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魔女と騎士  作者: 猫の玉三郎


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74話◆魔女は手紙をもらう

 突然の来訪に、私とセシルは目配せをした。セシルが静かに立ち上がり玄関へ向かうと、扉をあけるより前に声をかけた。


「なんのご用ですか」


 すると扉一枚を(へだ)てくぐもった声が返ってくる。


「グスクーニア家より使いで参った。マリア・ガルブレース様はご在宅か」

「はい、今開けます」


 がちゃりと木製の重たい扉が開くと、そこにいたのは見知った従者。ヴィンセントのお屋敷で私にナイフを突きつけたサムと呼ばれていた侍従だった。私を見つけると一歩踏み出して、深く頭を下げた。


「まずは改めておわびを申し上げます。御身(おんみ)に刃を向けたこと、誠に申し訳ありませんでした。深く反省しております」


 悲壮を漂わせ謝罪の言葉を述べる侍従は以前見た時よりいくらか痩せているようだった。


「気にしてないわ。顔をあげて」

「……恐れ入ります」


 柔らかそうなブラウンの長い髪を後ろでひとつにまとめている目の前の侍従は、ヴィンセントよりいくらか年上そうに見えた。きっと小さい頃から仕えているんだろう。間近でいろんな令嬢たちの暴走を見てきたに違いない。


「若様より手紙と贈り物を預かってまいりました。どうぞお受け取りください」

「あら、なにかしら」


 自分で受け取ろうとしてセシルの存在を思い出す。ちらりと視線を送ると「自分が」と顔に書いてあったのでそのまま任せた。セシルが侍従から受け取ると、城仕込みの丁寧な所作で手紙を渡してくれる。封筒の封蝋をぺりっとはがせば、中にはヴィンセントが書いたであろう長々とした手紙が入っていた。


「……お返事を頂戴するよう言われております。よろしいでしょうか」

「じゃあ明日また来てくれる? その時までに書いておくわ」

「かしこまりました」


 侍従は深く礼をすると帰って行った。きっとカルバートンで宿でもとるだろう。あの時、奥さまは彼の処分はヴィンセントに任せると言っていたから、大好きなヴィンセントと離れて領都とここローゼを往復し、私に手紙を届けるのも彼の下した処分のひとつなんだろう。


 空を見るともう夕方になりそうだった。そろそろ夕ご飯の支度をしないといけない。ヴィンセントの手紙と贈り物は後で確認することにして、私とセシルは準備に取りかかった。と言っても二人とも得意料理は豆のスープだから、準備もしれたものだ。


「あたしヒヨコ豆好きなの」

「ほくほくして美味しいな」


 麻袋に入った豆をカップですくって鍋に入れる。ついでにお水を入れて火にかけた。


「セシルだったらあと何を入れる?」

「麦とか野菜とか。あれば肉も入れる」

「お肉といえば、こないだ買った薫製肉があったわ。でも切るのが面倒ね」

「私がやろう」

「やった。じゃあ私野菜あるか見てくる」


 セシルに燻製肉のブロックを預けると私は裏庭の畑に行った。アルバートに声をかけながら畑を見回すけど、やっぱり良さげなものは何もない。仕方がないので軒先に吊るしていた玉ねぎをひとつ取って、私はセシルの元へ戻った。お肉のついでにこれも切ってもーらおっと。


「あ、お風呂はどうしようかな」


 戻ってセシルに我が家のお風呂事情を伝えてみた。準備は大変だけどお風呂があること、一人だと頻繁に入ることもできないので、そういう時は体を温かいお湯と布で拭いていること。


「風呂は気持ちいいから好きだ。でも準備が大変なのは分かるから、今まで通りマリアと同じようでいい。言ってくれたら準備も手伝う」

「じゃあセシルに夕食はお願いして、私はお風呂の準備をするわね。沸いたら交代で入りましょ」

「ありがとう、嬉しい」


 にこっと笑ったセシル。かわいい。無表情なことが多いセシルだから、こういう笑顔は貴重だ。彼女のためならお風呂掃除だって苦なくできそうだわ、と私は張り切って準備を始めた。


 おかげで割とおいしい夕食と気持ちのいいお風呂にありつけた。髪をお互いに拭きあって、ブラシを通す。同性のお友だちというのが嬉しくて、私もセシルもだいぶウキウキしてしまった。だからと言ってはなんだけど、すっかりヴィンセントからの手紙を忘れていた。ついでに贈り物も。思い出してから慌ててセシルと二人、ナイトウェアの姿で贈答品ご開帳タイムを行った。


 立派な木箱は大きく、美しく細かな意匠が彫られていた。これは箱だけでも返した方がいいのかしら。念のためにとセシルがフタを取ると、中からフローラルな良い香りがただよった。


「……タオルだわ。すごくふわふわ」


 手触りのよい柔らかなタオルは全部で四枚入っていた。それを取り出すと下にはまだ何かある。小箱に入ったのは花の香りがする石けんだった。もうひとつ、布に包まれた小さなものがあって、そおっと開くと中から出てきたのは小さな小瓶だった。手に取ると記憶にある香りが鼻をかすめる。


「髪につける香油だわ」


 そしてこの香りはヴィンセントのものでもある。

 ……ふつう、ここは引くところなんだけど。どうしよう、うれしい。食べ物以外でこんなにうれしく思うものがあるなんて、こんなの初めてだ。



 ◇



 夜も深まり、セシルに挨拶をして別れたあと、私はヴィンセントからの手紙を開いた。蝋燭の明かりに照らされた彼の文字は綺麗に整っていて、育ちの良さがうかがえる。こうやって手紙をもらうのは初めてだなと考えながら、私は彼からの手紙を読み進めていった。


『——マリアへ。

 本格的な暑さを迎えてきたが、そちらは変わりないだろうか。粗忽者(そこつもの)のお前のことだから少々心配だ。めんどくさがらずにちゃんと料理をして、しっかりと食べろ。

 こうして手紙を書くのは初めてだな。私もこういったものは慣れていないので、どう書いたらよいか悩みながらペンを動かしている。まずは別れてからの様子をつづろうと思う。

 領都へ戻って二日経った。だいぶ調子が戻ってきたと思う。主治医から許しが出ないのでまだベッドから動けないが、実はこっそり筋トレをはじめた。もう寝ているのは飽きた。

 両親は私の帰宅を喜びしっかり療養するようにとのことだったが、屋敷の使用人たちは落ち着きがなく私を見たら皆ひれ伏すように謝罪をしてくる。その度に私はお前のことを言った。マリアが必死に助けてくれた、マリアがいなかったら死んでいたかもしれないと。優しいやつだと伝わって、屋敷の者たちもおまえの味方になってくれたらいいなと思っている。……サムの処分ついては少し迷った。ナイフを突き付けたことは許しがたいのだが、彼は私の小さい頃から付き従ってくれている従者なんだ。以前に話したと思うが、元婚約者に殺されそうになった時、最初に気づいて助けてくれたのがサムだった。あれ以来サムは私の周囲に誰よりも敏感になってしまったんだ。私が不甲斐ないばかりにお前には怖い思いをさせてしまった。すまなかった——』


 もう、ヴィンセントったら。ここまで読んだ感想はそのひと言だった。いつも通りのヴィンセントがここにいる。小うるさくて、心配性で、優しくて。別に悲しいわけでもないのに、ちょっとだけ目が潤んでしまうのはナゼだろう。


 手紙はまだまだ続いている。私は続きに目を通していった。世話になったお礼の品を一緒に送ったから使ってくれたらうれしいとか、こっちの様子も教えてほしいと書いてあり、最後には『あまり長々と書くものではないとセブが言うからここらで終わる』とあった。思わず笑ってしまう。返事をどう書こうか少し考えてから、私はインクとペンの準備を始めた。ツンと香るインクの匂いがどこか心地よかった。

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