67話◇騎士はまた叱られる
どのみち結婚はさけられないとセブに暗に言われつつ、有能な家令は医療セットを取り出し私を検診しだした。体温計を見たセブが顔をしかめる。
「熱の他に症状はありますか」
「動き回ると頭痛がする。だいぶマシになったが」
当初は起き上がるだけで頭を殴られるかのような痛みだったが、今はもうないし、思考回路もだいぶ正常に戻ってきた。だからこそマリアに働いた数々の不埒な行為が私を悩ませる。どうつぐなえばいいものか。
「魔女さまの手厚い看病には深くお礼をせねばいけませんね」
「……ああ。どうしたら礼を尽くせるか見当もつかん」
本当になにを差し出せば納得がいくかわからない。
「……おまえは魔女をどう思った?」
「そうですねぇ。お屋敷にいらした時は意地の悪い魔女のイメージそのままでしたね。苛烈で人を食ったようなところがあられる」
セブの言葉に苦しくなる。両親もだが、屋敷の者たちにも彼女を悪く思ってほしくはない。
「そしてまっすぐで情に厚い方だと思いました。コゼットを強くとがめた魔女さまを見て、この方は坊っちゃまの深厚な味方なのだと私は嬉しく思いましたよ」
顔をあげると、優しい笑みを浮かべたセブがいる。よかった。セブはわかってくれた。それだけでも心がいくらかホッとした。
「あの時の魔女さまのお姿をお見せしたかったですな。異国風のドレスはとても妖艶でした。魔女さまはずいぶんとスタイルがよろしいようですね」
どきりと心臓がはねる。つい今朝のことを思い出してしまった。やわらかな感触と体温。思いのほかマリアは女性らしい身体つきをしている。華奢な四肢にくびれた腰。そして否が応でもわかってしまった、ふっくらとした胸。
「坊っちゃまが魔女さまを気がけていたのは知っておりましたから、少々お節介をさせていただきました。礼儀作法はご存じでしたので、妖艶な魔女からふつうの淑女になるようドレスと化粧を変えていただき、奥さまと少しばかり歓談の場をもうけましたよ。好印象を残してもらった方が坊っちゃまもよろしいでしょう?」
「悪く思われるよりそっちの方がいい」
「奥さまはだいぶ印象をよくしておいででしたよ。ただ今までのことがありますから警戒は常にされておりますし、魔女さまは貴族ではありませんから奥方候補や恋人関係などとはまったく思ってらっしゃいません」
「おまえ、そんな、恋人って……私と魔女は別にそんな仲じゃ……」
「魔女さまは坊っちゃまのことがお好きではないので?」
「……そういうふうに見られていない。庇護が必要な小動物ぐらいに思われている」
「さようでございますか」
「今朝も夢うつつに彼女に不埒なことをしてしまって怒られた……」
「どういうことですかな、坊っちゃま」
笑顔のまま鋭い視線で追求されれば白状するしかなかった。しどろもどろになりながらも、私の看病のためにベッド近くの椅子に座って寝ていた彼女をベッドに引きずり込み朝まで一緒に眠ったことを正直に告げてしまった。
「……なにもなかったのですか?」
「当たり前だ。ただ寄り添って眠っただけだ」
「そして怒られたと」
「うむ……」
さすがに抱き寄せただとか胸に密着したとは恥ずかしくて言えなかった。
「感心いたしませんな」
「魔女にもそう言われた……」
「しかし坊っちゃまとそのような状況で冷静だとは、なかなか肝がすわったお方なのですね。普通のご令嬢でしたら悶絶しているか、ここぞとばかりに既成事実を作ろうとするでしょうに」
「言ったではないか。あいつは私のことなど歯牙にもかけていないのだ。……好みの対象ではないみたいだし」
「ですが魔女さまは坊っちゃまを大事にされてらっしゃる。その身を危険にさらしてまでも」
それが否定できないから正体不明の羞恥が身体を駆けめぐる。顔が熱い。
「坊っちゃまは魔女さまがお好きでらっしゃるのですね」
「……そうかもしれん。私はこの状況を歯がゆく思う。自分が不甲斐ないあまりに、あいつや周囲を危険にさらした。自分が情けないし許せない。今の私では彼女の隣に立つことができない」
「だから周囲を静かになさりたいのですか?」
「そうだ。別に私はあいつと恋仲になりたいとは思っておらん。ただ、守りたい。時々あいつはひどく儚い時がある。誰かが手をつかんでいないと霞となって消えていきそうな気がする。それは嫌なんだ。でも守りたいのに、私がいたら余計に騒がしくなる」
どうしたらいいんだろうか。セブは私の言葉を聞いてやわらかく笑った。
「……坊っちゃまは少し雰囲気が変わられましたね。なにかこう、親しみやすくなった気がします」
「そうなのか?」
「お世継ぎ問題がうまくいけば、もしかしたら坊っちゃまの望むものが手に入るかもしれませんね。……とは言っても、坊っちゃまは私どもの大事な宝物でございます。そうやすやすと魔女さまの元にいかれても困りますので、これから半年はしっかりと休養し、力をおつけくださいませ」
「ああ、わかった」
「しかしお屋敷に戻るにしても熱がもう少し下がってからですね。それまでは魔女様のご厚意に甘えましょう。これから会えなくなるのですから、今のうちによい時間をお過ごしください」
ここにいるのはあと一日か二日か。そうすれば私とマリアは遠い距離に離される。セブが看病に来た以上、今までのようにマリアが私についてくれることはないだろう。
「あ、共寝はもうダメですよ」
「……わかっている」
にっこり笑顔で念を押すセブが憎らしかった。
◇
午後になってもマリアは顔を見せに来なかった。夕方にはセブが台所を借りてマリアの分まで夕食を作ったそうで、きっとあいつは「おいしい!」とはしゃいで食べるだろう。その顔も見ることはできない。一緒の建物の中にいるのに。
「まだ食欲はわきませんか?」
「いや、そうでなくてな。……マリアは一人で食べているのか?」
「おそらく」
意外にマリアは寂しがりだ。今朝まではフィリップ達も一緒にいたのだから余計に寂しいと思ってるんじゃなかろうか。薄暗い居間のテーブルにぽつんと座るマリアを想像する。
「私はここでちゃんと食べているから。セブ、マリアのところへ行ってくれないか」
「……話し相手にですか?」
「ダメか?」
セブは眉間のシワをぐりぐりと揉むと、小さく息を吐いてうなずいてくれた。
「仕方ないですね。私も魔女さまとお話をしてみたかったので、ちょうどようございます。行って参りますね」
「ああ、頼む」
「若い女性とお話をするのは楽しいものです。うっかり話し込んで魔女さまとすごく仲良しになってしまってもご容赦くださいね」
「え、ちょっと待て——」
「坊っちゃまはごゆっくりどうぞ」
「おい……!」
ぱたんと閉められたドア。セブなりの意趣返しだとはわかっているのだが、ちょっとやり過ぎじゃないのか? なんか楽しそうな笑い声が聞こえてくるんだが、いったい何を話しているんだ?
「……早く体調を戻さねば」
私はスプーンを持ち、温かいパン粥を食べ始めた。優しい塩味がする。一人きりで食事をする機会というのはなかなかない。宿舎にいる時でさえ食堂で他人とはいえ誰かがいる。一人の食事は誰に気兼ねすることなく自由だった。これも意外にいいものだ、と思うのと同時に、マリアも一緒だったらいいのにと考えてしまう。
食べ終わってしばらくしてもまだセブは戻らない。本当に何を話しているんだ。もしや盛り上がって仲が深まっているんだろうか。私は気の利いたおもしろい話ができる方ではない。まさかマリアはセブのような男が好きとか……
寝込むこともなく一人悶々と考えていたらコンコンとドアがたたかれた。やっとセブが帰ってきた。
そう思っていたのに。
顔をのぞかせたのはなぜかマリアだった。





