65話◆魔女は誘拐犯と対面する
ヴィンセントを部屋に残して、私はためていた家仕事をいっきに片付けた。アルバートやエリザベス達の様子も見に行き、あらためて昨日のお礼を言いながら畑の野菜をおすそ分けする。あとでクイーンの所にも行きたいし、カルバートンへ行って先生やギルド長にもお礼がしたい。でも家令さんが来るまでは外へ行けないわね。
家の中に戻るとコンコンと玄関の扉をたたく音がした。家令さんかと思ったら、そこにいたのはフィリップだった。
「誘拐犯を回収しに来たんだけど、目が覚めてるみたい。結構おもしろいこと言ってるけど聞く?」
「そうね。散々迷惑かけられたし、顔も拝んでおきたいわ」
外へ出ると、壊れた馬車のとなりに立派な二頭立ての馬車があった。フィリップが乗ってきた馬車だろう。そしてやーやー騒がしい女性の声が聞こえてきた。
「ちょっとさっきのお方! 早く助けてくださいまし!」
糸玉のひとつがビタンビタン動いている。まぁ元気のいい犯人だこと。私たちが近づくと顔をこちらに向けた。
「あら、手伝い女を連れてきてくれたのですか? お心づかい感謝しますわ。さ、早くこの拘束を解いて! 化けものが来ますわ、魔女の手下かもしれません!」
化けものとか手下とか失礼ね。アルバートもクイーンも大事な友だちよ。
「大丈夫よ、あなたたちこれからルキースに向かうから。よかったわね」
「なら早くこの気持ちわるい縄を解いてっ」
しゃべり方からしていいとこのお嬢さんって感じね。こんな所まで来るくらいだから、裕福な商家の娘ってとこかしら。
「気持ちわるい? それは聞き捨てならないな。それがなかったら君たちになんの用もないんだけど」
フィリップの冷えきった声は思いのほか迫力がある。しかしご令嬢はひるむことなくキョロキョロと辺りを見回した。人の話を聞かないその様子はおかしくもあり、薄ら寒くもあった。
「ねえ、ヴィンセント様はご無事? まさかまた極悪非道の淫売魔女にさらわれてしまったの? ああ、おいたわしやヴィンセント様……!」
「うるさいわねぇ。人をなんだと思ってるのよ」
「……まさかおまえが魔女なの?」
「だったらどうするの」
標的を見つけた糸玉はビタンビタン跳ねながら私を罵倒する。やれフシダラだ悪女だ人でなしだ。ヴィンセントを自分の物のように扱うなんて許さない、彼を解放して。……すごい勢いだわ。
「どうやってヴィンセント様に取り入ったのよ! どうせ脅迫まがいなことをやったんでしょう? じゃなかったらあんたみたいなブスにヴィンセント様が構うわけがないじゃないっ! 卑怯ものの性悪魔女!」
フィリップと目配せをして「口ふさぐ?」と意思の疎通がとれたところで、誰かに後ろから腕を回されてぐっと引き寄せられた。とたんに感じる熱い体温。
「だまれ。貴様にマリアの何がわかる」
そのままぐるりと立ち位置が変わり、まるで悪者から庇うように私を背に隠した。スラリとした高い背丈。きらめく短い黄金の髪。例え騎士服でなくても、不調であっても、その凛とし姿は変わらない。私の騎士、ヴィンセントがそこにいた。
「ヴィンセント様! ご無事でしたのね」
見ると糸玉令嬢は顔をパァーッっとほころばせた。いっそうビタンビタンと跳ねるが、次の瞬間、不思議そうな顔をして動きを止める。
「……ヴィンセント様、ですよね? ……え、えーと、その魔女にだまされてはいけませんわ! 男を何人も抱き込むようなはしたない女なんですのよ。この間だって、酒場の男たちがここへ来たんですわ」
糸玉令嬢、私の悪口に関する語彙量がすごいわ。どっちがはしたないんだか。——まって。さっきなんて言った? どうしてうちに男が来たことを知ってるの? あの日の出来ごとがフラッシュバックして、わずかに身体が震えてくる。
「私が手配して差し上げたんです。その女は男なら誰でもいいんですもの。そうでしょ、魔女。あの日はお楽しみいただけて?」
やめて聞きたくない! そう思った瞬間に苦しいくらいに身体が熱に包まれた。彼が腕を回して頭を抱き、私の耳と目をふさぐ。
「黙れ! それ以上なにかしゃべってみろ。貴様のその首、へし折ってやる……!」
ヴィンセントの声が辺りに響いた。しんと静まり、私には彼の苦しそうな息づかいしか聞こえてこない。恐る恐るヴィンセントから抜け出して令嬢をみると、彼女の口元をフィリップが布でおおっていた。驚きの表情を浮かべる令嬢だったが、すぐに目がとろんと垂れ、眠るように目を閉じる。布をとると、フィリップが大きくため息をついた。
「あんまりうるさいから貴重な眠り薬使っちゃったよ。あとは番所で聞いてもらおう」
◇
フィリップと連れてきた御者の二人で静かになった糸玉を運んでいく。ついでとばかりに男の方も眠り薬をかがせたらしい。その様子をぼーっと眺めていた。隣にはヴィンセントがいるけど、身体は大丈夫なんだろうか。そんなことを考えていたら突然しゅるりと首に巻いていたスカーフを取られた。慌ててつかもうとしたけど間に合わない。スカーフはヴィンセントの手にしっかり収まり、彼は私の首を凝視している。
「おまえ……その首、どうした?」
「大丈夫よ。なんともないわ」
「そんなわけないだろう」
にじり寄るヴィンセントから一歩離れると、後ろから肩に手を置かれた。糸玉を運び終えたフィリップが私の後ろに立っていた。
「君のお屋敷の人にやられたんだよヴィンセント。君を呪った犯人を突き止めに、師匠はグスクーニア家に乗り込んだんだ」
「フィリップ、まだ言わなくてもいいんじゃ——」
「だめ。ヴィンセントにはちゃんと言ったほうがいい。知らない彼もかわいそうだし、師匠だって……」
有無を言わせないフィリップの強いまなざし。詳しいことを言わずに事態を悪くしてしまっただけに、私は引き下がるしかなかった。
「よく聞いてヴィンセント。師匠は君を助けるために、町中走りまわってお医者さんを探した。君の看病を付きっきりでしてもらうためにクライブも雇った。高い薬だって買ったよ。でも君を世話するにはお金が足りなくて、師匠は魔の森に入っていっぱいキノコを採ったんだ。それをロイ様に高く買ってもらおうと領都にも行った」
私の肩をつかんでいたフィリップの手に力が入る。そしてヴィンセントから私を守るかのように、自分の方に引き寄せた。
「売ったお金を君のためにどんどん使ってたよ。グスクーニア家に行くためにドレスやアクセサリーを借りて、侍女もつけてもらったんだ。君が意識を失って倒れたって知らせを入れるだけでもよかったのに、師匠はわざわざ出向いたんだよ。呪いの根源をなくすために」
間違ったことは言っていない。だけど、ヴィンセントはどんな顔をしているだろう。
「無関係な使用人にはナイフは突きつけられるし、怒った犯人は師匠に飛びかかった。首のアザはその時のだ。アザができるくらい首を絞められたんだ!」
語気を強めるフィリップ。彼は首のアザをとても気にしていた。その場に居合わせたから責任を感じているのかもしれない。フィリップに対して申し訳ないと言う気持ちがむくむくと膨らんできた。
「……それで急いで帰ってみれば、君は拐われて、クライブたちは縛られてた。泣いてたよ、トーマス。怖かったって。師匠は君を探すって飛び出していくし、ぼろぼろになって帰ってきた師匠を見た時の僕の気持ち、君にわかる?」
ずきんと心が痛んだ。彼にもだいぶ心配をかけてしまったんだ。いつもより感情を含んだフィリップの言葉は誰にさえぎられることなく、この場に響き渡っていく。
「悪いのは呪いをかけたやつだし、誘拐したやつだ。こんなことを言うのもただの八つ当たりかもしれない。だけど知っててほしいよ。師匠がどれだけ君に尽くしたのか」
「……そ、れは」
ヴィンセントの言葉はそれ以上なかった。かたい声音だった。
「ごめん、体調が万全じゃないのにこんなこと言って。顔色が悪いから部屋まで連れてくよ。師匠はここにいて」
そう言うとフィリップはヴィンセントとともに家へ戻り、しばらくして帰ってきた。へにょりと眉を下げていくぶんか暗い表情をしている。
「ヴィンセントに嫌われたかもしれない」
「大丈夫よ、そんなことない」
「そうかな」
そうよ、と言いながら彼の頭をなでる。イヤな役をさせてしまった。なんて優しい子だろうと思うのと同時に、あまっちょろい自分が嫌になる。……こんなに事が大きくなったのは私にも責任がある。反省しなきゃ。
「……ごめんね心配かけて」
「そうだよ、この僕に心配させないでよ。おわびとして、またまじないのこと教えてくれる?」
「ええ、わかったわ。ゆっくり休んでからまたおいでなさい」
「その時は二階に泊まるから」
「お土産の質と量次第ね」
最後に冗談を言い合いながら、フィリップはルキース行きの馬車に乗り込んでいく。「またね、師匠」と言って扉が閉まると、馬車はゆっくりと動き出した。
彼を乗せた馬車が見えなくなるまで、一人でずっと立っていた。風が私の髪をゆらすのを、心もとない気持ちでながめていた。





