78話◇騎士は侍従と話す
サムをマリアのもとへ使いにだした翌日、大量のカカオの実と一緒に帰ってきた。サムはまだ謹慎中なのだが、今回は返信の手紙はないということで部屋に通してもらった。久々に見たサムは顔色が悪く、痩せていた。メイドのあの事件の責任を一身に感じており、さらには恩人であるマリアに刃を向けたことを叱責され、侍従という業務を一時的に解任されている。幼い頃から仕えてくれたサムだからこそ、侍従解任はよっぽどこたえただろう。
「……痩せたな。ローゼとの往復はキツいか?」
「いえ、なんともありません」
「そうか。今回はご苦労だったな。モルツが喜んでいたよ。ありがとう」
「もったいないお言葉でございます」
「その、……マリアはどうだった? 元気にしていたか?」
サムは一瞬考えたように黙り、その後ぽつぽつと語ってくれた。疲れた自分を部屋に通してねぎらってくれたこと、私の要望に応えたいが為にすぐ森に採集に向かってくれたこと、たくさん採るために自分を森へ連れて行ったこと。
「ちょっと待て。ということはお前はマリアと手をつないだのか?」
「あ、いえ……マントの端を持たれていました」
「そ、そうか。いや別に気になったわけじゃないぞ。ただ何となくそうなのかなと思っただけだ。深い意味はない。本当だ」
あからさまにホッとしてしまって、慌てて言い繕ってしまった。いい年をしていったいなにをやってるんだ私は。それに対してサムは無表情の中にもわずかにバツの悪そうな色を見せた。
「どうした。マリアと何かあったか?」
あいつも色々とやらかしてくれるからな。目の前のサムがそれに振り回された可能性は大いになる。サムはしばらく黙ったあと、口を開いた。
「若様は、魔女のどこを好まれたのですか? あんな得体のしれない女……最初はあんなに嫌っておいででしたのに、どうしてそうも気を許されるのですか? ……私は心配でなりません。また若様の心が傷つけられたらと思うと、」
そこまで言うとサムの言葉がきれた。以前、元婚約者に殺されかけた時、一番に気づいて駆けつけてくれたのがサムだった。舞踏会が苦痛でバルコニーに隠れていたら、婚約者に声をかけられた。すずみに行かないかと言われるがまま、手を引かれて暗い庭園に行ったのだ。そして首に食い込む白い指。あの時の狂気的な令嬢の顔と心底怯えた表情のサムは、今でも目に焼き付いている。あの令嬢との婚約は誰もが認めるものだった。家柄も年齢も釣り合いがとれ、令嬢の器量もよかった。物静かで感情的になることのなかった彼女は、白熱していた周囲と比べると一緒にいてずいぶん安心できた。このままゆっくりと信頼関係を気づいていくのかと思った矢先の事件だったので、あの時の私は大いに精神的なショックが大きかった。しばらくの間母以外の女性を見るだけで身体が震え、嫌悪が込み上げてきた。屋敷のメイド達はなんの非もなかったが一斉に解雇された。残った使用人たちも数を減らされ、みな慣れない仕事を兼務してだいぶ苦労を強いたはずだ。サムはその時も辛抱強く耐えてくれた。ずっと側に控えてくれて、私がまた女性に乱暴をされぬ様にとだいぶ目を光らせてくれたのだ。
「……そうだな、どこと言われるとちょっと困るんだが。お前もマリアと接したからわかるかもしれないが、あいつはズケズケものを言うからカチンと来ることがあるんだ。おまけに行動も突拍子ない。最初は私もあいつを警戒していたし、あいつが何を考えているかわからなくてだいぶ振り回された。当初は本当に頭にきたからな。いきなりお茶をかけられて、服を剥がされて。出会い頭の私に対する反応があっさりしていたので油断していた分、なんだか裏切られた気がしていつも以上に腹を立てたんだ。それから接するうちにマリアの人となりが少しずつわかってきた。あいつは自分を魔女だなんだと言うが、私にとっては普通の女性だ」
魔女だから人を遠ざけるのだろうか。自分を人ならざる者だと言っていた時の声が忘れられない。あの青空を閉じ込めたような美しい瞳が涙に濡れているのを、忘れられない。
「そしてあいつは不思議なやつだ。達観して人を食ったところがあるから、私のことも騎士とか貴族の令息だとか、見目麗しいとかで特別扱いをしない。誰にでもするような態度で接してくれる。それでいて、自分じゃ手の届かない部分に優しさをくれたりするんだ。たまにわかりにくいけどな。それで人には優しくするだけして、自分は誰の手も借りようとしない。ぼろぼろに傷ついても、歯を食いしばってただ耐えるんだ、あいつは。……そんなの不公平だろう?」
私は皆に守られながらここまで来れた。でもマリアは一人だ。あいつはわがままだが、自分自身に踏み込ませるようなことはなかった。私が信用されてないからだろうが、それでもその事実を思うと胸が痛くなる。
「私はマリアからもらった優しさをちゃんと返してやりたい。あいつはあんなふうだが、あれでも弱々しい時があるんだ。守りたいと思うし、頼られたいと思う。でもあいつはそう言うことをあんまり口にしないから、側にいて察してやりたい」
マリアのことは好ましいと思っている。嫌いか好きかでいったら、もちろん好きだ。でも今まで何人もの女性から好きだなんだと言われたが、彼女達の感情と私のこの感情は果たして一緒なのだろうか。私の中のこの気持ちは、もっと大切で尊いものな気がする。だが今はそれを表現する言葉が見つからない。
「……なんだか恥ずかしいくらいに語ってしまったな。分かってくれたか?」
サムを見ると悲しそうな顔をしていた。なぜ彼がそういう顔をするのか分からない。私がマリアに対して好意的に思うことに危惧しているんだろうか。
「そのように心を預けられたら、あとでお辛い思いをされることになりますよ。若様はいずれ由緒あるどこぞのお嬢様とご結婚せねばいけないのです」
「……そうだな。それは私も身に染みて感じている所だ。でもな、もしも、……もし私が誰とでも自由に添い遂げていいとする。その相手にマリアを選んだら、おまえは祝福してくれるか?」
サムは驚いた顔をした。目を丸くさせ、まるで信じられないとも言いたげだ。言葉を出そうと何度か口をはくはくさせたが、結局音にはならず、サムは項垂れてしまった。
「申し訳ありません、疲れが出たようなので御前失礼させて頂きます」
「……分かった。ゆっくり休め」
サムは部屋から出る扉に手をかけたが、一歩足を踏み出してぴたりと止まる。どうしたのかと思って注視しているとサムがゆっくりと振り返った。抜け落ちた表情からはなんの感情も読み出せない。
「若様。すみません、伝言を預かっておりました」
伝言とはマリアからだろうか。
「……カカオのお菓子が食べたい、だそうです」
サムの表情が表情だけになにを言われるのかと身構えたが、なんともマリアらしい伝言でホッとした。もう手紙を送ってくるなとか、贈り物しないでだったらだいぶダメージを受けていただろう。サムは深々と一礼したあと部屋を出て行った。ゆっくり休んでくれると嬉しい。
あとでモルツに相談しよう。あれだけカカオがあればたくさんお菓子の研究ができるだろう。マリアの好きそうなものに仕立ててくれるよう頼んで、またサムに届けてもらおう。本当は自分で行きたいがまだダメだ。
早くマリアの顔が見たい。
おいしいと言って笑う彼女が見たい。
そしてできるなら、彼女をこの腕に抱きしめてみたい。
今は叶わない願いに、私はふっと小さく息を吐いた。





