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魔女と騎士  作者: 猫の玉三郎


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62話◆魔女は家に帰る

 私は一度家に戻り、フィリップを連れてきた。彼お手製の『暗視』のまじないブレスレットはよく効いて、夜道もすっかり安全に歩ける。人間糸玉や宙づりヴィンセントを見てすっかり腰が引けていたけれど、大丈夫だと言い聞かせて回収作業にとりかかる。クイーンは住処に戻ったのかもういなくて、私とフィリップ、そしてアルバートとオブシディアンで誘拐犯三人とヴィンセントを家に連れて帰った。


「僕は男をお姫さま抱っこする日が来るとは思わなかったよ」

「あたしも人間糸玉を見る日が来るとは思わなかったわ」


 二人でぼやいて苦笑した。まじないの力を借りつつフィリップはヴィンセントを。人間糸玉はアルバートがひとつ、オブシディアンが二つ運んでくれている。ヴィンセントは相変わらずきれいな寝顔だ。だけど呼吸は荒く熱が高い。せっかく順調に治っていたのに、なんてことをしてくれたんだと恨めしく思う。クライブやトーマスのこともある。私は人間糸玉のひとつをぺしりと叩いた。誘拐犯達はずっと意識を失ったままなので楽だ。もしかしたらクイーンが神経毒みたいなものを仕込んだのかもしれない。この状態だったら身動きも取れないだろうからと玄関先の壊れた馬車の中に三つとも押し込む。フィリップは先に家に入ってもらい、私はアルバートを柵まで送った。


「ありがとうアルバート、また明日ね」

「メヘェェ」


 家の中に入ると安心感からか肩の力が抜ける。


「ヴィンセントさん無事でよかったな」

「うん」


 看病に慣れたクライブにあちこち見てもらったが、ヴィンセントには特に外傷もなかった。ただ連れ回したのがいけなかったのか、熱が上がっている。


 ありがたいことにご飯が作ってあったので、いつもより遅い夕食をみんなで食べた。わが家にこんなに人がいるのはいつぶりだろうか。私以外が全員男というのが悲しいけど。はあ、セシルが恋しい。ああトーマスを男枠に入れるのは失礼ね。天使枠だったわ。


 クライブとトーマスには今日も泊まってもらうことにした。あんなことがあった後だ、みんな一緒に過ごした方が安心もするだろう。客間をまたクライブたちに使ってもらった。


「ヴィンセントは今夜あたしがみるわ。フィリップには休んでほしんだけど、でも、どうしよう」

「そこのソファでいいよ。まだ若いから平気」


 うーん、屋根裏部屋を掃除しておくんだったわ。そしたらもうひと部屋ぐらいあるのに。今からでもパパッと掃除ができないかしら。


「あ、そうだわ」


 私はいそいそと階段を上がった。『暗視』のまじないはこんな時も便利ね。ほこりっぽい床を進み窓を開けると月明かりが入ってくる。ここは屋根裏部屋なので天井が屋根に合わせて変形している。だいぶ前に片付けたから荷物という荷物はなく、床一面に積もったほこりさえどうにかなれば簡単な寝床ぐらいは作れそうだ。


「うまくいくかしら」


 私は小さな鬼灯の実を取り出した。これには嵐が閉じ込めてある。部屋のまん中に立ち、ぷちっと指先で実をつぶすと、途端に強い風が吹き荒れる。ほこりが舞い上がって窓から外に出て行かないかなーと思ったけど、案外うまくいったようだ。仕上げに床と壁を雑巾で拭けばきっと横になって寝られる。


 みんな疲れているだろうけど部屋を整えるのを手伝ってくれた。クライブとトーマス、フィリップは部屋を掃除してくれて、私はその間に簡単だけど寝具を作った。なんせロイから大量に物資はもらってたから。あらい縫い目で形を作ると中に綿を詰め込む。薄くならしたらそれが動かないように上からまたザクザクと縫っていく。


 二階は基本的に靴を脱いで上がってもらうことにした。そうすれば床が汚れにくい。以前に作っていた大きなラグを敷き、即席布団を設置するとなんとか寝られるようなスペースができた。


「わあ、すごいね」

「ソファで寝るよりゆっくり休めると思うわ」


 時間はもう遅い。普通ならみんな寝入る時間だ。明日はみんなで朝寝坊してもいいわね。フィリップに挨拶をして一階におり、クライブやトーマスにもおやすみと言って別れる。私は台所でお鍋にお湯を沸かして自室に戻った。


 身につけていたチュニックとワイドパンツをぽいっと脱ぎ捨てシュミーズ姿になった。手拭いをお湯につけ身体を拭いていく。今この家には男の人が多いから自分の部屋でやるしかないもの。ヴィンセントに見られたらそれこそはしたないって怒られそう。顔や首回りもしっかりと拭いて、髪の汚れもできるだけ落とすとだいぶさっぱりできた。ゆったりしたワンピースを上から着て、お湯を捨てに台所へ戻った。


 部屋に戻るとヴィンセントが目を覚ましていた。ベッドに横になったまま久々にぶすくれた顔をしているのがわかる。部屋にはロウソクがひとつあって小さな明かりを灯していて、ヴィンセントの顔を照らしていた。まだ熱が高いらしく、頰も目尻も赤い。


「ごめんなさい。うるさくしちゃったわね」

「……いや、いい」

「あなた大変な目にあったのよ。覚えてる?」


 ベッドの端に腰かけてヴィンセントの頰に手をそえる。やはりまだ熱い。ぽつぽつと話すヴィンセントいわく、(さら)われたことは覚えているらしい。動かない身体に歯がゆい思いをしたと悔しそうに言った。犯人の一味に面識はないけど服装からしてどこぞのご令嬢かもしれないと思ったそうだ。


「悪夢を見ているようだった」


 そして気づけばフィリップに横抱きにされていたとこぼした。


「なんで男に横抱きで運ばれるんだ……」

「フィリップも同じように言ってたわよ」


 意識があるうちに薬を飲んでもらおうと思って準備をする。ロイからもらった滋養の薬もろもろ、この部屋に準備していたのでいそいそと用意してベッドに戻る。身体を起こすのを手伝うと、彼の熱さが伝わってくる。


「……お前はどうして今日もいなかったんだ」

「ロイの所に行ってたのよ。あとあなたのお家にもね。あ、そうそう。明日は家令さんが来るわよ、よかったわね」


 水とともに薬を渡すと黙って飲んでくれた。ロイが用意した滋養の薬は大きな丸薬だった。これはもぐもぐゴックンするタイプのお薬だわね。


「はい、あーんして」


 大人しく言うことを聞くヴィンセントの口にぽいっと丸薬を放り込む。しばらく口を動かしていたら盛大に苦い顔をしたので慌てて水を差し出した。ゴクリと喉が動くが、この三日でだいぶ痩せた気がして申し訳なく思った。


「……お前はどこで寝るんだ」

「気にしないで。明日からは家令さんがお世話してくれるだろうし、あたしが看病してあげるのも今夜が最後よ。ありがたく思いなさい」


 私は小さく笑いながら、ヴィンセントのおでこを人差し指でツンとつつく。なにか言いたそうだったけれど、それ以上しゃべることなくまた深く眠りについた。私も椅子に腰かけて仮眠をとるために目をつぶる。もう体力は限界に近い。明日はどうしようか、なんて考えながら私はすぐに意識を落とした。


 誰かが私を抱える感覚に一瞬意識が浮上した。けどなじみのある寝台の柔らかさにまたすぐに意識が落ちる。肌寒いはずの夜は熱いくらいの熱に包まれ、なぜかひどく安心感があった。ヴィンセントは大丈夫かしら、そう考えながら私は深く深く眠った。

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