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魔女と騎士  作者: 猫の玉三郎


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76話◇騎士は両親にねだる

  マリアからもらった指輪をなぞりつつ、鼻に抜けるカカオの風味に確かな手応えを感じながら、私はモルツに尋ねた。


「あとカカオはどれくらいある? 」


「ミルクカカオは四杯分、ローストした豆は木ノ実ひとつ分丸々残っているから、どういうふうに調理しようか坊ちゃんに相談しようと思ってたのよ」


 言われてふむと考える。最初は菓子にしてマリアに食べさせてやろうと思っていたのだけど、少々路線変更だ。


「父上たちに差しあげたい。その、前に言っていただろう? 夜の差し入れにぴったりだって」


「いやぁぁああ恥じる坊ちゃんが可愛すぎて死ぬぅぅううーーっ!!」


 両手を顔でおおってのたうち回るモルツ。助手が冷めた目で見ているのをながめつつ、私はかまわず説明した。


「お前たちには協力してほしいから先に言っておく。私は弟妹がほしい。それを父上たちに上申するつもりだ。想像してみろ、私と血の繋がった弟妹ならば、ぜったいに愛らしいに違いない」


「ぐぅ、確かに……」


 モルツと助手が鼻先を両手で抑えた。まだ見ぬ弟妹を想像して鼻血でも出すつもりだろうか。


「両親には私が話をするし、セブにも協力を仰ぐが、なによりお前たちの力がいる。ふだんの料理に精がつくものや女性の身体にいいものを取り入れてほしいんだ。さっきのカカオも差し入れとして出してほしい。さっきの感じだと酒とも相性がよさそうだが、どうだろうか」


「はっはーん。ミルクカカオにブランデーを垂らしてもよさそうだし、ドライフルーツに溶かしたカカオを少しつけてお酒と一緒に出してもいいと思うわ。やだ、絶対においしいわよ!」


「じゃあその方向性で頼む」


「うふ、まかせて坊ちゃん♡ でも坊ちゃんもまだ本調子じゃないはずよ。あたしが腕によりをかけて料理をするから、しっかり食べて元気になってね!」


「わかった」


「あーん素直な坊ちゃんってばもう尊過ぎるわぁぁあああ!!」


 またモルツのいつもの発作が出たので、私は助手に目配せをすると、厨房を後にした。「素っ気ない坊ちゃんもすてきぃっ」と後ろから聞こえた気がするが、空耳ということにしておこう。



 ◇



 やることを決めたのならあとは優先順位に沿って実行していくだけだ。今夜は両親揃っていると聞いたので、夕食の席で言ってみることにした。


「セブ、どう切り出すのがいいと思う」


「変にぼかすよりはハッキリ言った方がよろしいかと」


「それもそうだな」


 私は立派な成人男子であるから、どのように子を成すか知っているだけに両親にこのようなことを言うのは非常に躊躇われるのだが、背に腹は変えられない。私は両親が目の前でイチャついても目をつぶろう。そんな気概をもっていどんだ夕食の席は、なかなかに緊張するものであった。


「やあヴィンセント。久しぶりに顔が見られて嬉しいよ。いろいろと大変だったみたいだね」


 父親であるカミル・グスクーニアはブラウンの髪にあざやかな緑色の瞳を持つ好男子だ。その落ち着いて知的な雰囲気は私のめざすところであり、憧れでもある。髪色が母親譲りなら、瞳の色は父親譲りで、スッと通った鼻も父とよく似ていると思っている。


「お騒がせして申し訳ありません」


「もう体調はいいのかい?」


「はい、おかげさまで」


 昨日までは部屋で夕食をとっていたので、こういうふうに顔を合わせて食事をするのはかなり久しぶりな感じがする。グスクーニア家の普段の夕食はシンプルだ。ダイニングルームにある大きなテーブルの中央には視界の邪魔にならない程度に花が飾られ、フルーツが並べられているが、晩餐会の時のように食器やカトラリーが並ぶことはない。食前酒とパンを除けば料理は三皿。前菜、スープ、メインの肉料理。それにデザートとしてフルーツなんかが出てくる。会話をしながら食事をとるので、たっぷり一時間はかかるのが常だ。私はしゃべるのがあまり得意ではないから苦手な時間でもある。


「ヴィンセントは仕事だなんだと言って家に帰って来てくれないから、不謹慎だけど私はうれしいわ。こうして夕食を囲むのもずいぶん久しぶりですもの」


 そう言って母、ナターシャ・グスクーニアはにこりと笑った。運ばれてきた前菜は生ハムとアスパラ、そしてチーズとクラッカーだ。食前酒に合うような少し塩気のあるものになっていて、季節によって内容が変わる。母は上品に口に運びながらも、少しだけため息をついた。


「だけどまさかうちのメイドにあんなふうに裏切られるなんて思ってもみなかったわ。ごめんなさいね、ヴィンセント。昔から変な人に好かれるのは知っていたから、使用人にはずいぶん気をつけて雇っていたのだけど……」


「仕方ありません。こうして無事に回復できたのですから、今後気をつければよいと思います。今回のことで私もいろいろと考えることがありましたし」


 次に運ばれてきたのはスープだった。透き通った琥珀色のスープに野菜や豆、燻製肉が浮かんでいる。私はスプーンを置き、意を決し口を開く。


「父上、母上。私は兄弟が欲しいです」


 すぐ近くからゴホゴホと咳き込む声が二つ聞こえてきた。見ると両親がナプキンで口元を押さえ、目をまん丸にして私を見ている。


「弟、あるいは妹が欲しいです」


 みるみると真っ赤になる母が、助けを求めるように父を仰いだ。父カミルはまた小さく咳をすると姿勢を正した。


「それはどういう——」


「意味もなにも、下に兄弟が欲しいのです。父上も母上もまだ若い。ダメですか?」


「いや、ダメでは……なあナターシャ」


 不躾な私の言い草に怒るどころか、二人とも顔を赤らめている。自分で言っておいてなんだが、両親の男女の顔ほど見たくないものはない。早く了承してくれ。


「あなたがあまりにも愛らしいから、比較される弟妹はかわいそうだと思って控えていたのよ」


「心配には及びません。美醜に関係なく弟妹はかわいいです」


「だけど……」


 少し持ち直した両親は、自分を落ち着かせるためか、スープに手を伸ばす。でもちらちらとお互い視線を交わしているのが側から見ていてつらい。


「急にどうしたんだ。今までそんなこと言っていなかったじゃないか」


「少し思うところがありまして……」


「理由を聞かせてくれないか」


 やさしい声音で問いかける父。自分にもこういう柔らかな雰囲気があればと思うが、どうにも素質がないようでツンとした雰囲気にしかならない。今から言うことで気分を害さないか、失望させないか不安もある。けれども言わないことには伝わらない。


「……私は社交というものが本当に苦手です。短気で気の利いた言葉も吐けません。グラスを交わすより剣を交わしていたい。こういうことを言うと親不孝だと思われるでしょうが、私はずっと騎士でありたいと思っているのです。なので他に家を継ぐものをと考えました。……申し訳ありません」


 言い切ったあとには静寂が降りる。心臓がどくどくとなり、緊張で時間が間延びして感じた。しばらくの沈黙の後、ことりとスプーンを置いて私に向き合ったのは母だった。


「あなたがそういう華やかな世界を苦手に思っていることは知っているわ。小さな頃からヴィンセントはとっても愛らしくて凛々しい子だったから、それで嫌な思いをたくさんしてきたものね。だからあなたが騎士の道に進んだ時も仕方ないと思った。でも子どもを授かるかどうかは神様しか分からないわ。ダメだったらヴィンセント、あなたがこのグスクーニア家を嫌でも背負っていかなきゃいけないの」


 鋭い視線をぶつけられる。自分がとんでもないわがままを言っていることは承知の上だ。貴族の責任を放り出すようなものなのだから。母の強い眼差しは自分勝手な私を簡単に射抜く。


「……はい、それは心得ています」


 苦しげに出た言葉だった。そう、それは小さな頃からわかっていた。誰とも知らない女性と結婚し、子を成し、次へ繋ぐ。騎士という職をいつかは離れ、グスクーニア家の当主として領主様に仕える。今までは警備として参加していた社交界に主役として躍り出る。表情を読み、腹を探りあい、情報を得て数字を計算し、預かった領地を豊かにする。そこに必要なものは剣ではなくペンだ。母は優しく笑った。


「それがわかっているのだったら、母さまは協力してあげるわ。ねえ、あなたはどう思う?」


「え? あ、ああ、そうだな——」


「よかったわねヴィンセント、父さまからもお許しが出たわよ。私もあなたが親離れして少しさみしいと思っていた所なのよ。小さい子がいれば、また生活に張りが出てくるわ、きっと」


 父を食い気味にさえぎった母には、どうやら前向きに検討してもらえそうだ。そのことに心の底から安堵していると、メインの肉料理が出てきた。両親はお互いに視線を交わしながら、いつもより仲睦まじい雰囲気で話をしている。もし生まれたら名前はどうしようかなんて気の早い話も聞こえてきた。案外、早く朗報を聞けるかもしれない。そんなことを考えながら私はナイフとフォークを動かした。デザートに出てきたのはイチジクのカカオソースがけだった。

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