66話◇騎士は落ち込む
魔女に合わせる顔がない。それほどまでにフィリップから聞いた話は衝撃的だった。今まで彼女を危険にさらしていたのは、私だったのだ。私がそばにいなければ、夜に男に襲われることも、屋敷の者に傷つけられることもなかった。さっきの無礼な女の誹謗だって聞かなくてよかったんだ。
そう思いながらうなだれているこの部屋もまた、彼女が用意してくれたものだ。小さな黄色い花が活けられているのも彼女がやったんだろう。私はどれだけ彼女に甘えていたのか。それを考えれば考えるほど、羞恥心で身体が縮む。
だいぶ体調が戻ってきたが、精神的なダメージで限界に近い。このまま意識を失って目覚めなければいいのに。その時、コンコンと扉がたたかれた。返事ができずにいるとマリアが小さく顔をのぞかせる。
「入っていい?」
声が出ない。そばに来てほしいのと、一人にさせてほしい気持ちがごっちゃになっていく。
「……そんな顔しないで。入るわよ」
いったい私はどんな顔をしている。きっと情けない顔をしているに違いない。なにが騎士だ、なにが貴族だ、なにが愛し子だ。私には女性一人守りきる力がないんだ。むしろ災いばかりを連れてくる。
「ヴィンセント」
やさしい声。普段なら甘くむずがゆい思いがするが、今はただせつない。ベッドに腰かけて頭を垂らす私のとなりに魔女が座った。そのままぽすんと私にもたれかかる。赤い髪がゆれて、ふわりと彼女の匂いがした。
「あたしはね、あなたが騎士としてそばにいてくれることがとっても嬉しかったわ。あたしってば昔から性格悪くて味方がいなかったのよ。だから一人でふん張って立ってた。……守ってくれる人がいるってとても心強いのね。あなたが初めて教えてくれたのよ」
マリアは今もこうやって私を励まそうとしてくれている。こんなに情けない私に。
「あなたに謝らなきゃいけないわ。あたしがもっと詳しく呪いのことを伝えていれば、気にかけていれば、こんなことにはならなかった。……ごめんなさいね」
すまなそうに眉を下げるマリア。悪いのはぜんぶ私だ。なのにどうして……
「どうしてそこまでしてくれるんだ。私に恋情はないんだろう?」
出会った当初に言っていた。私に恋情を抱いたかと聞くと、バカにしないでと返ってきたのを覚えている。思わず出た言葉だったが、答えを聞きたくない気もする。
「……そうねぇ。前もフィリップに同じことを聞かれたのだけど。最初はね、昔の私を見てるようで、放って置けなかったの。何にもできないよちよち歩きの小犬ちゃんがふらふらと落とし穴に近づいていたら、助けたくなるでしょ?」
苦笑するマリア。私は彼女からしたらとても頼りない存在のようだ。その事実にまた心が沈んでしまう。いっそううなだれるとマリアは甘えるように私に頭をすりつけた。
「でもその小犬ちゃんは、意外にたくましかった。小さいけれどちゃんと爪も牙もある。危ない時はあたしを守ろうとしてくれるし、不安な時は寄り添ってくれたわ。……知らない間に、大事な存在になってたの。だからあなたを傷つける存在が許せなかった」
だから自分が大変な思いをしてでも、私を守ろうとしたのか? 情けなく思うのと同時に、嬉しいと素直に思ってしまった。昔からなにかとトラブルに巻き込まれて、命を狙われたことも多々あった。気持ちが暴走した女性に危害を加えられそうになったり、私のことで周囲が争いになったりもした。私を好きだと言った女性は、今まで何をしてくれただろうか。私からなにかを奪うばかりじゃなかったか。安らぎも平穏も、大事な人も、何もかも取り上げようとする。……そんな状況を彼女は見かねて、手を差し伸べてくれたんだろう。
情けない。本当に情けない。これが騎士だというからとんだ笑いものだ。
大きく息を吸って目を開く。
姿勢をただして前を向いた。
私は騎士だ。しっかりしろ。彼女が頼りないと思うのなら頼りたいと思わせるまで努力しろ。あらゆるものから彼女を守れる盾になれ。彼女が心の底から欲する存在になれ。
「小犬はいずれ大きくなるわ。どんな困難にも負けないくらい立派になるのよ」
下からのぞき込んできたマリアは、にこりと笑ってそう言った。手を伸ばして引き寄せたいのをグッとこらえてこぶしを握る。
「……このところ軽率におまえに触れていた。すまん。私にはその資格がない」
きょとんとしたマリアだったが、すぐにたくらむような笑みを浮かべた。こいつがこういう顔する時はロクなことがない気がする。
「じゃああたしが触るのはいいのね」
「……まあ、慎みある範囲なら」
そういうとすぐマリアは抱きついてきた。あまりのことに身体が硬直する。グリグリと頭を擦り付けてくるし、これはどうしたらいいんだ。
「ねえ、あたし結構がんばったのよ」
「……ああ、おかげで助かった」
「もっと褒めて」
「えーと、うん、よく頑張ったな」
「あたしってわりといい魔女じゃない?」
「そうだな。おまえはいいやつだ」
えへへ、と笑うとマリアはパッと離れた。
「その言葉が一番うれしいわ」
無邪気で素朴なその笑顔は、極悪非道の魔女とは正反対なものだった。
◇
目覚めるとセブがいた。私が休んでいる間に到着したらしい。
「坊っちゃま、お加減はいかがですか」
「……いろいろと精神的ダメージが大きい」
もういっそ埋まってしまいたい。再び立つと目標は定めたが、まだ処理しきれない気持ちがたくさんある。
「ダメージついでにお聞きしますね。メイドのコゼットとは親密なご関係でしたか」
「コゼット?」
「はい。ご結婚の約束をされたり、子作りをなされたりなどは……」
「一切ない。唐突になんなんだ」
「いえ、魔女様がお屋敷にいらした時にコゼットがそう口走っていたものですから」
「は?」
そこから話された先日の経緯は、フィリップが言っていたものをより詳しくしたものだった。それはもう頭が痛いほどに。サムが客人として迎えたはずのマリアにナイフを向けたこと、コゼットの妄言と強襲、そして呪いのこと。
「コゼットの部屋を確かめましたところ、証拠品がごろごろと出てきました。そして問い詰めた結果、屋敷のいたる所、特に坊っちゃまの部屋や衣服に呪いが仕込まれていたことを確認しました。使用人を代表して謝罪いたします。お守りできず、申し訳ありませんでした」
「そうか……」
「屋敷は現在きれいに掃除中でございます。坊っちゃまが安心して療養して頂けるよう準備しておりますので、体調が戻られましたらどうぞお屋敷にお帰りください」
「ああ、わかった」
ここを離れたら半年はマリアと会えない。その間に彼女は危ない目にあわないだろうか。……いや、私がいなければ大丈夫なのかもしれないな。
「なあ、セブ」
「なんでございましょう」
「私に騒ぎ立てる女性たちがいるだろう。……時に男もいるが。その、彼女たちはどうやったら大人しくなると思う」
ふむ、とセブが考え込む。しかし簡単に答えが出たのか、すぐさまその方法を教えてくれた。
「坊っちゃまがご結婚なさるのが一番かと」
「……ぐぅ」
「それも家柄、容姿、教養、すべてに秀でた方とのご結婚ですね。それだけ高みのお方だと嫉妬する気も起きないでしょう」
一瞬マリアが頭を過ぎる。教養はともかく家柄と容姿は……いやいや私はなにを考えているんだ。そんな、結婚とかありえな……マリアが妻……? いろいろと想像してしまったのでそれを追い出すように頭を小さく振る。まったく現実的ではない。それこそ私がなにもかも捨てて出奔しないと無理だ。そして出奔したところで彼女に怒られて家に返されるのが目に見えている。
「坊っちゃまはそれだけ魅力的なお方なのです。そうですね、あと方法があるとすれば、坊っちゃまが持っているものを減らすことでしょうね」
「どういうことだ」
「例えば家柄。グスクーニア家には坊っちゃまお一人ですから、直系の跡継ぎとなれば坊っちゃましかいらっしゃいません。だからまわりも躍起になって縁談を持ち込んできます。この跡継ぎというものを他の誰かに譲れば……」
「親戚筋から養子とかか?」
「それでもよいですが、やはり坊っちゃまを差し置くのですから直系男子が好ましいです」
一人しかいない直系男子を増やす。つまりは……
「奥さまはまだお若い。新たなお世継ぎを望まれるなら、それが一番よろしいでしょう。おもしろいことにコックのモルツが新作菓子に奮闘しております。夜の差し入れにピッタリと申しておりましたから、周囲が盛り上げ、それをうまく使えば……」
にっこりと笑いかけるセブの顔は、なぜか悪巧みをする貴族のように見えておかしい。私も久々に頰が緩むのを感じた。なるほどなるほど。それはいいアイディアかもしれない。
「しかし、仮にお世継ぎ問題が解決して坊っちゃまが家督を継がなくていいとなると、今度は婿にほしいと見合いが殺到する気がしますけどね」
…………ぐぅ。





