54話◇騎士はまどろむ
夢と現実の狭間をただよっている。身体が重たくて起き上がれず、長い睡眠とわずかな覚醒を繰り返す。時おりヒゲ男が甲斐甲斐しく看病してくれた。きっとクライブだと思う。どうしてマリアじゃないんだろう。
辺りが暗くなると同時に部屋の中も暗くなる。眠っているのか目を開けているのかわからない。自分がどこにいるのか、何をしているのかわからず不安に感じていると、マリアに名前を呼ばれた気がした。目を開けるとわずかな明かりのもとでマリアが居るのが分かる。
「……マリア」
掠れた声しかでない。彼女はホッとしたような表情で状況を説明してくれた。
「あなた急に倒れたの。まだ熱があるわ」
私は職務中に倒れたのか? 自分の失態を忌々しく思いながら復帰しようと身体を動かしてみるも、まったく力が入らない。どういうことだ。さらに仕事はいったん忘れて療養に専念しろと命令される。……確かにこれでは護衛はできない。言う通りにして、少しでも早く回復しなければいけない。
めくれた毛布から出た私は裸だった。マリアに聞くと自分がやったと言う。
見られた。全部。妻でもない人に。
本領を発揮できない脳でも羞恥心は感じるらしく、私はマリアの顔が見れなくなった。
椅子に座っているマリアを不思議に思って聞くと、私は彼女のベッドを使っているらしいし、心配だからここで看ているという。一緒に居てくれるという言葉を嬉しく感じるが、同時に申し訳なく思う気持ちも出てくる。
一緒に寝たらいいんじゃないか。そしたら私は寂しくないしマリアも休める。そう思って言ってみるが彼女は取り合わない。
撫でられた頭が気持ちよくてまたうとうとと意識が落ちてきた。
◇
『愛してるわ、リウ』
夢うつつに聞こえたようなマリアの声。恥ずかしくてこそばゆいが、じんわり心が温かくなる。この言葉で遠のきそうになる意識をとどめていられた。どう考えても彼女は絶対にこんなこと言わない。だからこれは私の勝手な妄想かもしれない。
私は倒れる前のことを思い出そうとして、記憶を順に追っていた。
まずあの日の朝は最悪なものだった。騎士服のまま崩れ落ちるように眠ったのがいけなかったのか、疲れは抜けず、頭痛がすごい。体調管理も仕事のうちだというのになんたるていたらく。連日の疲れが原因と思っていて、呪いのことはさっぱり頭から抜けていた。
セシル殿がいるからとそれに甘えて、先に領主様の執務室に顔をだす。案の定顔色を心配されたが、大丈夫だと押し切った。ここで体調不良を訴えたら魔女の身辺警護にどう影響するかわからない。納得してなさそうな顔だったが、仕事を優先してくれた。
「カルバートンの魔女について、私もいろいろと調べてたんだ。そしたらひとつ興味深い話を聞いた」
今から七十年程前、この領都ルキースの貴族街に一人の少女が養子としてやってきた。田舎の生まれだというが、その美しさときたら当時の女性達が束になっても叶わなかったという。意志の強そうな瞳に、すっと通った小さな鼻。笑うと妖艶にも見える赤い唇。多くの人がその美貌に驚いた。なるほど、貴族が召抱えたくなるのも納得できると。特徴的なのは華やかウェーブのかかった赤髪。そして青空を閉じ込めたかのような青い瞳だった。
「……髪と瞳はあの魔女と一致していますね」
「うん。なかなかいないよね」
彼女はとある貴族の子息と結婚する為に、また行儀作法を学ぶ為に養女になった。しかし美貌を見込まれて領都に赴いたものの、それを面白く思わない者たちからいじめられ、不利な噂を流された。挙句に他の男を寝所に入れた不義理者として婚約は破棄。その女性は里に返されている。
「その女性の名前はアドリアナ・マリア・ガルブレース。一部外見の一致といい名前といい、無関係とは思えない」
返された田舎というのがカルバートンだった可能性は高い。仮にアドリアナが身内だったら、魔女が淑女のマナーを知っていることに説得力がある。
「……その女性は本当に不義理を働いたんでしょうか」
「後からわかった話では潔白だそうだ。周りと共謀した男が無理やり寝室にいる彼女を襲ったらしい」
男に襲われ怖い思いをして、不義理者と断罪されたアドリアナ。同じように男に襲われたマリアの顔が思い浮かぶ。誰も助ける者はいなかったんだろうか。味方はいなかったんだろうか。見たこともないアドリアナが可哀想に思えて仕方なかった。
「もしマリアがアドリアナと繋がりがあるなら、我々を拒もうとするのも少しわかる。逆に言えば、そういう悪意から彼女を守らないと、彼女の協力は難しいだろう」
「……すでに、遅いのでは」
ずきんと頭が痛む。
「ほんと、なにやっちゃってくれたんだろうね。彼女がどれだけ必要な存在か全くわかってない。ヴィンセントは誰が犯人とか、動機とか知ってる?」
「いえ」
「……あれをやったのはね。君の信望者だよ。君が悪い魔女に囚われているって信じてる人達が城内にも一定数いるんだ。その中の何人かが自分の正義を信じてやったんだよ」
「……は?」
「彼女たちは君を守るためにやった。よかれと思ってね。これからもそれは続くかもしれない。被害が大きくなるようなら、君をマリアの護衛から外すことも視野に入れている。それは覚えておいてくれ」
犯人は私の為にやった。魔女の護衛から外す。その言葉の重みと、体調不良からこの後のことはよく覚えていない。
いつの間にか始まった会合で私は魔女の後ろに付いた。立っているだけで猛烈な疲労と頭痛を感じる。おまけに精神的なショックでどうにかなりそうだった。しかし魔女が目の前にいると踏ん張ることはできる。成り行きを見守り、時に発言しながら会合は終わった。
ローゼへ帰るまでの時間、魔女と二人でいることは少し気分を落ち着かせた。しかし、帰りの挨拶をするために領主様の所へ向かい、アドリアナの名が出た瞬間、魔女が激昂した。領主様もおそらく気づかれただろう。アドリアナとマリアは関係があると。
明らかに気分を害した魔女は、私を振り返ることもせず、ひたすらにローゼへ帰ろうとした。私の伸ばした手を振り払うように思えた。そのことが無性に悲しくて、気力のみで踏ん張っていた身体から生気が抜けていった。
◇
そうか、それでこの事態か。
ぼんやりと状況を確認した私は夢うつつにそう呟く。部屋には誰もいない。外はだいぶ暗くなっていて、もうすぐ夜が来るのだとわかる。耳をすませば話し声が聞こえてきた。内容まではわからない。でも自分がのけ者にされているようでとても悲しい。もぞもぞと動いて上半身を起こせば、昨日とは違い、服を着ていた。そう言えば昼間クライブが着せてくれた気がする。なんでマリアじゃないんだ。私の裸を見たくせに。
「あら、起きてたのね」
不意に聞こえたマリアの声に心臓が跳ねた。見るとドアから顔を覗かせている。彼女の顔を見たらなんでか涙腺が緩んできた。涙がこぼれそうだ。
「……マリア」
「どうしたの? 具合わるい? 元気になるスープを作ってきたの。食べて欲しいわ」
私のせいで城で嫌な目にあったのに、どうしてそんなに優しくしてくれるんだ。正常でない脳は私を情緒不安定にしたらしく、泣きたくなんかないのに涙が出てくる。男なのに。こんなの、見せたくないのに。
マリアがベッドに腰かけて服の袖で涙を拭ってくれた。こんな情けない姿、裸の次にいやだ。お前はどれだけ私の恥ずかしい姿を見るんだ。俯いていると、マリアが私の頭を撫でる。
「大丈夫よ。あたしが絶対なんとかするわ」
気付いた時にはマリアを抱きしめていた。自分の中にマリアを閉じ込めたくて、溶かし込んでしまいたくて、隙間ができないくらい強く抱きしめる。このままひとつになってしまえばいいのに。
「一緒にいたい」
「ヴィンセント?」
「お前と、離れたくない」
情緒不安定な私はとんでもないことを口走った。振り切れた感情に身体が付いていかないらしく、私の意識は再び沈んだ。





