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魔女と騎士  作者: 猫の玉三郎


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77話 ◆魔女は侍従と森へ行く

 ヴィンセントから二通目の手紙が来た。あいかわらず顔色の悪いサムが持ってきてくれたけど、この人、大丈夫だろうか。あんまり関係ないか、と思ったもののヴィンセントの顔が思い浮かんだ。小さく息を吐くと私はやつれた侍従に声をかける。


「サムって言ったかしらあなた。読んで必要ならすぐ返事をかくから、座って待ってなさいな」


 そう言うとサムは眉間のシワを深くした。警戒心まるだし。まったく、そういう所は主人そっくりね。


「大丈夫よ、とって食ったりしないわ。暖炉の前のソファにでも座ってなさい。セシル、この人にお茶を淹れてくれない?」

「わかった」


 私は自分の部屋に戻るとヴィンセントからの手紙を開けた。そこには彼の近況と、カカオの実が手に入らないかという打診があった。もちろんタダでとは言わず、おいしそうな食料品との交換でどうだと書いてある。


『おまえにこんなことを頼むのは気が引けるが、うちの料理人がカカオの実をたいそう気に入ってな。うまくいったらおまえの所にもカカオを使ったお菓子を持たせるつもりだ』


「うわー食べてみたいわー。でもカカオって森に行かないと手に入らないし、私一人じゃちょっと大変ねぇ。……でも最近セシルと一緒でなんだかんだ行けてないし、いいチャンスかも」


 あれこれと考えを巡らせた結果、私は森へ入るために動きやすい格好に着替えた。森用マントを自分でまとい普段使い用のマントを手に持って居間に戻ると、セシルに声をかける。


「セシル、ちょっとこの人と出かけてくるわ。留守をお願いしていい?」

「ちょっとマリア、こいつと出かけるって……前にナイフ突きつけた奴だぞ?」

「誤解は解けてるだろうから大丈夫よ。じゃあちょっと行ってくるわ。ねえサム、そういうことだから一緒に来てちょうだい」


 あ然とするサムの手をお構いなしにつかみ、玄関から出てうら庭に回り、それから森に足を踏み入れた。


「あ、このマント着てて。ここの霧って容赦ないから」


 ピタリと立ち止まってサムにマントを引っかける。ひょろっと背の高い侍従のサムはされるがままだが、表情は険しい。絶賛警戒中の動物みたい。


「……なんのつもりだ」

「言ってなかったかしら。あなたのご主人に頼まれたから森で採集よ。あなた荷物持ち」

「ちっ」


 小さく舌打ちしたサムだが、まあこれくらいかわいいもんよね。私は彼の腕を再びつかみ、ずんずん霧の中を進んでいった。濃厚な森の匂いが霧とともに鼻先をかすめ、足元はザクザクと落ち葉を踏みしめる音が響く。


「なぜ腕をつかむ。一人で歩けるから離せ」

「離したいのは山々だけど、ここの霧って厄介だから手を離して迷子になられちゃ困るのよ。勝手のわからない森で遭難したくはないでしょ?」


 さっさと歩いて森の広場まで出ると、手を離し、そのまま薬指の方向を目指した。前にカカオを見つけた場所まで行けばきっと大丈夫だろう。一人で森に入ってとるのも大変だし、後日またこの人に家に来てもらうのも気が引けるのでこの際と思って一緒に来てしまった。サムはあれからしゃべらない。家を出て三十分も経った頃、目的の場所までたどり着いた。背の高い幹にボコボコと大きなオレンジ色の実がなっている。この前よりもたくさん実っているわね。


「これこれ。ヴィンセントがこれ欲しいんだって。大きな袋は持ってきたから、あなた取れるだけ取ってきてくれない? あたしじゃちょっと無理そうだわ」


 道の通りに一本大きな木が生えていて、その奥にもチラチラとオレンジ色の実が見える。


「夏しか取れないし、頻繁に足を運ぶこともないからあなたがここで取ったものが今年最後かもね。ここで待ってるからどうぞ」

「……袋はどれくらいある」

「これくらい」


 肩下げバッグから取り出したのは折りたたんだ大きな麻袋。これなら六つくらいなら入るだろうか。あとは広いただの布。包んで結べばこれにもあと数個は持っていけるだろう。


「わかった。ここから動くなよ」


 懐から小刀を取り出してガサガサと茂みに入って行ったサム。あれはあの時のナイフかしら、と考えながらポケーっと待っていると、両脇に実を持ってサムが帰ってきた。まだいくらか持ち帰れることを確認するとまた茂みに戻っていく。ルキースから来て疲れているだろうに、ヴィンセントの役に立とうとするその忠誠心は見上げたものだ。


 ズッシリと重たい荷を両手に抱えて、サムは私の後ろを歩いている。いったん広場に戻って、いつも休憩に使う平たい岩に荷物を置いてもらうと、家から持ってきたドライフルーツと水筒を渡した。


「疲れてたのにごめんなさいね。あたしまだちょっと用事があるからここで休憩してていいわよ。ちゃんと戻ってくるから」

「……俺も行く。荷物はここに置いておいてかまわないだろう」

「あなたがいいなら別に構わないけど。じゃあこっちよ」


 あのジトッとした疑いの目。初めて会った頃のヴィンセントを思い出して笑っちゃいそうになる。本当にそっくり。私の後ろを一定の距離で着いてくるサム。大して昔ではないヴィンセントととの思い出にひたりながら、私は小指方面の先にある泉を目指した。


 ここでの目的は鬼灯の補充だ。鬼灯は中にモノを貯める時は多少の刺激が必要らしく、水の動きのない井戸では全然ダメだった。ここなら懇々(こんこん)と湧く場所に鬼灯を沈めれば、その刺激できれいな水がなかに溜まる。サムが後ろに控えたまま泉の側にしゃがみ込んで入れ替え作業をしていると、ふいに背中に体重を感じた。


 サムが私の背中から覆いかぶさって首を締めてきたのだ。細く節のある指が私の喉に食い込む。私、殺されるのかしら。ここで私が死んだら誰も見つけてくれないわね。まあそれでもいっか。


「貴様の考えていることがわからない。若様の敵か? 味方か?」


 食い込ませただけで、力は入っていない。でも生かすか殺すかはサムにゆだねられてると言っても過言じゃない。


「別にヴィンセントを害そうなんて思ってないわ。彼かわいいもの」

「じゃあ若様を解放しろ。おまえなんかと一緒にいるべきお方ではない」

「……充分解放してるじゃない。護衛の任も解いたし、家にも帰したわ。それに言っときますけど、彼を指名したのはあたしじゃないからね。最初に私の元に送り込んだのも、護衛に仕立てあげたのも、ぜーんぶロイよ。なんで皆あたしがワガママ言ってるなんて思うのかしら。むしろいらないから放って置いてって何度か言ったんだけど」


 腹立ちまぎれにそう言うと、喉に食い込む指の力がぐっと強まった。気道がせばまりわずかに息苦しい。


「……あたしを殺すの? べつに未練なんかないからいいわよ。でも長く苦しいのはいや」

「うるさい! だまれ!」


 苦痛に満ちたサムの声は、泣いているように聞こえた。力がこもっていたはずの指先は次第にゆるんでいく。


「どうして若様はこんな奴に囚われているんだ。昔からご苦労なさって、ようやく最近身辺も落ち着いてこられたのに……もっと、教養も血筋も器量もいいお方がいらっしゃるはずなのに……!」

「じゃあそんな人を見つけ出してあてがいなさいよ。ねえ、殺さないんだったらそろそろ退けてくれない?」

「その減らず口、縫い付けてやろうか」

「やだ、この人こわーい」


 喉にあった手が私の口を塞いだ。ぐいっと顔をサムの正面に向けられ、至近距離でにらまれる。柔らかそうな茶色い髪と薄くそばかすの浮いた顔立ちは、意外と整っていた。しかし薄いグリーンの瞳は悲しいくらいに怒りに満ちていた。


「……若様が悲しまれるから今は殺さない。だがもし万が一、億に一、若様の思考判断が狂われてお前に懸想けそうされる事態におちいり、そういう関係を求められたら、俺は絶対に阻止するからな。それこそおまえを姦通して誰とも知らぬ子でも孕んだとなれば……おやさしい若様も諦められるだろう」


 うわー鬼畜がここにいるー。それって私の意思関係なくない? ヴィンセントの気持ち次第ってことでしょう? 理不尽の極み。しばらく時間が流れていったが、恐怖のきの字も見せない私をあきれてか、サムは離れていった。


「もう、髪がぐしゃぐしゃになったじゃない」

「……魔女とはこうも神経が太いものなのか」

「そうよ、魔女なめんじゃないわよ」


 その後は何事もなかったかのように私たちは帰った。両手がふさがっているのでサムのマントをつかみ家まで戻る。手紙の返事は書かないことと、ヴィンセントへの伝言を頼むと彼は了承し、カカオの実の礼を言って帰って行った。


 自分の部屋に戻ったら張り詰めた気が緩んでへなへなと床に座り込んでしまった。冷静にあの場面を思い出してじわりと恐怖がにじんでくる。あの時、本当に殺されるかもと思った。ひどいことも言われた。だけどそれに対しての恐怖は不思議と感じない。寝込みを襲われた時はあんなにも怖かったのに。だけど……


『——お前に懸想をして、そういう関係を求めたら』


 その言葉が、なによりも怖かった。


「それならやっぱり、あたしを殺してよ」


 ぽつりと漏れたその言葉は、誰にも拾われず冷たい床に溶けていった。

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