもりで家を出たから、心配される」


 ぎりぎりまでカルバートンへいたいとの気持ちが強くて、エリザベスに乗っていけば数分たらずで行く道をわざわざゆっくり歩いて行った。小さな子どもたちがエリザベスを見に近づいてきたり、畑仕事をしていた農夫が挨拶してくれたり、どこまでも心和む平和な道中だった。


「あれ、エリザベス!」


 子どもの声が聞こえた。振り向くと男の子と女の子が手を繋いでこちらへ走ってくる。にこにこと近づいてきたのだが、私の存在に気づきハッとして急ブレーキをかけた。


「……もしかして、ヴィンセントさま?」

「そうだ。久しぶりだな、トーマス」


 しゃがんで目線を合わせると、私は笑って見せた。小さな子どもというのは可愛いものなんだな。


「元気になったの?」

「ああ、お前たちが世話してくれたからな。クライブは家にいるか? 土産を持ってきた」

「うん、パパは家でお昼寝してる」

「そうか」


 トーマスたちはまだ外で遊ぶらしく、その場で別れた。私とエリザベスはクライブの家に行き、昼寝なんぞ問答無用でドンドン玄関の扉を叩いた。


「クライブ、いるか? ヴィンセントだ」

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