73話◆魔女はレースを編みたい
セシルとは領城に滞在している時に知り合った。侍女としていろいろと私の世話をやいてくれたのが彼女だったのだけれど、あの時は私もちょっと余裕がなくてご機嫌ななめだったので当初はギスギスしていた。ヴィンセントが部屋を出て行ったあと、手持ちぶさただった私はテキトーに彼女に話しかけていた。
「あなたはあたしにイジワルしなくていいの?」
「する必要がございません」
すっぱりとした返事はいさぎよかった。彼女の無駄口をたたかずテキパキと仕事をこなす姿にいくらか好感を持てたので、ひと段落したところを見計らってまた話かけると、ぽつぽつとまた答えが返ってくる。それが意外とハッキリと答えてくれて楽しい。話ながらそう言えば結婚していたなと思いだしたらちょっとだけ疑問がわいた。貴族令嬢が行儀見習いに上がるのはよくあることだけど、たいてい結婚する前に行う。この子は若いけど結婚していて、かつ礼儀に不安があると言う。結婚してから礼儀作法を学ぶって、もしかしてワケありのお嬢さんだろうか。
「あなたってもしかして元は貴族じゃないの?」
気付いたら考えていた事が口からポロッと出ていた。あまりにも不躾な質問だ。彼女の身体はピクリと反応したけど言葉は返してくれない。しまった踏み込み過ぎたか、と思っていたけどしばらくすると彼女は案外さっぱりした声で答えてくれた。
「ご不快にさせたのなら申し訳ありません」
否定をしないから、きっとそうだったのだろう。怒ってる感じもしなかったら私もまたつい本音が出てしまう。
「ぜーんぜんご不快じゃないわ。あたし貴族の方がきらいだもの」
「同意します」
あら。同意しちゃったわこの子。びっくりして思わず視線をやると、向こうもしまったと口を手で抑えた。ぱちりと目が合えば、それがおかしくてつい笑ってしまう。
「気が合うわねぇ。よかったらテーブルにかけておしゃべりしない? 仕事も落ち着いたでしょう? 」
「いえ、でも……」
「おねがい。客をもてなすと思って」
そう言って強引にテーブルに引きずり込んで話に花を咲かせた。どんな経緯でここで働くようになったのかをあの手この手で引き出せば、なんとすごい経歴の持ち主。それでなのかはわからないけど、最終的にはおどろくほど短期間で距離が縮まった。セシルもまんざらではなく、言葉少なめだが私に興味を持ってくれた。
「あの……マリアはまじないに精通していると聞いたのだが」
「うふふ。そうよ、あたしってここら辺の人よりはまじないに詳しいみたい。なにか知りたいことがあるの?」
「夫が持っているまじないは豪腕と護身なのだけど、他にもあるのかと思って。私は体が小さいし腕力もないから、まじないで補強できたらもっと攻撃のパターンが広がるんじゃないかとずっと思っていたんだ」
セシルはそう言うとテーブルに置かれた小さめのリンゴを手でつかむとグッと力を入れた。すると崩れはせずともピシりと亀裂が入る。きっとこの人の旦那さんならすぐつぶれるんだろうけど、女性でこれだけできるのもスゴいわ。
「確かにそれは可能だわね。夜目が効いたり素早さが上がるまじないがあったら、あなたに敵はいなさそうね」
「すごく便利だと思う。だから私はまじないを自分で作れるようになりたいんだ」
なんて向上心がある子なのかしら。方向性はちょっとアレだけど、その熱意はきらいじゃないわ。
「もしかしてまだ旦那さんのこと狙ってるの?」
「『結婚すればいつでも俺のことを狙えるぞ』と言われた」
「おもしろいわねぇ、あなたも旦那さんも」
そうやって方向がズレた恋バナをしているうちにセブさんがドレスを持ってきたり、ヴィンセントが帰ってきてうたた寝したりしたんだっけ。
翌日の昼ごろ、セシルは大きな荷物と共にやって来た。中身は着替えや食料品の差し入れ、ロウソクや細々とした日用品や消耗品だった。うん、助かる。服は庶民的なワンピースにエプロンで、ここの雰囲気に溶けこんでいる。
「世話になる。手伝うことがあればなんでも言ってくれ」
「助かるわ。ちなみにセシルって料理はできる?」
「豆のスープくらいならなんとか」
「奇遇ね。あたしもそんな感じ」
二人でくすくす笑いあいながら、食料品の整理をしてコレはどう食べよう、アレなら作れるとすごくレベルの低そうな会話をした。でも楽しいからいいの。家の中や周りを案内して、最後は客間に案内する。
「あたしの部屋は反対側ね。滞在中そっちの部屋は好きに使ってもらって構わないわ」
「ありがとう。マリアはこれから何かするか?」
「うーん、やりたいことはいっぱいあるんだけどね。たぶん家の中で裁縫するわ」
「わかった。少し荷解きや道具の整備をしたいから部屋にこもる。なにかあったら言ってほしい。来客は私が対応する」
「あらありがとう」
セシルは部屋にこもり、私は居間のテーブルで裁縫道具を広げた。小さなかぎ針をひとつ取り出して、糸を編みはじめる。引っかけて糸をくぐらせて目を数えて。一本で編まれた細い糸の集合体がだんだんと面積を増やしていく。以前ヴィンセントに用意してもらったドレスのレースが素晴らしかったので自分でもできないか見よう見まね中なのだ。糸が細いしかぎ針も小さいので編んでも編んでも進まない。だけどそのぶん緻密な模様を作り出すことができる。不思議とまじないは手間をかければかけるほど効果が上がる。テキトーに糸をざくざく縫ったものと、小さくても丁寧に刺繍したものじゃ同じ物を同じ長さ使っていたとしても効果に違いがある。レース編みとまじないの糸は相性がよさそうだ。
試行錯誤を繰り返しながら、だんだんとコツをつかんでいく。だけどなんだかしっくり来ない。
「……でき上がりが思ったより太いし大きいし、イメージと違うわ。こう、糸同士をより合わせる感じなのよ」
その時がちゃりと客間のドアがあき、セシルが興味しんしんといった感じで近づいて来た。
「なにをしてるんだ?」
「レースを編みたかったんだけど、ちょっとイメージと違うのよね。セシルなにか知らない?」
私は自分が編んでいたレースと、黒いアフタヌーンドレスのレース部分を見せた。私が編んでいるものもレースとして美しく完成できそうだけど、ちょっと厚くて重たくなりそう。装飾品としては全然アリなんだけど、私としてはこっちのレースを作ってみたい。
「……これはたぶん、ボビンレースだな。糸巻きの棒とピンをたくさん使って作るんだ。前にそういう工房に下働きとして潜入したことがある」
「へー、はじめて聞いたわ。難しいの?」
「編み物じゃなくて織り物なんだ。根気がいる作業だけど、でき上がりはこんなふうに繊細で美しい模様になる。」
「すごいわね」
セシルはそこらにあるもので代用しながら説明してくれた。フォークとスプーンを二本ずつ用意すると、その柄にグルグル糸を巻いていく。フォーク同士を一本の糸、スプーン同士を一本の糸で巻く。
「なんだかなわ跳びが出来そうな形ね」
糸の両端をそれぞれ巻いたスプーンやフォークができると、次は折りたたんだ厚手の布にマチ針を二本刺す。その針にさっき巻いた糸の真ん中を引っかけると、四本の糸の先にそれぞれスプーンやフォークがつながっている状態になった。
「これで糸を交差させてピンで固定しながら織っていくんだ。工房では十組以上の糸巻きを使ってやっていたよ」
セシルの解説を受けながらふむふむを相づちを返す。たくさんの糸巻きを交差させるって大変そう。ボビンレースについて二人でいろいろと話していると、ふいに玄関の扉がたたかれた。





