79話◇騎士は領主と会う
大量のカカオをサムが持ち帰ってきた次の日、私は朝日と共に目覚めてベッドから起き上がった。もう身体の不調はどこにも感じない。細かった食も戻ってきて、体重も元どおりだろう。私は顔を洗い動きやすい服に着替えてから外へ出た。軽く準備運動をしてから屋敷の周りを三十分ランニングする。しばらくぶりの運動にすぐ身体がバテたのにはびっくりだ。ゼーゼーと肩で息をする自分にあきれながら、自分の今の状態を確認していく。倒れてからここまで回復するのにだいぶ時間がかかってしまった。食べれなかったこともあって、筋肉がだいぶ衰えているようだ。ただでさえ筋肉が付きにくいのにこれ以上薄くしてたまるかと鼻息を荒くした。ディーバに勝ちたい。準備時間はまだあるからちゃんとすれば大丈夫だ。
汗だくで部屋に戻ると着替えと洗面器とタオルが用意してあった。ありがたく使ってさっぱりさせたあと、着替えをすませる。そろそろ朝食の時間だろう。
ダイニングルームに顔を出すと、すでに両親が食事をとっていた。夕食は一緒に食べるが、朝はそれぞれで食べることが多い。このところ両親がそろって朝食をとっているが……きっとそういうことなんだろう。席に運ばれてきたのはボリューム朝食で、たっぷりのパンやベーコンエッグ、キノコや野菜のソテーにフルーツ。少し遅めの朝食をたっぷりとって、早めに夕食をとるのがこの辺りでよく見られる食事風景だ。
マリアは今ごろ何を食べているだろうか。このパンもベーコンエッグも食べさせてやりたい。セシル殿と一緒だというから少しはまともなものを食べているだろうか。そんなことを考えながら手早く胃に収めていく。しゃべらなくてすむ朝食は気が楽で好きだ。おまけにワンプレートで出てくるから食事も効率的にとれる。カップに入れられた牛乳に口をつけるとカカオの風味がした。これくらいもスッキリ飲めていいな。ナプキンで口元を拭いて、私はダイニングルームを後にした。ちなみに両親はまだイチャイチャしながら食べている。いつまで続くんだろう。
午後は領城に行く予定だ。体調が戻ったら一度顔を見せに来てほしいと領主様から言われていた。その時間までは刃をつぶした剣で素振りや剣の型をやって、長剣の感覚を取り戻していった。
◇
エリザベスに乗って領城までひと駆けする。久しぶりであったが心なしか彼女も元気がない。オブシディアンと離れてさみしいのかもしれない。厩舎に預ける時には恨めしげな目で見られてしまった。エリザベスの気がまぎれるように少し遠出してみるのもいいかもしれないな。
領城の敷地内を歩くのも久々だ。またじろじろと不躾に見られるのかと思ったが、意外にもそうではなかった。それを嬉しく思いながら、領主様の執務室に到着するとドアをノックし、名前と要件を告げる。笑顔で迎えてくれた領主様はほっとした表情で労いの言葉をかけてくれた。
「君の元気な顔を見れてよかった。大変だったね。マリアが乗り込んできた時は本当にどうしようかと思ったよ」
今日は執務室にあるローテーブルに案内され、ソファに腰を沈めるとよい香りのするお茶を出された。
「……なんだか雰囲気が違うね。寝込んでからちょっと変わったかい?」
「少し痩せました」
「それなのかな」
領主様はお茶をひと口飲むと、あの時の状況を教えてくれた。突然現れたマリアが、現金がほしいと目玉茸と生きた走り茸を持ってきたと聞いた時は私も驚いた。
「走り茸を二匹も?」
「そうなんだよ。しかももう採れないかもしれないから、これで栽培してみろって言うんだ。今は工房のジャックとフィリップ達が必死でやってるよ。もちろん目玉茸もね」
「そうなんですか……」
「彼女だいぶ無理したんじゃない? フィリップから聞いた話だと、君を助けるために形振りかまわず走り回ったって」
「どちらが騎士だかわからないくらい、マリアには助けられました。……私は絶対に騎士として彼女の元に戻ります。現状では厳しいことも承知ですが」
尻すぼみな私の言葉に領主様は苦笑した。そして次の瞬間、めざとく見つけたそれに視線を向ける。
「あれ、君が指輪つけてるって珍しいね。どうしたんだい」
しまった。買ったことにすると言ったけど、その理由まで考えてなかった。どうしよう。とっさに出た言葉はいろいろと最悪だった。
「マリアのつけていた指輪に似ていたからつい買ってしまいました」
「ヴィンセント、君って奴は……! いや、君の雰囲気が変わったからマリアからなにかもらったのかと思ったんだけど……いや、そうか、買ったのか」
感動したように目をうるませる領主様。君にも人を好きになる感情があったんだねと顔に書いてある。これはモラハラか? 訴えていいか? それにしても自分で言った理由がひどい。これじゃ片思いをこじらせた変な奴じゃないか。しかし指輪の存在は隠した方がいい気がして、私は魔女と同じだからという理由で指輪を買いなおかつ身につける変な奴という汚名をかぶった。いいんだ、マリアが無事なら。
「いやごめんごめん、話がそれたね。実はカルバートンのまじないギルドの長から面会の申し込みが来てるんだよ。なにかあるのかと思って少し探りを入れたら、どうも新しいまじないがあると噂を聞いてね。マリアがもしかして裏で動いてるのかなって思ったんだけど、ヴィンセントはなにか知ってる?」
「いえ、初耳です」
「そうか……君とヴィンセントを引き離したこと、マリアは怒ってなかった? おじさんそれが心配」
「……怒っては、いなかったです。仕方ないって感じでしたけど、でもすごく寂しそうな顔をしてました」
物分かりがよくて、察して、諦めた顔だった。どうしてそこでいつものワガママを出さないんだろう。私のためにはあんなにしてくれたのに、本当に自分のためには何にもしない。
「そんな顔をしないでくれ、ヴィンセント」
どんな表情をしているのかわからない。でも胸が痛かった。きゅっとつまる感覚に、思わず歯をくいしばる。
「僕は君になにか得るものがあったらいいなと思ってカルバートン行きをお願いしたんだ。このせまい領城で仕事をしている君はいささか窮屈そうだったからね。多くの人に囲まれるのは君にとって居心地が悪いだろう。だからと思ったんだけど……まさか魔女がここまでの人物だとは思わなかったし、君をマリアにつける事であそこまで周囲が騒ぐとは思ってなかったんだ。これは私の見通しが甘かったからだ。本当にすまない」
「いえ、自分の不甲斐なさはあっても、領主様を責めることは何ひとつありません」
「……マリアと出会わなければよかったとは思わないかい」
「そんなことを言わないでください。私はマリアと出会えてよかった。彼女と引き合わせてくださった領主様と神に感謝しています。マリアと離れたことで見えてきたものや、やるべきことができました」
「そうか」
その後も少し話をしてから、私は執務室を出た。廊下を歩くとお仕着せ姿の女性の集団が押しよせてきた。ざっと囲まれると反射的に嫌悪感が出てくる。
「あ、あ、あの、突然すみません! ご快復おめでとうございます! みんなで選んだんです、よかったらこれ受け取ってください」
差し出されたバスケットをあやしげに眺めながらも、受け取れと言われたら手を伸ばすしかない。いつもだったら受け取ってからも何かしらギャーギャー騒がれていたのだが、今回はそれがなかった。不思議に思ってちらっと集団を見ると、なぜかみな表情がまちまちだった。首を傾げるもの、驚いているもの、近くの者とヒソヒソ話をするもの。なんにしても気分はよくない。小さく礼を言ってその場を後にした。その後に出くわす女性の集団はみな同じような反応だった。





